勇者、照れる
「お母さーんっ!」
「ああ、よかった無事で……!」
子と母、感動の再会。
街道から少し離れ、森の中をしばらく歩いた所に少年の住む村はあった。
「ありがとうございます、なんとお礼を言ったらいいか」
「いえ、礼を言うなら俺たちじゃなくて……」
俺は少年を見つけた時の状況を説明する。
俺が背負っている少女こそが真の功労者だ。
未だに目覚めないのが少し気になる。俺は少年の母に宿屋の場所を尋ねた。
「それでしたらぜひうちに来てください。命の恩人さまにお礼をして差し上げたい」
そういうことならば遠慮はいらないか。俺はその申し出をありがたく受けることにした。
「ボクは置いてきちゃった荷物を見てくるよ」
「ああ、よろしくな」
俺の返事を待たず足早に村を後にするブリス。なにを不機嫌になっているんだやつは。
とはいえ、ここで後を追っても足手まといでしかないわけで。
俺はおとなしく宿への案内に従った。
「……よっ、と」
宿の一室へと案内された俺は、背負っていた少女を出来る限り優しくベッドへ寝かせる。
土埃で汚れてはいるが、その清潔感を全く失っていない純白のローブ。胸元の紋章を見るに聖職者関係の人間なのだろう。
「……ん、ぅ……」
「……っ!」
目を覚ました少女がバッと身体を跳ね起こす。
それから俺の方を見て、天井を見て、安堵したようにベッドへ身を委ねた。
状況はある程度把握できただろう、そのタイミングで俺はこれまでの流れを少女に説明する。
「……助かった、ありがとう」
ぽつりと呟くように少女が言う。
弱っていたからあの喋り方かと思っていたが、どうやらこれが平素通りらしい。
「礼なら今はいないあいつに言ってくれ」
さっきも似たようなこと言ったな。
「……もちろん言う、けど」
髪の色によく似た、黒曜石のような瞳がこちらを真っ直ぐ見つめてくる。
思わず、ごくりと喉が鳴った。
「……盾に、なろうとして、くれたでしょ?」
「必要なかったけどな」
「……そんなこと、ない」
言いながらもずっとこちらを見つめてくる少女。
俺はそんな視線に耐えきれなくなってほんの少し目を逸らす。
見知らぬ相手にここまで労われるとむず痒くて仕方がない。
「……あ」
「ん、うぉっ!?」
唐突に鼻を触られた。
ブリスに凹まされた部分がチクリと痛む。
「……傷、痛む?」
「あ、あぁ。少しな」
「……癒しよ……」
魔物との戦いで付いた傷ではないのだが、今そのことは別に関係ないか。
俺の返答を聞くや否や、少女の手の平に仄かな光が宿る。それから光に包まれた部分に温かな感触が広がり、痛みがゆっくりと引いていった。
やはり回復魔法の使い手だったか。
「……どう?」
「お、おう。もう平気だ」
精霊の加護を受けている俺には基本的に不要なものだから、回復魔法を受けるなどいつぶりだろう。
俺はさらにむず痒くなってしまって、少女から完全に目を逸らして俯いた。
「……まだどこか、痛む?」
しまった、何かかんちがいしてしまったらしい。
少女は上体をこちらへと乗りだし、目をくりくりと動かして俺の身体を調べまわしている。
「いや、特に問題は……」
「……ボクはお邪魔みたいかな?」
静かな部屋にばたん、と乱暴な音が響く。
音のしたほうを向くと、両腕を組んでジト目のブリスの姿がそこにはあった。
どの辺りから見られていたのだろう。不機嫌な表情が物語っているような気はするが。
「……あなたは、あの時の、戦士さん」
「へ……戦士?」
「……違う、の?」
「まぁ、背中のそれを見りゃ誰でもそう思うだろ」
「そうかなぁ……」
ブリスが腕を組んだまま首を傾げ、抗議の意を表してくる。
むしろどこをどう見て魔法使いに見えるのか聞きたいところだが。
「……あなたたちは、一体」
「イーク説明してなかったの?」
「そういや、状況説明だけで忘れてたな」
「仕方ないなぁ、ボクが説明してあげよう」
ブリスが少女にこれまでの経緯を説明する。と言ってもここ数日くらいの出来事の内容だが。




