勇者、旅の始まり
その昔、この世界に魔王という存在が生まれ落ちた。
魔王は魔族を生み、魔族は混沌を生み、世界は混沌に包まれていった。
そんな世界を憂いた精霊たちによって、一つの存在が作り出された。
勇者の誕生である。
世界全てから加護を受けた勇者の強さは凄まじく、魔族達は勇者の力の前に次々倒れ、ついに魔族は魔王だけとなった。
「勇者、貴様に解けぬ呪いを掛けてやる。永劫に解けることのない呪いをな」
「覚えていろ。我は必ず蘇る……必ずな……」
醜い断末魔を残して魔王は朽ち果て、かくして世界は平和を取り戻したのだ。
めでたしめでたし。
「……なぁ、やっぱり間違いじゃないのか?」
「ん、何が?」
俺は幼馴染と辺境の街道を歩いていた。
突然の問いかけに幼馴染、ブリスがくるりとこちらを振り返る。
背に担いだ巨大な斧がその動きに合わせて俺の顔を掠める。
「うおっ、あぶねぇっ!」
俺はすんでの所でそれをかわすも、体制を崩してずしんと尻もちを打った。
「どしたの、イーク」
「お前の斧が当たりかけたんだよ!」
けらけらと笑うブリスに俺は抗議の声を上げる。
俺の言葉を聞いてブリスが、見せつけるように斧を取り外し刃先を地面に突き立てた。
「だからあぶねぇって……っ」
「イークも気づいた?」
「……あぁ、囲まれてるな」
俺たちに気づかれたことに気づいたのか、がさがさと草むらを揺らしていた気配たちが俺たちの前へと躍り出る。
ゴブリンの群れ。数は10匹は軽く越えているだろうか。
ふごふごと粗い鼻息で呼吸しながら、こちらへとじりじりとにじり寄ってきた。
「先手必勝!」
「あ、おいっ」
そんなゴブリンたちよりも素早く動く影が俺の隣に一つ。
言うが早いか斧の一閃でゴブリンを一匹両断する。
突然の出来事に驚いたのだろう、ゴブリンたちはぶもぶもと鼻を鳴らしながら浮足出つ。
「おおりゃあっ!」
そこを見逃すこいつではない。
先頭に出ていた数匹を横薙ぎで両断すると、その勢いのまま回転して後方のゴブリンたちも薙ぎ払っていく。
そうなるともうゴブリンたちは戦うどころではなく、魔物より魔物している目の前の女から逃げることしかできなくなる。
(相変わらずでたらめな強さだなこいつ……)
俺は必要かどうかも謎な補助魔法をブリスへ掛けながら、内心でゴブリンたちに同情していた。
小さい頃から何度も聞いていた勇者の英雄譚。
精霊の加護の証を持ち、魔王を打ち倒せる唯一の存在。
そう、何を隠そう。
俺は勇者で、こいつは魔法使い。
「ふぅ、片付いたね」
「……腕、見せてみろ」
「へ? あぁ、いいよこんなかすり傷くらい」
「そういうのは後でやっとけばよかったってなるんだよ」
俺は少し強引にブリスの腕を掴むと、回復魔法の詠唱を始める。
ブリスの言う通り、この程度のかすり傷は回復の必要もないのだが。
なんというか、お荷物感が自分でいたたまれなくなるから毎回無理にでも治癒することにしている。
「やっぱり間違いだと思うんだよ、俺は」
「だから、何がさ」
再び街道を進みながら、会話を冒頭へと引き戻す。
こいつ、分かってて言ってるんじゃないだろうか。
「俺が補助役で、お前が戦闘役なことだよ」
「えー、だってさ……」
再びブリスが立ち止まり、斧を取り外す。
しかし今度は敵襲などというわけではなく、それを俺の方へとほいっと放り投げた。
反射的にそれを受け取ってしまって俺は後悔する。
「ぐ、おっ……!」
ずしん、と地面まで身体がめり込んでしまいそうなほどの重圧。
俺は斧を放り投げることでその重圧から逃げ出す。
「あっ、ちょっと! 傷でも付いたらどうするのさ!」
「いき、なり……」
投げてくるほうが悪いだろ、と言おうとした言葉がひゅーっという音で口から漏れ出る。
「とにかくさ、魔法どころかちからでもボクが上なわけだし」
斧を担ぎなおしたブリスが再度こちらへ向き直る。
「ボクは回復魔法使えないんだから、適任だと思わない?」
(色々とお前が規格外なだけだと思うんだがな……)
しかし適任、と言う言葉に反論の余地はなく。
いくら鍛えても全ての能力において素質がなく、精霊の力を借りてやっと並程度の補助魔法しか使えない。
10人に聞けば10人が、確実にブリスを勇者だと思うだろう。
俺は首筋に手を当て、軽く爪を立てた。
こんな印、なければよかったのに。
「……イークの補助魔法、いつも助かってるよ?」
俺の空気を察したのか、ブリスが慰めの言葉を掛ける。
いずれ生まれてくる魔王を倒すため、幼い頃から色々な修練を積んでいた俺。
そのほとんどはなぜか一緒に修行していたこいつが恩恵をあずかっていた。
「変な慰めはいらねーっての……」
「……むー」
多分、ブリスとの二人旅でなければ今回の旅も承認されなかっただろう。
それを思うとさらに気が重くなる。
「ねぇ、これからどうするの?」
「そうだな……この先の港町で情報収集かな」
本来この街道は魔物が出てくるような場所ではなかった。
そんな街道に先ほどのようなゴブリンの群れ。まことしやかに囁かれている魔王が復活したという話はやはり本当なのかもしれない。
「うへー、ボクあの町苦手なんだよなぁ。風がべたべたしてるし……」
「置いてくぞ」
「あう、待ってよー」
そんなやりとりをしながら歩いていると、ほどなくして港町へとたどり着いた。