勇者、招かれる
先導に従い街の中を進む俺たち。
半壊した建物や傷ついた人々を見ると、戦う術を持たない人たちにとって魔物がどれだけ脅威かを思い知らされる。
(これでも被害を抑えられた方なのだろうか?)
「こちらが領主様の御屋敷です」
考えごとのせいで下を向いて歩いていた俺は、先導役の声で顔を上げた。
戦っている最中は気づかなかった、一際大きな建物。
大なり小なり被害を受けている街の様相に比べて、ある種異様ともいえる無傷な姿を保っている。
この屋敷だけ魔法障壁でも張ってあるのだろう。
街全体に防壁を張り巡らすことが大変な労力であることは理解できるが、それでもやはりいい気はしないな。
「いかがなさいましたか?」
「ん、いや。なんでもない」
軽く返答を返しながら、ブリスとアコの方を見る。
やはりブリスとアコもな何か言いたげな表情で屋敷の方を見ていた。
恐らく二人とも俺と似たような気持ちを抱いているのではないだろうか。
「さぁどうぞこちらへ」
俺たちは案内されるまま屋敷の敷居を跨ぐと、そのまま客間へと通された。
豪勢な絨毯が敷き詰められ、煌びやかな照明で飾られた部屋。
大きなテーブルを挟んで、小太りの男がこちらを向いて座っている。
この男が領主様とやらだろうか。
「おお、あなた達が魔物を倒してくださった勇者様一行ですか!」
椅子に座ったまま俺たちに声を掛けると、ちらりと案内役へ目をやってから手の平を振る領主。
「失礼します」
それを見た案内役の男が、ドアを閉めながら部屋を後にした。
「ささ、とりあえずお掛けになられてください」
領主がわざとらしく両手を広げる。
わざとらしい笑み。偏見かもしれないがあまり仲良くできそうにはない。
しかしここで変に波風立てる必要もないだろう。
俺たちは促されるまま、豪勢な食事が並ぶテーブルに着いた。
「朝食はまだでしたかな? さ、ご遠慮なさらず」
広げていた両手を顎の前で組みなおしながら領主が言う。
俺が倒れてからどれくらい時間が経ったのかは知らないが、腹はだいぶ減っていた。
それは恐らく隣の二人も同じことだと思うのだが、二人から返事はない。
いつもなら我先に食事に飛びつくブリスですらだ。
(気持ちは分からないでもないがな)
あの街の状況を見てからこの屋敷の状態と歓迎。
「こんな豪華な料理、申し訳なくなりますね」
皮肉の一つも言いたくなる。
「お気に召さないものでもありましたかな?」
顎に手を当て、あくまでも平然と言葉を返す領主。
「……っ」
「いえ、ありがたくいただきます」
何かを言い出しそうだったブリスを遮りながら俺は答える。
ちらりとブリスを見ると、少し不満げな視線とぶつかった。
気持ちは確かに俺も分かる。
だが、考えの喜寿がそもそも違う相手にそれを言うこと自体が無意味だ。
「……ありがたく」
俺の言葉にアコも言葉を重ねる。
どうやらアコのほうはブリスのように不満な顔をしていないらしい。
いや、元々あまり表情が分かるほうではないのだが。
「むー……いただきます」
そんな俺たちの様子を見て、ブリスも大人しく食事を始めた。
領主はいけ好かないが、料理に罪はない。
皿に盛られた料理は主に肉と山菜がメインの食材のようだ。
港町で貰った保存食は魚を使用したものばかりだったので、久々に食べる肉料理は純粋に嬉しい。
「ところで、街の者たちが話しているのを聞いたのですが」
食事も半ばほど進んだところで、領主が口を開いた。
「あなたが伝説の勇者様というのは、本当ですか?」
あの場にいた衛兵から話を聞いたのだろうか。
視線は俺の方ではなく、心なしかブリスの方を向いている気がする。
「そんな大層なもんじゃありませんよ」
それでも一応、勇者の事を聞かれた以上は俺が答えておく。
「そんなご謙遜をなさらずとも……」
「大層なものだったら、なんあんでしょうかっ」
俺の隣から聞こえてきた不機嫌な声。
声の主は齧りついていた肉をごくりと飲み込むと、口の周りをぺろりと舐めた。
俺とアコの手前丁寧な口調は保っているものの、端から飛び出る刺は隠そうともしていない。
「い、いえ。他意はないのですが……」
ブリスの剣幕に余裕ぶっていた領主も流石に焦って取り繕った。
(まぁ、話が伝わっているなら当然の反応か。魔物を素手で殴るような人間はそういないからな)
「……ふん」
領主の反応を見て多少溜飲が下がったのか、それだけ言うとブリスは再び食事に戻った。
波風立てる必要はないと思ってはいたが、正直少しスカッとした。