その勇者、加護持ちにつき
「これでしばらくは安全なはずですよ」
「おお、ありがとうございます。何とお礼を言ったらよいか……」
「いえいえ、困ってる人を助けるのは当然のことですから!」
深い深い海へ沈んでいくような感覚の中で、どこからか微かに、ブリスの声が聞こえる。
町長と話をしているらしい。
俺は一人闇の中。これは比喩表現とかではなく、本当に人一人分入る箱の中にいるのだ。
(この感覚も久しぶりだな)
「……しかし」
「どうかしましたか?」
「勇者様のお姿が見えませんが、まさか魔物のとの戦いで……?」
町長の怪訝そうな問いかけ。
二人で出ていって一人しか帰ってこなければ、当然そう尋ねるのが当たり前だろう。
「あー、えと……あとから来ます!」
「あとから……?」
「まあイーク、あっと……ゆーしゃ様にも色々あるんです」
「そうですございましたか……とにかく、ご無事ならばなによりですじゃ」
困惑気味の町長の声。それ以上は質問する意味もないから質問していない、という感じがありありと伝わってくる。
誤魔化すにしてももう少し上手い誤魔化し方があるだろブリス。
「それじゃ、ボクも色々あるのでこれで」
「おお待ってくだされ。こちらお礼の品だけでも」
「こんなにいいんですか?」
「本来は町を上げて祝勝会をしてさしあげたいくらいですじゃ」
「では、ありがたく頂戴します」
「そちらの荷積みにお入れすればよろしいですじゃ?」
「ああっ、いや、その中は一杯なんで!」
確かに、この中は一人用だ。
今すぐ飛び出して中を空けてもいいが、変に驚かせる必要もないだろう。
出来るだけ気配を漏らさぬようしながら、俺は引きずられる箱の感覚に身を委ねることにした。
「祝勝会かぁ、もう少しいてもよかったかな?」
「バカ言え。これからが忙しいだろうにそんな事させられるか」
「あ、イーク。今日は随分と回復が早いね」
棺桶型の箱ががたがたと動いたのを察したのか、ブリスが立ち止まる。
立ち上がると身体の節々が痛みを訴えだすが、あのまま箱の中で寝ているよりはマシだろう。
「お前が本調子じゃなかったから威力が弱かったんだろうよ。あー、身体中いてぇ……」
「ごめんってば……でも勇者って凄いね、改めて」
ブリスに言われて俺は改めて自分の身体を見る。
精霊の加護。俺が勇者であることの唯一の証明。
俺はどんな傷を負っても、いや、傷どころではなく例え死を迎えたとしても、必ずこの世界に蘇る。
「死なないだけじゃなんの意味も無いがな……」
「……謝ってるじゃないか」
ブリスが少し拗ねたように言う。
精霊の加護の存在に気付いたのも小さい頃こいつが修行中に魔力を暴走させたせいで、その時からこんなことは日常茶飯事になっていた。
だから確かに今更こんなことをとやかく言うつもりもないが。
「最近はあまり無かったからな。驚いただけだ」
「うー、イークの皮肉屋っ」
背中に激しい衝撃。
ブリスに背中をビンタされたのだと理解するのに数秒掛かった。
「……戻ってきたばっかで死なすのは勘弁してくれよ」
それからしばらくの間、ブリスの機嫌は悪いままだった。まったく、死の淵を彷徨ってたのは俺だと言うのに。




