勇者、心配される
「ん……ぅ」
俺はゆっくりと目を開ける。どうやら夢を見ていたらしい。
身体を起こそうと力を込めた直後、足元の重みに気付いて動きを止める。
「……すぅ……すぅ」
ちょうど俺の膝の辺りでブリスがすやすやと寝息を立てていた。
ぼさぼさの髪。結っていない状態を見るのはいつぶりだろうか。
俺は出来るだけ体を動かさぬよう気を付けながら手を伸ばすとブリスの髪に触れる。
「……起きた?」
突然、背後から聞こえた声。
俺はびくりと肩を揺らしながらブリスの頭から手を離す。
「んがっ!?」
その勢いでベッドから転げ落ちたブリスが、床に衝突してうめき声を上げた。
「……イーク?」
俺が手を伸ばすより先に起き上がり、こちらを見つけてくるブリス。
今さら俺がやられたくらいで何を慌てることがあるんだ。と言うよりも早く、ブリスは俺の首元へ飛び込んできた。
首元に繰り出された激しいタックルで、肺から空気が一気に絞り出される。
思わず俺はぱくぱくと、魚のように口を動かした。
「もう平気!? 痛いところはない!?」
そんな俺に構わず、ゆさゆさと俺の身体を揺さぶり続けるブリス。
幸いその衝撃のおかげで再び闇の中へと落ちるのは回避出来た。
相変わらず心配の仕方激しいやつめ。
それがこいつなりの心配のだとは分かっているから、別に悪い気はしないが。
「どう、どう、落ち着け」
揺さぶられる体に釣られて声がふにゃふにゃになりながらも、荒ぶるブリスの肩を手で軽く押さえながらなんとかそれだけは告げる。
そんな俺の頑張りで、やっとブリスの暴走が収まった。
「……ほんとに大丈夫、だよね?」
俺の鼻先でブリスが青色の瞳を揺らしながら、そう尋ねてきた。
今まで散々お前も、と言いかけた言葉をゆっくりと飲み込む。
自分でやるか魔物にやられたかでは感覚が違うのかもしれない。魔物にここまでボロボロにやられたことも今までなかったわけだし。
「お前の斧に比べりゃ、軽いもんだったぜ」
ブリスの鼻先を人差し指で弾きながら、俺はそう答えて笑った。
「うぎゅ」
不意の一撃に目を細めるブリス。
それから数秒硬直したのち、お返しとばかりに俺の胸元へ頭突きを繰り出してきた。
(カウンターかっ)
思わず身構えた俺の胸にぽふんとブリスが顔を埋める。
「……ばか」
埋めた顔を上げぬままブリスが言う。
「……悪かったよ、弱いくせに飛び出して」
思わず謝罪が口をついて出た。
「そんなんじゃない、ばか」
しかしそんな返答もお気に召さなかったらしく。
俺は次の言葉を探すも何も思い浮かず。
場を持たせるために、誤魔化すようにブリスの頭を撫でてやるしか出来なかった。
「……私、お邪魔?」
ぽつりと呟くようなアコの声。
どことなく拗ねたようなその声に、俺は完全に虚を突かれた。
「そ、そんなことないぞっ」
「そ、そ、そうだよアコちゃんっ」
それはどうやらブリスも同じだったらしく、俺を突き飛ばすようにばっと離れると手をぶんぶんと振って否定する。
しかしそれがよくなかった。
「おい、バカっ」
「ふぇ? わ、わわっ」
唐突に大きく動いたせいで体がベッドの端に寄り、バランスを崩すブリス。
それを支えようと力を込めてみるも、逆に俺の体も引っ張られてベッドから転げ落ちる。
「……お邪魔虫、退散」
そんな俺らの様子を見て、アコが部屋を出ていこうとする。
「お開けしてもよろしいでしょうか」
と、同時にドアをノックする音と声が聞こえた。
「……今は取り込み」
「あー、大丈夫。開けて開けてっ」
俺を跳ね飛ばしながら、アコの返答を遮るように声を上げるブリス。
(さっきまでの心配はどこにいったんだよ)
床に仰向けに転がされながら、俺はそんな事を思う。
「失礼します」
ブリスの返答を受けてドアが開け放たれ、鎧姿の男が入ってきた。
衛兵の男は部屋をぐるりと一瞥してから、
「よかった、皆様お揃いで」
と言いながら会釈をすると、
「領主様が是非、直接お会いしてお礼をと」
そう言葉を繋げた。