勇者、勧誘される
「……街の様子は、見ましたか?」
今度はアコが食事の手を止めて口を開く。
思いのほか踏み込んだ発言に、俺は思わずアコの方を見た。
ブリスのようなあからさまさはないが、少なくとも好意的には思っていないことが伝わってくる表情。
聖職に携わる者として色々と思うところがあるのだろうか。
「えぇ、まぁ。凄まじいものですね、魔物というものは……」
言葉こそ憂いてはいるものの、どこか他人事のような態度。
もしわざとやっているならば大したものだ。
「……」
返答を聞いたアコは固まったまま目を細めている。
「そのことでですね、物はご相談なのですが」
そんな状態のアコを気にせず、領主はさらに言葉を続ける。
「よろしければこの街に留まり、魔物から街を守っていただけませんか」
立ち上がりながら早口で捲し立てる領主。
どうやら本題はそのことだったらしい。
「それは……」
「無理なご相談なのは分かっております。勇者様には世界を救う使命がおありでしょう」
俺の返答を遮るように領主が言葉を被せてきた。
「ですから、そちらのお二人のどちらかだけでも……」
なるほどというかやはりというか、勇者本人の活躍も聞き及んでいたのだろう。
「だからそれは……」
俺がもう一度口を開こうとしたとき、机が激しい衝撃に見舞われた。
震源地を見ると、机に深々と突き刺されたフォークが一本。
「ご・ち・そ・う・さ・ま・で・し・た」
腕をぷるぷると震わせながら領主を睨むブリス。
睨まれている当の領主は机の揺れで傾いた体制のまま固まっている。
「……でした」
続けてアコが口元を拭きながら立ち上がった。
この状況を意にも介していないかと思ったが、視線を冷ややかに領主へ向けている辺りブリスと同じような気持ちなのかもしれない。
「ごちそうさまでした。それでは我々はこの辺で」
同情する気はないが、食事の恩はある。
フォークを見つめたまま固まっている領主に一応礼をしてから、部屋を出て行ったブリスの後を追う。
「なんだよあの態度……あぁ、まだイライラする!」
荒れた歩調で進みながらがなるブリス。
今にも頭のてっぺんから稲妻でも飛び出してきそうな剣幕だ。
「魔法の暴発とかは勘弁してくれよ」
「そっか、その手があったか……」
釘を刺すつもりが妙なところで合点させてしまった。
「……イーク、平気?」
隣を歩くアコが唐突にそんなことを聞いてきた。
相変わらず表情は読み取りづらいが、たぶん心配してくれているように見える。
「大丈夫、慣れてるから」
俺は小さく苦笑いしながらそう返して、アコの頭にぽんと手を乗せた。
「……」
「……?」
いつもブリスに軽くやっている、完全に無意識な行動。
頭に手を乗せられた側のアコはぱちぱちと瞬きをしながらこちらを見つめ返してきた。
「あ……と、すまん、無意識で」
素早く手を離すと、逆の手で頭を掻きながら俺は弁明する。
「……なんで謝るの?」
あっけらかんと返された言葉。
いや、なんでと申されましても。
「あーもうイーク! 早くこんなまち出ようよ!」
がくんと視界が揺れる。
首根っこを掴まれて引き摺られているのだと気づくのに数秒掛かった。
揺れる視界の中でアコが前髪を指でくるくると弄っているのが見える。
(まぁ、怒る気持ちも分かるが)
他者を守る力がありながら、それを我が身のためだけに使う者。
しかしあの領主が悪というわけではないのだ。
そんな奴はごまんといる。むしろ人を助けて回るほうが酔狂というものだろう。




