第一章 皇子は芸人になれるのか? - 05 - 貧民窟
第一章 皇子は芸人になれるのか? - 05 - 貧民窟
繁華街があるローエン区は人通りは多かったが、話しかけても立ち止まって話を聞いてくれる人間は少ない。
住宅街が多いレベン区では、昼間の人通りが少なくなる。
広い敷地の多い帝都ハズレにあるカナン区だとサーカスや見世物小屋が多くすでに良く知っているので、回れるような所はほとんど残ってはいない。
貴族が多いマナン区は論外だ。
お笑い芸人に興味を示すやつはいないだろうし、そもそも自分の正体がバレてしまっては本末転倒である。
必然的に歩き回るのは、貧民窟のあるコーバン区や、商人が比較的に多く暮らすシナン区が中心になる。
そして、今ライトがいるのはゴーバン区の貧民窟であった。
帝都の至る所を自分の足で歩き回っているライトであったが、さすがに貧民窟にはめったに足を踏み入れることはなかった。
というのも、貧民窟と中と外では住人の様相がまったく異なっていて、外部から来た人間は一目でわかってしまう。
目立ちたくない理由があるライトにとってはあまり足を踏み入れたい場所ではなかった。
だが、なんとしてでも相方を探す必要のあるライトには、そんなことを言っていられるような余裕はなくなっている。
そこでライトは貧民窟に入ると、すぐに自分と体格が近い男をみつけて、着ている服を取り替えてもらった。
その時ライトが着ていた服は貧民窟以外だと、至って普通の平民用の服なのだが、ここ貧民窟だととても立派すぎる服であったので、提案した男はとても喜んで取引に応じたてくれた。
涙が出てきそうなほどの刺激臭に耐えながら貧民窟を歩き回っり、中心部付近ににある場所まで来たときだった。
何を売っているのか非常に怪しい感じの汚い酒場の前で、大の字になって寝ている一人の男を発見する。
一見すると酒場から放り出されたのか、と思ったのだがどうも様子が違った。
その男に対して、何かひっかかる物を感じたライトは、迷うことなく近寄ってみる。
まったく、酒の匂いがしない。
しかも、その男はとても幸せそうな表情をしていた。
そうこの男は、気持ちよさそうに寝ているだけだったのである。
貧民窟の、しかも得体の知れない酒場の正面で、こんなことを出来る男がいることが信じられなかった。
この一瞬で、ライトは相方にするならこの男しかいないと思った。
このまま起きるまで待ってみようかとも思ったのだが、ライトに時間があるわけではない。