勇者、戦う
「誰か助けてっ」
「とおっ!」
「いやあ、来ないでぇ」
「……てやっ」
街の中でも入り口にいたものと同じ種類の魔物が暴れまわっていた。
俺たちは手当たり次第に人を襲う魔物を倒しながら進む。より正確に言えば俺たち、ではないが。
「光よ……」
「あ、ありがとうございます」
俺の簡易的な治癒魔法でも間に合う負傷者が多いところを見ると、街の被害自体はまだそこまで大きくないらしく、この騒ぎはどちらかというと魔物が襲撃してきたこと自体に浮足立っているように見えた。
となれば、このまま魔物の数が減れば……
「ママ……ママぁ……」
混乱の渦中で俺の耳に聞こえてきたかすかな声。
先をゆくブリスとアコはそれぞれの相手に手一杯のようだ。
(こんな時まで、他人任せか?)
無意識的に呼び掛けようとしていた声を引っ込め、二人から離れて声の聞こえた方へ向かう。
俺に何ができる?むしろ状況を悪くするのでは?
頭の中を回る言葉を振り切ると、涙を流しながらへたり込む子供の姿が見えた。
その眼前には魔物の姿。
「ずあっ!」
無我夢中で剣を構え、子供と魔物の間に立つ。そしてその勢いのまま魔物を両断、となるはずもなく、相手の爪に剣を受け止められ鍔迫り合う形になった。
俺の役目は分かっている。子供が逃げる時間を稼ぐのだ。
「早く逃げるんだっ!」
俺は魔物の爪を受け止めながら、背中側の子供に声を掛ける。
ジリジリと迫る爪。俺はどれだけ斬られても構わないが、倒れるわけにはいかない。
(くそっ、押し切られる……!)
こんな奴らを瞬殺してるのか、ブリスたちは。
入り口で見た光景を思い出す。
むしろ今の俺くらいが普通の人間のレベルなのだろう。
そう、普通の人間の。
「……俺は、勇者だ……っ!」
渾身の力を振り絞って魔物を押し返す。
瞬間。眩い光が走ったかと思うと、魔物が黒焦げの炭になる。
これは俺の隠された力……?
なわけはない。
「サンキュー、助かった。ブリス」
「ううん。かっこよかったよ、イーク」
手から来校の残滓を放ちながら、ブリスがはにかむ。
いつもなら皮肉か?なんて聞き返してやるものだが、今は素直にありがたかった。
「街の中で暴れまわっていた奴らはほとんど倒したよ」
「アコは?」
「重症の人がいないか見て回るって」
「……そうか」
これまでの疲れがどっと出て、俺は尻もちを付きながら両手を地面に付く。
改めてブリスたちの凄まじさが身にしみた。が、身にしみてばかりでもいけない。
(剣の修練、また始めてみるか)
長い息を吐きながら天を仰いだ俺の顔に
すっと短い影が掛かる。
さきほど俺が助けた、いや、助けたと言えるのかは怪しい、少女。
「……ありがとう、勇者のお兄ちゃん」
おどおどと視線を揺らしながらぺこりと頭を下げる少女。
ああ、さっき勢いで勇者なんて名乗ったな。
「よかったね、勇者のお兄ちゃん」
「うっせぇ」
少女とブリス、両方の視線から逃れるようにあらぬ方向を見ていた俺に、今度は大きな影が覆い被さる。
その正体がなにかを考える間もなく、俺の身体は激しく宙に放り上げられた。




