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ロマニストがサーフィンをして見た景色  作者: 雨竜三斗
第三章 サーフィンショップの店員さん
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3-3 オサム顔赤い……ネッ、チューシヨ?

「オサムー、きたよ~」

「いらっしゃい」


 何度目になるか分からないが、家によく来るソーニャに慣れてしまったオサムは、特に気にすることもなく部屋に招き入れる。


「どう? サーフィンの準備は進んでる?」

「うんー、奈美ちゃんのところでウェットスーツを用意してもらってるよ。あとはボードだけど、どうしようか悩んでて……」


「サーフボード選び」


 そうつぶやいたソーニャはいつもより低くて早い波のような真剣な口調で、

「オサムは、サーフィンしてなにがしたい?」

「なにがって、波乗りして――」

「もっと先。どういうサーフィンがしたい?

 サーフィンしてどういう結果がほしい?」


 食い気味に聞かれた。

 表情はいつものソーニャだが、口調はとても真面目に感じる。


「つまり、なんのためにサーフィンするってこと?」

「うん。多分それが一番重要」


 ソーニャの目は見たことのない色をしていた。エメラルドとは違う、グリーンガーネットよりも濃く、硬い目に思えた。

 その目は今まさにサーフィンをしているような、大きな波に挑戦するときのような、碧くて強い目。


 オサムの動機はまだ漠然としている。

 ソーニャと優里亜の見ているもの、感じているものを自分も感じたいという抽象的な気持ちで興味を持った。だがこれを目的や目標とするには弱い気がしたし、ソーニャに話しても通じないかもしれない。


「ただ波に乗るってだけじゃダメ?」


 なのでまずはそうしていようかと思っていたが、

「ダメ。目的、行き先がないとサーフィンも楽しめない」


 はっきり言われた。哲学的といえばいいのか、壮大なことを聞かれ少し考える。

 今のソーニャにいい加減な考えや言葉を伝えてはいけない。抽象的な、漠然とした目的を話してはいけないとオサムは考える。


 目標、目的、到達点、いろいろな考え方がある。小説でいえば完成が目標だったり、新人賞獲得だったりする。

 でもこういうのはまず遠い目標ではなく、近い目標があるとうまくいくことが多い。遠い目標が最終到達点だとしても、近い目標設定があると道に迷わない。


 最終目的が抽象的でも、目に見えた具体的なものは必要。なら最初の目標は、

「まずはこれに出たいじゃダメかな?」

 サーフィン用具のカタログと一緒に置いてあった、大会のチラシを見せる。


「大会?」

「うん。まずはこれに出れるほどの実力をつけるのが最初の目標」

「いいと思う!」


 ソーニャの目が生徒を褒める先生のような目に変わる。


「オサムはちゃんと物事、考えられるひと。ワタシ、そういうひと好きだよ」

「う、うん、ありがと」


 自分の考えを伝えただけなのに、すごく褒められた。ソーニャに好きとまで言われてしまい、なぜか心拍数も上がってきてどう反応すればいいのか迷った。


「じゃあ、サーフボードは安定した大きいボードいいかも!

 自転車で持ち運びできるし、男のひとが乗るとかっこいい!」

「あれより大きいの?」


 壁に立てかけてあるソーニャのサーフボードを見る。大きさは自分の身長より頭一つ長いくらい、二メートルあるだろう。


「あれは、ショートボード。

 サイズはショートボードにファンボード、ロングボードってサイズがあるよ。

 ショートボード以外なら初心者にもいいと思う」


 オサムは優里亜の持っていたボードが、ソーニャのボードと違っていたことを思い出す。大きさなどによって初心者向けだったり、得意苦手があったりするのはどんな分野も一緒なんだと分かったところで頷く。


「分かった。奈美ちゃんとも相談して決めてみるよ」

「うん!」


 自分のアドバイスを聞いてくれたのが嬉しかったのか、眩しいほどの笑顔で返事をするソーニャ。オサムはその眩しさに顔を合わせてられず目をそらしてしまう。


「どしたの?」

「なんでもない」


 どうしたのかと聞かれても、眩しいから目をそらしたとは言えず、曖昧な返事。ソーニャは首をかしげる。


「オサム顔赤い……ネッ、チューシヨ?」


 座っていたのに思わずスッコケた。


「いいいい、今なんて?」


 オサムには『ねぇ、ちゅーしよう』と聞こえた。聞き間違いだと思いたい。そもそも、急になんでそんなことを言い出すのかまったく理解できない。


「ネッチューシヨかなって?」


 もしかして、

「ね、熱中症か」

「それそれ」


 オサムは安心した。ソーニャの変な言い間違えは今に始まったことではないが、こんなにびっくりすることを言われたのは初めてだった。そのせいか心臓の鼓動が今もなお早いままだ。


「こんなにクーラー効かせてるところじゃ、熱中症はならないぞ」

「じゃあ、なんで顔赤いの?」

「……そんなに赤いか?」


 ソーニャの言うとおり、顔がちょっと火照ったというか、暑さを感じている。


「うんうん。今日もサーフィン見学するか聞こうと思ったけど、やめておく?」

「……そうする」


 オサム自身、どうしてこうなっているのか分からない。最近は日中も出歩くことが多かったし、新しいことを始めるためにいろいろ思考を巡らせていたので疲れたのかもしれない。オサムはソーニャの言葉に素直に聞くことにする。


「じゃあ、ワタシも今日はここで過ごすよ?」

「サーフィンしないのか? 俺のことは気にしなくていいのに」


 ソーニャの目的は日本でサーフィンすることだ。それに今日までサーフィンの話が殆どでそれ以外は、イクラ丼を食べながら話した『日本が海外でも注目されているから興味がある』ということくらいだろうと記憶している。


 それほどサーフィンのことばかり考えていたソーニャが、今日はサーフィンをしないというのには驚きで、オサムはソーニャの顔を疑うように見つめる。


「別に気にしてるわけじゃないよ?

 ワタシも毎日サーフィンしてたら疲れちゃうし、ちょうどいいから休憩だよ?」


 そう言ってさっきのサーフィン大会のチラシを眺め始める。


 ソーニャは以前『ここなら永遠にサーフィンできる』みたいなことを言っていたのを思い出すが、どんなに好きなことをしてても休憩は必要ということだろう。


「ねえ、この漢字なんて読むの?」

「『初心者の部』だな。俺みたいにまだ始めたばかりのひとが出るコースだ」


「じゃあその下は?」

「『経験者の部』つまりソーニャみたいに、たくさん波に乗ってきたひとが出れる大会コースってこと」


「ワタシも出ていい?」

「いいんじゃないか?

 参加資格――出ていいひとはサーファー歴一年以上って書いてあるし、ソーニャは一年以上サーフィンしてるよね?」


「もちろん! 五年以上やってるよ!」

「なら問題ないと思う」

「決めた、ワタシもこれに出る」


 ソーニャは膝の上にある両手をカスタネットのように叩きながら、新しい冒険の世界を見つけた表情で笑った。


「一応静佳ねぇに聞いてみてからのほうがいいかも。

 応援に来てくれるかもしれないし」

「うん!」


 オサムはソーニャがどういう目で海を、あるいは世界を見ているのか気になった。

 自分とは違う色をしているのか、それとも力の動きが矢印に見えるのか、それとも見えないものが見えているのか、それとも妖精がサーフィンを教えているのか、想像はつきない。


「じゃあ早速電話するね」


 オサムがそんなことを考えているうちに、ソーニャはさっそくスマホを取り出して電話をかけていた。

 まるで冒険に出発する前に王様に挨拶をするように張り切っている。


「静佳ねぇ仕事中じゃないのか?」

「なにかあったらいつでも電話していいよって言われたよ」

(それはソーニャに気を使って、そう言っただけじゃ)


「シズカー、相談があるんだけど……サーフィンの大会に出ていい?」

 オサムが考えてるうちに静佳が電話に出たようだ。


「日付? 八月の最後の日だよ?

 大丈夫! だって、ワタシ日本についた日にそのままサーフィンしに行ったんだよ! これくらい平気だって!」


 静佳はなにか心配事があるようで、それを追求していたようだ。体力だろうか、スケジュールだろうか? これだけでは分からない。


「出ていい? ありがとー。うん? じゃあ、オサムに変わるね~」

「俺?」


 なぜか話題がオサムのことになったようだ。オサムは自分を指差して確認する。

「シズカが替わってって」


 ソーニャのスマホを受け取り、保留になってないことを確認しようと画面を見る。

 機種は日本でもメジャーなものなので見覚えがあるが、表記がロシア語だった。


「オサムくん?」

 向こうから声が聞こえたのでつながっているようだ。


「はい、もしもし」

「オサムくん。大会だけど、オサムくんは出るの?」

「ええ、初心者の部があるらしいのでそこに」

「そっか。ならいいや。ソーニャのことよろしくね」


「それだけです?」

「それだけ。それじゃーねー」


 電話を切って、通話中ずっとニコニコしていたソーニャに返す。電話の内容を聞かないということは、なにを話したのかソーニャには想像できたのだろう。

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