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ロマニストがサーフィンをして見た景色  作者: 雨竜三斗
第四章 引きこもりの水着回
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4-7 あーしは桑田ジョニー先生の大ファンだからっす

「理衣さん、今日はお疲れ様でした」


 着替え終わったオサムがお店の上にあるテラスに登ると、理衣は暑さに負けた猫のように腕を伸ばして椅子の上でぐったりしていた。


「疲れたっすよ。さっきも言ったっすけど、インドアオタクにはアニメの水着回を実践できないんだなって、よく分かったっす」

「あはは」


 コメントに困ったオサムは乾いた笑いでごまかす。喉も乾いてきたので、椅子に座りジュースの蓋を開ける。


「理衣さん、前から聞こうと思ってたんですが」

「なんすか? かしこまって」

「どうして俺のことそんなに気にするんです?

 小説家のファンっていうより、芸能人のファンみたいな感じが理衣さんからするんですけど」


 小説や漫画の作者が気になるというファンは、全体を見ればごく一部だとオサムは思っている。ましてやベストセラー作家でもなく、一シリーズしか出していないほぼ無名に近い。さらに言えば作家に作品ファンがついても、作家ファンにつくというのは珍しいはず。


 だから理衣の存在というのはオサムにとって不思議でならなかった。


「そうっすね……」


 質問に言葉を選んでいるのか、理衣は湘南の青い海の方を見て少し考えてから、

「あーしは桑田ジョニー先生の大ファンだからっす。好きな作家のことをたくさん知りたいというのは自然なことっすよね?」


「そうですけど、今はもう小説も書いてないですよ。

 それに理衣さんの苦手そうなリア充のスポーツ始めちゃったし、それじゃ興味も減るんじゃ?」


 オサムが小説を書いて、本を出していたのは一年ほど前にもなる。今は本を出してなければ投稿もしていない。

 小説家『桑田ジョニー』のファンで、作者に興味があるなら今のオサムに興味を示すのはおかしいのではないかと、オサム本人は思っている。

 筆を置いた小説家で、さらに違うことを始めたオサムに興味が湧く理由が分からない。


 理衣はそれを聞いて今までとは違う笑顔を見せた。


「あーしは、ひとを知るのが好きなんっすよ。

 桑田ジョニー先生――オサムくん、ソーニャちゃん、優里亜ちゃん、奈美ちゃん、姉様。

 もちろん同じ仕事してるひとたちや、常連のお客さん、いろんなひとがいて、その人達にはいろんな物語があって、好きなモノがあって、好きなひとがいる。そんな楽しい人生を垣間見たいっすよ」

「リア充みたいなこと考えてるんですね」


 オサムからすればそういう考えを持った人間はオタクにならず、ひとと接することを好むはず。だが理衣はそんなオタクと言われる存在。

 そんな理衣にオサムは、いつも非リア充だと言っているが本当はリア充であるというニュアンスを込めて言った。


 だが理衣はやっぱり自分は違うと苦笑いで返した。


「あーしはオタク。『ひとオタク』ってやつです。

 そんなオタクのあーしの人生はあまりおもしろくないっすから。

 ひとの人生を見てるのがいいんすよ」

「理衣さんはあまり人生つまらなそうに生きてるようには見えないですが」

「そうっすか?」


 オサムから見て理衣はかなり人生を謳歌しているように見える。

 いつ来ても楽しそうにアニメショップの店内にいて、プライベートといえばこんなふうに人間観察や趣味に費やしている。これをリアルが充実していると言わずなんと言うのだろう。オサムの語彙力には『リア充』以外の言葉はでてこない。


「ソーニャに聞いても優里亜に聞いても静佳ねぇに聞いても、みんな同じこと言いそうですよ」

「自覚ないっす」


「先日も俺たちを楽しそうに写真に収めてましたし、今日も楽しそうに遊んでたじゃないですか?

 これってリアルが充実してるってことじゃないですか?」


 オサムは再度、子供に道徳を教えているような言い方で質問をする。


 今日が特にそうだった。

 理衣のいう水着回のようなイベントは、リア充じゃないとできないだろうとオサムは思ってる。オサム自身も今の自分も同様に考えていた。


 理衣は今日あったことを思い出すようにまた海を見る。


 オサムの方から見える西側の海は、沈みかけの日が反射して白く光っているようにも見える。江ノ島もシルエットになり、展望台や木々に覆われ間に作られた建物などの形がくっきり分かるほどだ。


 理衣の方から見える東の海は青。

 たまに見る、自分が入ることはないんだろうと思っていた海。

 そんな海に、わざわざ水着を買って恥ずかしがりつつも遊びに来た。


 サーフボードに乗っけてもらうという貴重な体験もした。

 これも縁がないものだと思っていたのでそういう意味でも基調な体験。


「そうかもしれないっすね」


 今日まであったことを思い出すと、理衣は充実したリアルを過ごしていたことをようやく認め、目を細めてとても満足げに笑った。

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