近々婚約破棄される事が分かったから、あらかじめ婚約破棄しておく事にした
「エレナ! 貴様との婚約を破棄する」
煌びやかなパーティー中、響くのは私への婚約破棄の宣言。そう高らかに叫ぶのは私の婚約者であるレオール第三王子である。突然の事に衆人は驚きざわめくーーーー何人かを除いて。
「貴様の悪行は全てサリーから聞いたぞ!」
馬鹿王子の不倫相手は側で今にも泣き出しそうな悲しそうな表情を浮かべている。だが、私には透けて見えるわ。下卑た顔で笑っている姿が。
「皆の者、聞いてくれ! この女がサリーにした卑劣な行為の数々を!」
馬鹿王子はつらつらと、その行為とやらを雄弁に語り始める。その脇でサリーがさめざめと泣き悲惨さを盛り上げる。
「抵抗できないサリーを良いことに貴様は……」
私は馬鹿王子の言葉を黙って聞き続ける。向こうは私が何も良い返せないと思っているのか、ますます熱を込めて話し続ける。
ーーーーまさか自白行為になっているとも知らずに。
「ーーこれがこの女が行った数々の非道だ。そんな奴と婚約など出来ぬっ!」
やっと終わったか。随分長いな。というか幾ら何でも盛り過ぎだと思う。……まあ良い。そろそろ始めるか。私は、ふぅ、と息を吐き顔を上げ。
「レオール様」
「なんだ、言い訳など聞かんぞ」
今からお前に見せるのは言い訳どころではないわ。私はツカツカと2人に歩み寄り、一切れの紙を差し出す。
突然の事に2人は虚を突かれた顔になるが、私は構わずニッコリと笑い告げる。
「悪いけど婚約破棄はもう3週間前にしてあるわ」
「……は?」
目を丸くする2人。同時にあたりが騒めくのを感じる。レオールは事態が理解できないのか暫く固まっていたが、騒めきで我を取り戻し。
「な、何を言って……」
引っ手繰るように私から紙を奪い慌てて目を通す。そうして終わりに近づくにつれ、手を震わせ。
「な、何だこれは!!」
「何って、正式な婚約破棄の書類ですが」
但し3週間前に作成した奴だが。
「き、貴様。何を勝手に!」
「……勝手に? その言葉、レオール様にそのまま返しますわ」
何が勝手にだ。じゃあ今お前がした婚約破棄宣言は勝手にじゃないのかアホが。勝手になどお前だけには言われたくない。
……要するに私は今日の事態が予測出来ていた為、前もって3週間前に婚約破棄の手続きを済ましておいたのだ。
レオールとサリーが前々からわたしを陥れようとしていた事は分かっていた。馬鹿な王子だ。サリーの色香に騙されて。
策略を知った以上、黙っている道理もない。わたしは私偵を駆使して2人の不貞行為。そして私を貶める謀略の計画を徹底的に調べ上げ証拠を集めた。
「だ、第一この記載は何だ! 私とサリーが……ふ、不貞や謀略を企んだなど!」
「あら、そのままですが」
「……っ。ぶ、侮辱しやがって」
自身たっぷりな私の様子にレオールは動揺する。更にはサリーにも焦りが見える。……まさか、私がこんな自身たっぷりに反撃してくるとは思わなかったのだろう。ざまあない。
「そ、そもそもエレナ! 貴様の行為も違法行為だろ! 確定していない書類を作るなど!」
付け入る隙を見つけたからか、レオールは自信ありげに私に言い放つ。……これは強ち間違いではない。違法……ではないだろうがかなりグレーゾーンだ。一歩間違えれば私の罪に成りかねない。だが……。
「承知の上です」
「……っ」
そんな事、こっちは腹をくくっているのさ。お前に裏切られたその日から。
「その上で、戦いますから私は。徹底的に。……してレオール。貴方も先程自身が発した発言の数々をお忘れなく」
「発言……? ……っ」
レオールは何かに気付いたのか顔を青くする。
「この場で貴方達の言う、私が行った卑劣な行為とやらが本当なのかは分かりませんが……この公の場に置いて、さも真実であるかのように公表した事実。これは確かに記録させてもらいましたから」
私が目配せをすると1人の書記官が歩み出る。羽織ったローブには国の紋章。国家書記官ーー彼らが記録した議事録は真実としての効力を持つ。
「もし、これが虚偽の発言だとしたら……相応の罰を受ける事になります」
「……っ」
集めた証拠。そして、今回の本人達の発言。これが組み合わされ、裏が取れたら2人に逃げ場はない。
レオールもサリーも事態の危うさに気づいたみたいだがもう遅い。逃げ道などない。
「それを踏まえた上で……話し合いましょうね。……徹底的に」
私はニッコリと2人に言い放った。
ーーーー数ヶ月後。
場所はエレナの別荘。日当たりの良いバルコニーで、エレナはとある青年と茶菓子を囲んでいた。
「大勝利だねエレナ」
「……そうね」
気だるい顔でエレナは返す。結果から言うと、エレナの勝利で終わった。やはり決め手になったのはあのパーティーの日の発言。やはりあれが虚偽と証明された為、レオールとサリーは言い逃れが出来なくなったのだ。
その罪により2人は僻地の領地へと飛ばされてひもじい生活を送ってるらしい。
「でも思うんだけどさ」
「なによ」
エレナそう訊くのはロウル一等書記官。パーティーの際に記録をとっていた書記官である。ロウルはエレナと旧知であった為、今回の事に巻き込まれる事となった。だって断るのが怖かったというのが本人の談である。
「前倒しで婚約破棄の書類作ったけどさ……あれ必要あった?」
ロウルの言う通り、別に書類の作成事態は3週間前にやる必要はない。話し合いに負けた時の追求先になってしまうだけである。
「あれは……私の本気度を示したかったのよ」
「おっかないなぁ……あとさ、あとさ」
「次は何?」
「今回僻地飛ばしだったけど、やろうと思えばもっと重く出来たんじゃない?」
「……」
確かに追求しようと思えば出来た。不倫。公衆の場での虚偽の発言。その他余罪もろもろ。僻地送りだけでなく、位の取り上げも出来たはずだ。
エレナはクッキーを齧りながら。
「……あいつらのやった事は許せないけど、一回の過ちで破滅させるのは私の信条に反するわ」
「……おっかないのか優しいのがよく分からないね、エレナは」
「うっさいわね」
ロウルは肩を竦める。 まあエレナらしいとロウルは感じた。
「……というか何で勝ったのにそんな怠そうなんだい?」
「別に勝っても私が幸せになるわけじゃないもの。すっきりとはしたけど、疲れたわ……」
「まぁ確かに」
そのまま無言でエレナとロウルはクッキーを齧り続ける。そしてエレナが唐突に。
「ねぇロウル」
「ん?」
「婚約しない?」
「ぶーっ?!」
突然の事にロウルは吹き出す。だってあまりに突飛すぎる。
「汚いわよロウル」
「ごほっ、ごほっ……だってエレナ。いきなり……」
「……もう、親が選んだアホな相手は嫌よ。今までは家の為を思ってたけど流石に懲りたわ。それならロウル。貴方は付き合い長いし、書記官で頭良いし」
「書記長のテスト受かって蹴った君に言われても嬉しくないよ」
「……嫌?」
「嫌じゃないけど……むしろ、僕としては……その、嬉し」
「まあ、もう婚約書類作ったんだけどね。3週間前に」
「えぇ……」
テーブルに出されたのは作成済みの婚約書類。エレナは満面の笑みで。
「さっき言ったでしょ。本気度を示すにはって」
「かなわないよ」
そう苦笑いすると、ロウルは婚約書類にサインした。