三話 アリス・バスクルン
「ありましたよルター君!これです!」
そんな風にしてルイーゼ先生が見せてきたのは一本の絵本だった。
題名は「勇者タグニスと魔獣ヘラクレスの闘い」だ。
「…ヘラクレス闘ってますね」
たった200年前の話なのにめちゃくちゃ話が変革されてると思うんだが…
「そうですね、本当はタグニスさんがヘラクレスを召喚するっていう話のはずなんですけどね…」
「で、このタグニスさんは現在も生存してるんですか?」
「まさか、さすがに今は死亡しています。子孫はいるらしいです」
「なるほど、その子孫はバイアスアビリティなんですか?」
「残念ながら違います。今現存しているバイアスアビリティはルター君だけになりますね」
なるほど遺伝ではないのか。突然変異的か何かかな?
いや、そのまえにそれって…
「それっておおごとなんじゃないですか?」
「…どうなんでしょうね?一応王宮には報告するつもりでいますが」
「…人体実験に使われるなんて嫌ですからね?」
「大丈夫です!その時は私がルター君を死守します!」
否定はしないのね。
「というわけで今日は王宮に仕事があるので家を空けます。
少し遅くなると思いますが、なるべく早く帰ってきます。
お小遣いをあげるので外に買い物に行ってもいいですよ。
ただ、誘拐とかには気をつけてくださいね?狭くて暗い路地には入らないでください。」
「はーい」
最近誘拐事件が多発してると聞くからな。
「それでは行ってきます!」
「行ってらっしゃーい」
さて、何をしよう。
お小遣いをもらったので外にでも買い物にでるか、それともバイアスアビリティについての書物でもあさるか…。
せっかくなので買い物に行くか。最近あんまり外に出てない気がするし。
今日は本屋に行こう。バイアスアビリティについての本があるかもしれない。
この世界の紙はとても高価だ。
本なんかだと300バルクくらいする。
バルクって言うのはユグニス王国の通貨で、円で言うと1バルク100円くらいだ。
その下にサルクという通貨もあって、100サルクで1バルクくらいだ。
こちらは1サルク1円と考えてもらって構わない。
郊外の農村とかだともっと物価が安いらしいが、王都からあまり出たことがないのでよくわからない。
本屋についた。
「さてさて、バイアスアビリティについての本を探すかな」
やばい…。面白い本を見つけて読みふけってしまった…。
もう16時か。そろそろ日が暮れるから帰らないとな。
すこし足早に家に帰る。誘拐されたら大変だからな。
そもそもルイーゼ先生はいつも遅くなるとか言って「ルター君がいないと寂しいので帰ってきちゃいました!」とか言って17時くらいに帰ってくるからな。早く帰らないと。
店を出て、ふと前を見ると、見た目が悪そうな人が少し大きめの袋を持って周りを気にしながら走っている。
少し早めのクリスマスかな?
…いや、今9月だから。そんな季節じゃないから。
すると、誘拐かな?ちょっとつけてみるか。
…王都から出て少し先の人の寄り付かない倉庫のようなところまできて、男は倉庫の中に入って行った。
「さて、バスクルン家のお嬢さんをここまで持ってきたぞ。予定の金を貰おうか」
あそこにいるのは…?
「わかった。これが約束の金だ」
お金を渡してるのは…間違いない、ウィリアム・クザスターだ。
そして誘拐されてきた方はバスクルン家の子供だろう。
クザスター家とバスクルン家はどちらも上級貴族だ。クザスター家は代々幼女好きという性癖を持っていると聞くからな、性奴隷にでもするんだろうか。
これが発覚したらすごいことが起こるだろうな。
ただ起こってしまってはダメなんだよ。
貴族どうしの争いは他の貴族も巻き込む形になるからな。ルイーゼ先生には迷惑をかけたくない。
仕方ないけど止めるか。クザスター家とバスクルン家に借りをつくれるしね。
「…ヘラクレス」
ダンッッツ!!
目の前に雷が落ちた。
「なんだ!?」
ウィリアム・クザスターが叫ぶ。
「ヘラクレス、殺さない程度に足止めを頼む!」
「ウガアァァァァ!!!」
よし、ヘラクレスが足止めをしてくれてる。今のうちに縄をほどいて、袋から出してっと。
出すと出てきたのは、1人の可憐な美少女だった。
なるほどなぁ、そりゃあ性奴隷にしたくなるわ。実行はしないけど。
彼女は泣いていないし、暴れもしない。ただ顔は無表情だった。
「捕まっててくださいね。少し飛ぶので。」
「えっ?」
リフレクターで遠くまで飛ぶ。ここまでの力で反射させるのはかなりの魔力がいるので使えてもあと2、3回だろう。
アリスは歯を食いしばっていた。まあジェットコースターに乗ってるようなもんだからな。
極限まで弱めたリフレクターで着地する。そうすればリフレクターが反動を吸い取ってくれるため、俺に負担はかからない。
それを何回か繰り返し、かなり早く王都についた。
「大丈夫でしたか?」
ふと彼女を見ると、涙目になっていた。なんとか涙が出るのを食い止めてるような、そんな顔だ。
彼女はとても綺麗な金髪で、顔全体もとても綺麗に整っている。ルイーゼ先生に負けないくらい可愛い顔だ。
「…っ、ううっ、うわああああん!!」
…泣いちゃった。
「…怖かったの。少し外に出たら、いきなり男の人が来て、私を袋の中に入れて、よくわからないところに連れてこられて…。このまま死んじゃうのかと思ったわ」
泣きながらなんとかなんとか言葉をつないでいる。
「でも、あなたが助けてくれた。そのおかげで私はここにいる。何か恩返しがしたい」
「それじゃあ、あなたの名前を教えてください」
「え?」
「それでおあいこです」
「わ、私はアリス・バスクルン」
「僕はルター・グランホルンです」
アリスは僕を驚いた目で見ていた。
「ただいまー」
アリスはそのまま家まで連れて来た。アリスに聞いても自分の家がどこにあるかわからないそうだ。
「もう!ルター君!何時まで外をほっつき歩いていたんですか!」
ルイーゼ先生が玄関まで歩いて来た。
「あ、あれ?アリスちゃん?」
「…ルイーゼ先生!」
なんだ、この2人知り合いなんだ。
「ルイーゼ先生とアリスさんってどんな関係なんですか?」
すると、アリスから肩をたたかれた。
「…アリスって呼んで」
「う、うん」
「オホン!ルター君!実は私はアリスちゃんの家庭教師をやっているんです!」
ふーん、なるほどね。
「い、いや、そんなことよりもルター君とアリスちゃんこそどんな関係なんですか?」
すこし焦った声で聞いてくる。
「実はさっき…」
さっきの出来事を先生に話した。
「なるほど、そんなことがあったんですね…。さすがルター君ですね!男前です!」
そう言われると照れるな。
「ただ、今回の行動は100点とは言えませんね!ルター君はまだ子供なんだから近くの大人を頼るべきです!」
そう言われると何も言い返せないな。
いや、そんなことより
「アリスを家まで送ってもらいたいんですが」
「あ、そうですね。もう遅い時間ですしね」
気づいたらもう20時を回っていた。
「それじゃ、私がアリスちゃんを送るから、ルター君は家で待っていてください」
すると、アリスが僕の袖を掴んでこう言った。
「ルターも来て」
「う、うん」
「本当にありがとうございました。わざわざの子を送ってもらって」
「いえ、全然大丈夫ですよ」
アリスのお父さんには誘拐の話はしなかった。もしもこの事件が発覚したら大変なことになるかもしれないしね。
一応アリスにもこのことは家族には絶対に言っちゃだめと念を押して言っている。この事件が明らかになることはないだろう。
「ルター、バイバイ」
「うん、じゃあね」
そんな風にして、俺とルイーゼ先生はバスクルン家を後にした。
「あ!」
「どうしたんですか?」
「アリスを助けるために召喚したヘラクレスを消すのを忘れてました!」
やばい、今頃死んでるかもしれない…。
「なんて命令したんですか?」
「足止めをしろって命令しました」
「なら大丈夫でしょう。召喚した魔獣は、役目を終えたら自動で消えるようになってるので」
なんだ、よかった。クザスター家の人を殺したらそれはそれでおおごとだ。
「…でもだめですよ?ルター君は私だけのものですからね。他の女に浮気したらいけませんよ」
いや、いつから俺が先生とそんな関係になったんだよ。
…なれるっていうなら大歓迎だけどね。
「わかってますよ」
「それはよかったです」
ルイーゼ先生は笑顔でそう返して来た。