第一章 皇子は芸人になれるのか? - 39 - 夢へ向かって
第一章 皇子は芸人になれるのか? - 39 - 夢へ向かって
「さて、それより俺と相方はこれから本気で行きますよ」
ライトにとって、もう事件は終わったことであった。
そもそも、ライトにとって一番の夢はまだ始まってすらいないのだ。
「そうですね。でも、約束通り、まずは証明してみせてください」
アルテ姉姫の答えは、優しく包み込むようでもあり、冷静に突き放したようなものでもあった。
「そんで、ワイはなにしとけばええの?」
裁断場に来ていて一部始終を見ていたはずなのに、驚くほどまったく何も変わらない感じでドゥイが聞いてくる。
「とりあえず、俺が最初のネタを書く。その間待っててくれ」
そう話した時、ライトは急に不安になった。
「ところで、相棒。字は読めるのか?」
さすがに帝国全土となると下がるが、帝都限定なら識字率はそう悪くはないはずである。
なので、これは一応確認のつもりで聞いてみたのだが。
「ワイのことを舐めんといてほしいわ。こう見えても、文字の半分くらいは読めんねん」
自慢げにドゥイが主張する。
「まずはそこからか……。それじゃククルと一緒に文字の勉強をしないとな。ネタ書いてきても読めないんじゃ話にならん」
そもそも帝国で使われている文字はアルファベットのような表音文字である。
数も少ないし大文字小文字の組み合わせはあるけど、真剣にやれば覚えるのにたいして時間はかからないはずである。
「せやけど、ワイ苦手な文字あるで? 大丈夫かいな?」
苦手な文字とかなんなのだろう、と思いながらもライトは答える。
「苦手は克服してくれ。っていうかせめて文字の苦手は無くしてくれ」
これから先を考えると、最低限ちゃんと文字を読めるようになってもらわないと厳しすぎる。
「おう、わかった。明日からちゃんと覚えるよ」
この期に及んで、そんなことを言っているドゥイにライトはツッコミを入れる。
「今日だ。この後すぐに初めてくれ。俺も帰ったらすぐにネタを書く」
特に前のめりになって来ているというつもりはなかった。
ただ、皇子としてのデビューをやってしまった今となっては、これまで以上に行動が制限されることになるだろう。
なんらかの手段を考える必要があるが、それはまだ後の話だ。
それまでに、ライトはネタを作りドゥイは文字を覚えなくてはならない。
それが出来てようやく、ネタ合わせを始めることができる。
「せやな。ほんでも、どないして覚えたらええの? ワイ文字半分くらいしか知らんで?」
そう、その通り。
一人で始めようにも、文字がわからないのでは何をしようもない。
文字を覚えるまでは、誰かが文字と発音の組み合わせを教えてくれる先生が必要だった。
「それは、わたしが引き受けます。ククルにも文字を教えなくてはならないですし、一人教えるのも二人教えるのもあまり変わらないでしょう」
名乗りをあげてくれたのはアルテ姉姫であった。
「ありがとうございます、姉上。助かります」
ライトはアルテ姉姫の提案にすぐさま乗っかった。
すると、楽しそうに笑いながらアルテ姉姫が言う。
「最初から、わたしが言い出すことを期待していたのでしょう? でも、ライト殿下に頼られるのは嬉しいことですけどね」
これで、当面それぞれのやるべきことが決まった。
「それでは、目立たない所にゲートを開きますからみんな一緒に来てください」
ライトは裁断所の裏庭で帰還用のゲートを開き、全員で帝宮へと戻ったのである。
そして、ライトはこの時、一つのネタを思いついた。
< 第一章 了 >




