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ロマニストがサーフィンをして見た景色  作者: 雨竜三斗
第一章 北の海から来たサーファー
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1-1 ワタシ、ソーニャと言います。イゴヨロシク

 外ではセミが、室内では空調の音が鳴り響く中、オサムは部屋の片付けをしていた。怠惰な時間を過ごしていたところで、来客の話があったからだ。

 ドタバタと物を動かし、

ダンベルを部屋の隅に追いやったところでチャイムが鳴った。


「もう来たのか……」

 予想より早いと思いながら玄関に行きドアを開ける。


「こんにちは」


 だが予想外。そこには見知らぬ少女が居た。


 歳は分からないが少し幼い印象を感じる声で女の子は挨拶をした。

 夏には眩しい金髪、透き通る海のような碧色の目、背はオサムと同じ一七〇センチ弱ほどだろう。涼し気な白いドレスシャツに、フリルの付いた青いチェックのミニスカート。暑さを忘れるほどの涼しい印象を受けるファッションだ。


 そして彼女が抱えるように持っているのは、オサムの身長より長いサーフボード。ここ湘南地方と呼ばれる鎌倉市や藤沢市の沿岸沿いではよく見る物と同じだ。


 そんな状況はアニメやライトノベル、美少女ゲームなどで描かれそうな突然の出会い。オサムは異世界へ飛ばされるのだろうかと思ったほどの出来事である。


 以上、視界から得られた情報と考察をまとめ、脳内で分析を行った。その結果分かったのは待っていた来客ではないということ。


 それ以外の判断は脳内処理が追いついていない。脳の情報処理リソースは目の前の少女の分析に奪われ、うるさいはずの蝉の声がシャットダウンされている。

 時間をかけてそこまで確認すると、オサムはドアをゆっくり閉めようとする。


「まあ待つんだオサムくん」


 突如襲いかかるゾンビのような勢いで、閉まるドアに手がかかる。それは当然、少女の白い手ではなくソンビの手でもなく、少女の同行者の細くて長い手。ひょこっと顔をだしたのは、

「静佳ねえ?」

「うむ。先月小説の完結祝いをするために、東京に来たとき以来だったかな」


 一時間前に『今日のお昼にオサムくんの家に行くのでよろしく』というシンプルなメールを送っていた本人が、金髪の女の子の隣りにいる。格好は仕事でよく見ていたパンツスタイルの紺のスーツだ。


「立ち話もあれだ、部屋にいれてくれ」

「あまり綺麗じゃないですよ」

「そんなことはないだろう? 私が来ると聞いて片付けをしたはずだ」


 静佳が目線をオサムの後ろにやる。そこにはペットボトルが大量に入ったゴミ袋。さっきまで部屋に散乱していた空のペットボトルを片付けていたのだ。


「……どうぞ」


 やっぱりこのひとには敵わないなとオサムは思った。見えないようにため息をついて、ふたりを中へ案内する。


「私が来なくなってからも変わってないね」


 クーラーの効いた部屋の中を見渡して、懐かしそうに微笑みながら静佳は言う。


 折りたたみができる簡易デスクにはノートパソコン、ダンベルや腹筋ローラー、折りたたみ可能なベッド、漫画、ライトノベルなどなど。男子大学生の部屋としてはごく当たり前と思われる一人暮らしの部屋。


 そんな中で物珍しいのは、キャラクターの絵が描かれたポスターだ。

 弱々しい印象を受ける少年が大きな剣を持ち、強い相手に立ち向かうようなポーズの絵が描かれていた。その上には、タイトル、キャッチコピーなどが大きく出ている。

 金髪の女の子はそれがとても気になったのか、部屋に入るなり吸い込まれているようにずっと見つめていた。


「そりゃそうです」


 オサムは静佳が呟いた感想にそっけない返事をして、来客用の座布団を小さなテーブルの前に丁寧に置く。


「で、その子は?」

「あー、ワタシ、ソーニャと言います。イゴヨロシク」


 ポスターから意識が戻ったソーニャと名乗った女の子は、

座布団に座って丁寧に礼をする。


「というわけだ」

 ソーニャに対し静佳は、自分の部屋のように遠慮無くあぐらをかいた。


「外国の子?」

「えっと半分だけ日本人です。もう半分はロシアです」

「にしては日本語が上手だね」

 オサムは素直に思った感想を口にした。テレビ番組とかを見ていると片言ながら頑張ってる外国人と比べると、日本に何年も住んでいると思えるほどスラスラと話している。


「スパシーバ! えっとアリガトウ! 母が日本人で、たくさん教えてくれた」

「なるほど」

「ソーニャは私の妹の子だ。ソーニャが日本に来たいと言っていたので、私がしばらく保護者役をすることになった」

 と静佳が小説の地の文のような口調で補足する。ということはソーニャという女の子は、静佳のいとこにあたる。


「彼はオサム。少し話したが私とは一緒に仕事をしたことがある仲だ。同い年だから仲良くしてやってくれ」


(年下だと思った……)


「シズカが一緒に仕事してたひと? 話してたロマニスト――小説家さん?」

「元ね」


 オサムは頭をさすりながら答える。厳密には小説家と呼んで良いものなのかも分からないと、オサムは自身のことを思っている。


「元? 今は違うの?」

「今は書いてない。暇な大学生をしている――」

「今、『暇』と言ったね」

「う、うん」


 オサムは首を引いた。この『暇』という言葉に、静佳が食い気味に反応したところで思い出した。まだ静佳がここに来た理由をオサムは聞いていない。


「なら、ソーニャの面倒を見て欲しいんだ」

「えっ? 具体的には?」

「ワタシ日本にサーフィンをしにきました。今からサーフィンしたい!」

「だが、私はこれから他の作家さんのところに、原稿の催促をしに行かないといけない。というわけで『暇』なオサムくんにはソーニャの付き添いをしてほしい」


 静佳の目的はこれだった。要はオサムにソーニャの面倒を押し付け、自分は仕事を進めたいのだ。だがオサムはなんだか違う目的があるのではないかと感じている。根拠はない。静佳と数年仕事をしてきた経験から来る勘が、オサムの顔をしかめる。


「俺、サーフィンできないんだけど」

「大丈夫! オサムはにサーフィンできる場所教えてほしい! サーフィンのルールやマナーはどこでもいっしょだから!」

「場所なんて――」

 分からないと思ったが、一箇所サーファーが少ないポイントが浮かんでしまい、顔が固まる。


「ランニングしているときに海を見てるオサムくんならわかると思ったさ」

 まるでオサムの考えていることを読み取っているように、静佳は笑みを浮かべながら言った。


「そんなのネットで調べれば――」

「ネットに載ってることは全てじゃないだろう? こういうのは現地のひとの話を聞くのが一番だと思っての頼みだ。ソーニャ、夕方くらいに車で迎えに行くから五時位に連絡してくれ」

「ダー!」

「ちょ……静佳ねぇ――!?」

 立ち上がって部屋を出ようとする静佳を止めるが、

「よし! じゃあオサムくん、ソーニャのことをよろしく頼むぞ」

「だから、誰もOKしてないだろ!」

 というオサムの叫びは、ドアが閉まる音にかき消された。


「よろしくね、オサム!」

 一緒にいるだけで日焼けしそうな笑顔で言うソーニャを見て、オサムはどうしていいか分からずとりあえず頭を抱えた。

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