その99 王宮に乗り込もう
さて。
とりあえず火竜フラムには筋を通した。
ちょっといろいろ聞きたいこともあるけど、先に火竜王たちの始末をつけとかなきゃいけない。
まだ火竜とお話ししたそうなリーリンちゃんには、ここで待っててもらうとして。
影の魔女シェリルに顔を向け、相談する。
「どうする? このまま火竜王のとこに突撃していい状況だと思うけど……シェリル。キミといっしょってのはマズイかな?」
シェリルちゃんが外患を引きこんだって誤解されかねない。
わざとらしくても、私が怒鳴りこむのと、シェリルちゃんの帰還が別件だって感じで芝居を打つのがよさそうに思うんだけど。
「いえ、ご心配なく。詐術を使って火竜王を玉座から蹴落とせば、わたしは罪を二重に重ねることになります。愚王といえどこれを除くために振るわれるべきは、陰謀の刃ではなく、道理の大鉈であるべきでしょう」
少女の瞳に迷いはない。
なら、こちらが気を使うのも無粋だろう。
「じゃあ、行こうか。国を立て直しに」
あえてそう言った。
黒髪の少女は、王宮の方角を見すえて、うなずく。
「ええ」
視線には、強い意志の光が宿っていた。
◆
王都フランデル。
技術立国たるローデシア王国の総本山たる工業都市らしく、城壁に囲まれた街の随所で煙が上がってる。
洗練された官僚機構を持つこの国の、中枢。
剣の宮殿の中庭に、私と影の魔女シェリルは降り立った。
日は、ちょうど中天に達してる。
中庭にはそれなりに人が居り、みな驚いた表情だ。
にこりと笑顔を返してると、異常を察したのか、野次馬とか警備の兵なんかがどんどん集まってくる。
ほとんどが、シェリルちゃんの顔は知ってるはず。
でも、その隣に立つ黄金色の輝く髪を持つ絶世の美少女――私の存在に不審を覚えてか、遠回しに囲むのみだ。
十分に人が集まったのを見計らって、影の魔女は口を開いた。
「みな、ひさしぶりね。すこし話を聞いて頂戴」
少女は語る。
王国の現在を。
「いま、我が国は大きな危機に瀕しています。反乱の牙を研ぐ南部諸侯は言うに及ばず、行政の乱れが魔獣被害の頻発、流通の停滞、犯罪の横行を呼び、国全体が、荒んだ空気を帯び始めている。それは、王都に住むあなたたちも、肌で感じているはず」
一息ついて、影の魔女はあたりを見回す。
大っぴらに反応を返しはしないけど、皆から理解と同意の色が見てとれる。
「知っての通り、わたしはすでに宰相を罷免された身。でも、王族の地位は有しています。姉たる槌の魔女リーリンを除き、その地位にある誰よりも長く生きた者として、国の乱れを、それを許した火竜王を放っておけません」
ざわめきが広がった。
反感はあっただろうが、正面から火竜王を咎める、と言われたら、そりゃみんな動揺するだろう。
あと、話が不穏になるにつれて、みんな私に不安そうな視線を向け始めた。まあ物騒な存在だろうとは思われてるよね。あからさまにヤバ気な外見だし。
「先日、わたしの元に、こちらのお方が訪ねて来られました」
と、私の話しになったか。
しゃきーん、と、静かなるファラオのポーズで威厳を出す。
「みなも聞き及んでいることでしょう。アトランティエ王国に新たな守護女神が起ったことを。神鮫アートマルグを討ち果たし、ユリシス王国をも保護した、黄金色の髪を持つ女神タツキ。わたしの隣に立つお方こそ、女神タツキ様ご本人です」
どよめきがひときわ大きくなった。
まあ他国の守護神獣と排斥された権力者が並び立ってる姿を見れば、あんまり縁起のいい未来を想像出来ないだろう。
「女神タツキだよ」
シェリルちゃんに促されたので、私はうなずいて前に出た。
打ち合わせしたわけじゃないけど、真っ正直に行くってことだし、私も事情を説明しよう。
「私は、アトランティエとユリシスの両王国を守護してるから、この国が乱れるのを好まない。だけど、いまの火竜王はあえて国を乱してるとしか思えない。あまつさえ、アトランティエやユリシスにまで、悪意を持って干渉してきた。とてもじゃないけど見過ごせないから、怒鳴りこみに来た……ああ、別に戦いに来たわけじゃないし、火竜フラムには先に話を通してるよ」
しーん。
と、びっくりするくらいの静寂が訪れた。
もっと驚くかと思ったけど、通り越しちゃったのか、みんな絶句してる。
「聞いての通りです。これ以上火竜王がその地位にある事は、ローデシアにとって害悪と判断いたします。神竜フラムの盟約の一族。その長老として、断固たる処置をとるつもりです」
ごくりと、みなが息を呑む。
その音が、聞こえてくる気がした。
「……そ、それは、我らが火竜王を弑し奉るということでしょうか?」
「廃します。その過程で、火竜王がどうしてもお譲りにならないというなら、あらゆる選択肢を排除しないつもりです」
問いかけてきた壮年の兵士に、黒髪の少女は言葉を返す。
なんというか、そこまで言わなくてもいい、というか、そこまで行っちゃうとみんなを精神的に追い詰めちゃう気もするけど、影の魔女シェリルは遠慮しない。
「付け加えるならば、宰相を罷免されたことで、わたしは魔力を大きく損ないました。せいぜい数十年。常人程度の寿命しか、わたしには残されていない。けれど、この国を立て直してみせる。そのために、わたしは今日、ここに来ました」
そこまで言っちゃうのか。
まだ数十年も寿命がある、といっても、ここにいるみんなが赤ちゃんのころから、彼女は宰相であり続けたんだ。
彼らにとって変わらず在り続けた彼女が死ぬ。容赦ない現実を突きつけられて、みんな真っ青な顔になってきてる。
「――選びなさい。火竜王か、わたしかを」
みなを、試すように。
影の魔女シェリルは、選択を突きつけた。
◆
結論から言うと、廷臣のほとんどはシェリルについた。
もともと官僚たちは、高級官僚から木っ端役人に至るまで、宰相を排し、命令系統をぐっちゃぐちゃにして政務を滞らせた火竜王にいい感情を持っていない。
大義名分を用意すると、彼らはむしろ積極的にシェリルを助ける姿勢を見せた。
反対に、消極的だったのは武官連中だ。
国政の混乱を理解してないわけじゃないけど、直接関わってないからか、実感が薄いみたい。
だから、あえて火竜王に楯突いてまで……という感じか。それでもほとんどが消極的ながらシェリルにつく意志を見せた。
本来だったら、あくまで王への忠誠を貫く人があってもいいはずだ。
でも、影の魔女シェリルは、宰相として歴代の王を補佐し続けた別格の王族だ。
しかも、建国当時から国を守り続けている守護神竜、火竜フラムに話をつけてもいる。
なにより。
駆けつけた火竜騎士団の長が、無条件でシェリルに従った。これが大きい。
「これは、代々の騎士団長に、極秘に伝えられたことですが……」
理由を問うシェリルに、少壮の騎士団長は答えた。
「火竜騎士団を創設した英雄、六世火竜王より、代々の騎士団長に伝えられた遺命がございます」
「兄君が?」
「はい。我が妹、宰相シェリルが火竜王と敵対することがあれば、一度目は経緯を問わず彼女に従え、と。まさかそれを実行することになるとは思いませんでしたが」
「そうですか、兄君が……」
騎士団長の言葉を聞いて、黒髪の少女はどこか懐かしげにつぶやいた。
「一度目ってことは、二度目、三度目はどうする、みたいな遺言もあるの?」
「想像はつきます。まさか兄君も、これほど後のことを想定されたわけではないでしょうが」
私が尋ねると、シェリルは苦笑交じりに言った。
「二度目は放っておけ。そのような政治的失敗を繰り返すようならば、妹もそれまでだ。早晩自滅するだろう……間違っていますか?」
騎士団長は苦笑とともに、肯定を態度で示した。




