勇者、死す
いつもならば『ここは港町だよ』と言う係の人が入口にいるはずなのだが、どうにも様子がいつもと違う。
「なんか活気が感じられないな」
「前に来たときはもっと町全体が活き活きしてたよね」
昼間だというのに出歩く人の姿は少なく、船の動きもほとんど感じられない。
「なぁ、あんた」
俺は活気を無くした市場でかろうじて店を出している店主に声を掛ける。
「……ん、なんだあんたら」
「この町で一体何が起きているんだ」
俺の言葉に疲れ切った様子の店主が小さく溜息を吐いた。
「海で魔物が暴れてんだよ。おかげで漁は出来ないし、交易船も来ない……」
言いながら店主はうなだれる。悲痛感漂う表情だ。
「この町は、終わりだよ……」
「……妙なことを聞いてすまなかった」
「いや、いいんだ。旅の人なんだろう? ゆっくりしていってくれよ」
俺たちは店主と別れ再び町の中を歩き出す。
片手の指で数えれるほどしか露店が出ていない所を見ると、事態は相当深刻なのだろう。
「ねぇ、イーク」
「あぁどうやら……本当に復活してるみたいだな、魔王が」
魔王。
この世を混沌に包み破滅へと導く、と言われている存在。子供の頃に色々な昔話で存在は知っていたが、いまいちピンとは来ていなかった。
なんせ俺が小さいときはまだ魔物の活動は大人しく、危険な地域にあえて足を踏み入れるような物好きが襲われるくらいなもので。
だがこうして目の前で魔物の被害を目の当たりにすると、魔王という存在の大きさを感じずにはいられない。
「とりあえず町長さんに話を聞きに行こうか」
「そうだな、詳細な情報も知りたい」
とは言葉を返しているものの、正直俺はあまり乗り気ではなかった。
俺がばったばったと敵をなぎ倒すような強さを持っていれば。
それならば迷うことなく人助けも出来ようものだが現実はそうではない。
「ほら、早く行こうよ!」
そんな俺とは正反対に、ブリスは魔物と戦いたくて仕方がないらしい。
(こいつが勇者でいいだろもう……)
俺はやたらとテンションの高まったブリスにずるずると引き摺られながら、町の中心へと向かわされた。
「あいつらには、言葉も何も通じません」
「盗賊や海賊のほうがまだマシに思えるほどですじゃ」
「ただただわしらの生活を脅かすのを楽しむだけ……」
「最初は傭兵も雇いなんとか防いでおりましたが、その金も底を尽き……」
「お願いします勇者様!どうかあの魔物を退治してくだされ!」
勇者様。
俺はその言葉を聞いて小さく溜息を吐く。
「ほ、報酬はしっかりと出しますじゃ!」
そんな俺の姿を見て何か勘違いしたのか、町長は焦り気味でそんなことを言い出す。
「いや、そういう事じゃないんだ。魔物退治はもちろん引き受ける」
慌てて俺が訂正すると、町長の表情はぱっと明るくなった。
「本当ですか! ありがとうございます、ありがとうございます……」
「大船に乗ったつもりでいてね、どーんと!」
ブリスが無い胸を叩きながら町長に答える。
その振動で赤色のポニーテールがふわりと揺れた。
「では、早速ですが魔物の居場所を……」
港町から沖合へ漕ぐことしばらく。
陸が少し遠くへ見えるくらいの位置に俺たちはいた。
「……いくら資金が底を尽きているといっても、この小船はどうなんだろうな」
「大きい船を出す人手も足りなかったんでしょ。文句言わない言わない」
漕ぎ手を完全に俺任せにしてるやつの言う台詞か。
と反論したくなる気持ちを抑えて、俺は小船の制御に集中する。
いざとなったときに戦うのはブリスだ。いつも通りの役割分担で正しい。
「しかしこれ、ひっくり返されたらどうするんだ」
「んー……その時は、泳ぎながら戦う!」
満面の笑みを返すブリス。
現実的に考えて背中の得物を持ったまま泳いで戦うことなど出来るはずもない。
だがこいつが言うと冗談にも思えないのが不思議だ。
「……!」
邪悪な気配。
小船の周囲に泡が二、三湧いたかと思うと、そこから魚型の魔物が飛び出してきた。
「来たね、準備はバッチリだよ!」
「ギシャアアア」
飛び掛かってきた魔物を斧の回転で一薙ぎすると、ブリスは詠唱を始める。
俺はそんなブリスの動きで揺れの強まった小船を転覆から守るため、必死にオールでバランスを取った。
「落ちろ、雷撃!」
「燃えろ、火球!」
詠唱を終えたブリスが言葉を紡ぐ度に、稲光が起こり火炎が舞い上がる。
そう、こいつの本職は紛うことなく魔法使い。
それも本来は背中に背負った斧を使わ必要などないほどに強力な。
大量の死骸が海上に浮かび、そろそろ打ち止めかと思われたところで、小船の下に巨大な影が現れた。
「うおわっ!?」
「フシュルル、フシュルルルッ」
小船が巨体に打ち上げられ、俺はそのまま海へと落下する。
一緒に打ち上げられたブリスは俺と違い、くるりと身をかわしながら巨体の上へと着地したようだ。
たくさんの触手を持つタコ型の魔物。
サイズを見るにこの辺りの親玉だろうか。
「はぁ……はぁ……これが最後、っぽい?」
触手を斧で払いながら、魔法の詠唱を始めるブリス。
俺はその様子を逆さまになった小船を浮きにしながら観戦する。
「轟け雷鳴…………ん?」
呪文の詠唱は完了しているのに、雷鳴は轟かず。
ぷすんとブリスの手の平から煙を吐かせただけだった。
これ幸いと激しさを増す触手の攻撃。完全に俺は視界の外だ。
「魔力切れか……とおっ!」
本来魔力切れは魔法使いにとって致命的で、それを起こさぬよう細心の注意をもって魔法を扱うよう習うはずなのだが。
魔力が切れるや否やブリスは両手で斧を握り、触手を振り払いながら跳躍した。
それからタコ型魔物の正面へと躍り出ると、落下の勢いのまま斧を振り下ろす。
「ギャアアアアア」
深々と突き刺さった斧が振り抜かれると同時に、タコ型魔物の断末魔が響いた。
ドロドロと黒色の血液めいたものを垂れ流しながら、魔物の姿が小さくなる。
「ふぅ、これにて一件落着」
(……こいつは魔法使いを名乗るべきじゃないと思う)
専用の役職でもくれてやったらどうだろう。
斧魔術師、とか。聞いたこともないが。
「これでこの海域も安全かな?」
「親玉みたいなのを倒したし、しばらくの間はそうなるだろうな」
「さー、帰って町長さんに報告しよっ!」
「ああ、そうだな」
ひっくり返った状態のまま、小船をゆっくりと押して帰る俺たち。
役割分担は変わらずブリスが船の上、俺は海面で船を押す係。
親玉を倒したのだから魔物の心配はほぼなくなっているのだが、まぁ念には念を入れてだ。
「そういえば、ブリス」
「ん? なーに」
陸地へ戻ってきた俺たち。
一息ついたところで戦闘後から気になっていたことをブリスへ伝える。
多分戦闘に夢中で忘れているだろうから。
「無い胸が透けてるぞ」
「へ? あ……ぅ……」
しまった、いつもの調子で余計な言葉を付け加えてしまった。
言われたブリスは自分の服をちらりと見てから、顔を真っ赤に強張らせて、
「……み、る、なぁっ!!」
崩れ気味のポニーテルを振り乱しながら、俺の方へ斧を振り上げた。
「おい、シャレにな……」
らんぞ、と言い斬ることも出来ず、無慈悲にも俺の頭に斧が振り下ろされた。




