その98 火竜神殿のおじいちゃん
今回、同行したのは3人。
アルミラと、槌の魔女リーリン、影の魔女シェリルだ。
全員携帯ハウスに突っ込んで、目的地までジェット飛行で行った。
携帯ハウスは、赤髪幼女リーリンちゃんの昔の作品だ。
同系列の携帯工房と違って中は快適だし、ベッドとか食糧、水の備蓄も完璧。画像越しに外の様子も見れるという便利グッズだ。
シェリルちゃんが昔、リーリンちゃんに作ってもらった家宝らしく、私が全員工房に突っ込んで飛んでくことを提案したら、彼女が提供してくれた。家宝なのは、貴重だからって以上にねーねーが自分のために作ってくれたものだからだと思います。
というのはさておき、中のシェリルちゃんに案内してもらって、私たちはあっというまに火竜神殿にたどり着いた。
火竜神殿。
火竜フラムが祀られている巨大な神殿は、そう呼ばれているらしい。
開放的な私の神殿や、ほぼ平地な神鮫アートマルグの神殿とちがい、外から中の様子は見えない。
イメージとしては、洞窟。
ただし、壁面には技術立国、ローデシアらしい、というか、やり過ぎなくらい精密な彫刻が施されている。
薄暗い神殿は魔法の灯明によって照らされ、歩くのに不自由はない。
たとえ真っ暗だったとしても、私自身が明かりみたいなものだから、どの道不自由はしないんだけど。
奥行きは、異常なまでに深い。
外観より明らかに奥行きがあるから、たぶん山を削ってるんだろう。
その最果て。おそらく火竜フラムが居るであろう空間に、魔法の光とはまた違った、朱を帯びた光が見える。
「たのもー!」
と、声をかけて、開けた空間に歩を進める。
広間、と言うには広く、粗すぎる。
とてつもなく深い洞窟。その最奥に、人ならざる何者かによって建てられた、巨大壮麗な祭壇。そんなものをイメージすれば、実情に近いだろうか。
祭壇の上に、伏して眠るは赤い巨竜。
全長は、20メートルほどか。神鮫アートマルグや赤の神牛ガーランよりは小さいが、他のドラゴンと比べればでかい。
鱗は炎を思わせる赤。
角や爪は鋭く攻撃的で、四肢や翼は、風竜に比べてはるかに量感がある。
全身を覆う鈍い朱の光は、火竜の体に、繭のようにまとわりついていた。
「火竜フラム様です」
味見の誘惑と格闘してると、携帯ハウスからシェリルちゃんの声。
同時に、巨竜のまぶたが、ゆっくりと持ちあがった。
寝てるから、目の高さはほぼ同じ。
だけど何十倍も巨大な目に、間近で見られるって、やっぱり怖い。
「……はて……この光は、マニエスかと思うたが、違ったかのう?」
おじーちゃーんっ!?
◆
いや、火竜フラムの勘違いは、理解できなくもない。
私は大山脈に住まう伝説の幻獣王、黄金竜マニエスの娘……というふうに信仰されてる。
それがきっかけになって黄金の髪が輝きだしたんだから、火竜フラムがこれをマニエスの光だと勘違いしたのも分からなくもない。というか実在したのか黄金竜マニエス。
「えーと、はじめまして、ローデシア王国の守護神竜フラム。私はアトランティエ王国とユリシス王国の守護女神、タツキって言います」
私が自己紹介すると、フラムはまぶたをゆっくりと閉じたり開いたりした。
「はて……わしの思い違いでなければ、両国の守護神獣は別の者であったように思うんじゃがのう……?」
「えーと、数ヶ月前に変わったんですよ」
「ほうほう……わしも、これで長生きしとるが、そんなこともあるんじゃのう……」
「王様とかから聞いてないんですか?」
「この年になると、なにをするのも億劫になってのう……そういえば、フリードの一番下の娘がそんなことを言っておったかのう?」
えーと。
フリードって誰?
というか、話が始まる気がしないんだけど。
困ってると、通信羽根からシェリルちゃんの声が聞こえてくる。
「女神様、神竜フラム様のお話につき合っていては、キリがありませんよ」
「だったら手伝って欲しいんだけど……」
黒髪少女に救援を求めてると、火竜フラムがゆっくりと目を瞬かせる。
「ふむ? その声は、フリードの娘ではないかのう?」
「その通りです、神竜様。五世火竜王――フリード開明王の六女、シェリルでございます」
フリードの娘ってあんただったのか。
と、心の中で突っ込んでると、当人が携帯ハウスから姿を現した。
「リーリンも火竜様に会うのだー!」
「あとで! あとでお話が済んでからですわリーリン様!」
通信羽根からそんな声が聞こえてくる。アルミラさんナイスセーブ。
「おひさしぶりです、神竜フラム様。シェリルでございます」
私から一歩退って、黒のドレスを纏った少女は静かに一礼した。
「おお、ひさしぶりだのう……二十年ぶりくらいかのう?」
「せいぜい数ヵ月ぶりですわ、神竜様。本日参りましたのは、王国にとって、非常に重要な問題が生じた件、ご報告と、お願いにあがりました」
「ふむ……お願い? なんじゃろうかのう?」
「当代火竜王。そして王妃オニキスの両陛下、国内の統制を欠き、また他国に対して著しく不都合な行いこれあり。このシェリル、盟約の一族の長老としてこれを看過しえず、我が国を守るために思い切った手段に出ようと思っています」
「……ふむ」
えーと、これ聞いてるの?
目が、シェリルちゃんの声と関係なくうろうろ動いてて、全然手ごたえがないんだけど。
「人の争いに、あえて口を出そうとは思わぬが……オニキスとは、あの黒い娘じゃろう? あれは……古い友人からの預かりものでのう。なんとかできんもんかのう?」
「神竜フラム。古い友人って、風竜のこと?」
気になる言葉が出てきたので、口を挟む。
「うん? 友人の話かのう? ああ、そうじゃよ。マニエスのとこの若い風竜でなあ。しばらく預かっていて欲しいと頼まれたのじゃ」
「お言葉ですが、神竜様。オニキスを守っていては、我が国は滅びてしまいます」
影の魔女が、火竜フラムの瞳を見すえて言う。
「……滅ぶ、かい?」
「アトランティエ王国とユリシス王国、そして女神タツキ様を敵に回せば、神竜様以外、誰も生きては居られないでしょう」
冷然と、影の魔女は残酷な予測を告げる。
「両国が、我が国を侵略する意図から攻めてくるならば、我らローデシア王族、火竜騎士団、将兵一兵残らず滅するまで、戦うことを止めないでしょう。ですが、現在ローデシアの民の怒りは、むしろ火竜王と王妃オニキスの両名に向かっております。ローデシアは内から滅びる。そうさせないために、私は――」
切々と語るシェリルの言葉をさえぎって、火竜フラムは深いため息をついた。
「そうまで言うなら、娘のことはあきらめねばならぬのう……やれやれ、この歳になって若い者に頭を下げるのはつらいのう」
「ごめんね。私のせいにしていいから」
「若いどころか赤子同然の者に庇われるのは、もっと情けないわ……が、風竜エルクにまみえることがあれば、よろしく言っておいてほしい――この先、生きて会えるとも限らんしのう……」
おじいちゃん、聞いてて気が滅入ってくる話はやめてください。
「約束した。すこし都をうろうろするかもしれないけど、キミと王都に危害は加えないことを約束するから」
「ああ……わかったよ」
ふう、と、息を吐く。
ぼう、と、光の繭が明滅した。
話が済んだ、その時。
「フラム様なのだーっ!」
と、赤毛の幼女が携帯ハウスから飛び出してきた。
「……おお、フリードの……上の娘だったかのう?」
「そうなのだ! わーい!」
がばっと火竜に抱きつく赤髪幼女。
光の繭に入っちゃってるけど大丈夫なんだろうか?
それはそれとして、完全におじいちゃんと孫なんですけど、それでいいのか神竜様。
しばらく更新が不定期になります。ご承知おきください。




