その96 魔女とお酒を飲んでみよう
病み上がりの彼女にとって、長時間の会談は負担なのだろう。
家宰サムズさんが現状の補足説明をしてると、影の魔女さんの顔色が青くなってきたので、夕食を兼ねた休憩を挟んで、ニワトリさんの羽根通信を使って、首脳陣を交えた会談をすることにした。
料理は、全体的に濃い目の味付けので、かなり好み。
アルミラは、その濃さが微妙に舌に合ってない感じだったけど、しっかり完食しました。
その栄養がどんどん胸に送られて行くんだなあ、と、温かい視線を送る。すばらしくたゆんです。
「と、そういえば、アルミラさん。さっきの話聞いて、当事者としてどう思う?」
「どう思う、と言われましても……正直実感がないんですわよね。あの女が実は生きてた、などと言われても」
アルミラさんは、わりとどうでもよさげな様子だ。
まあ、なんとなくだけど、アルミラならそう言う気がしてた。
「実際、面と向き合えばなにか感情が湧くんでしょうけれど……彼女はすでに、わたくしにとって敵などではなく、どうでもいい人間ですし――あ、ローデシアに干渉する大義名分になるんですから、ちゃんとしかるべき場所では怒りを訴えますわよ!?」
自分の言動が私の意図に背いてるんじゃないかと心配したんだろう。アルミラはあわてて言葉を加える。
アルミラは、自分の過去を捨てた。
清算せずに、捨てたんだ。王太子が、オニキスが死んだことで帳尻が合ってたんじゃない。存在丸ごと、自分と関係ないものにしてしまってるんだ。
だから怒らない。
あんな目にあっても。
「実を言うと、もう少し怒りや憎悪が湧いて来ると思って身構えていたのですけれどね」
アルミラは苦笑を浮かべた。
私も頭かきながら、息をつく。
「私としては、どうかわたくしの仇を討ってくださいまし、とか言われると、やりがいがあったんだけどな」
「この件に関しては、自業自得でもありますしね……ですから、タツキさん。お願いいたします」
アルミラは、居ずまいを正して、頭を下げる。
「わたくしを救い、アトランティエを救ったように、どうか、ローデシアをお救いください。わたくしたちのアトランティエのためにも。その姿を、おそばで見届けさせていただきますわ」
「うん」
と、私は笑顔でうなずいた。
考えてみれば、憎しみに囚われてるよりも、凛々しい眼差しを向けてくるこの姿のほうが、ずっとアルミラに相応しい。
「――任せておいて、アルミラ。キミが見ていてくれると、私も頼もしいよ」
◆
休憩を挟んで部屋に戻ると、影の魔女はまだ調子が悪いのか、青い顔で出迎えた。
本来彼女が休んでいるべきベッドの上では、彼女の姉、赤髪幼女のリーリンちゃんが、気持ちよさげに寝息を立てている。
「大丈夫です」
まだなにも言ってないのに、黒髪少女は力強く言う。
「今わたしに必要なのは、体を休めることではなく、心を休めることなのです。なので、姉様にベッドから蹴り出されても平気です」
「体も休めたほうがよさそうに見えるけど……」
「ご安心を。姉様の寝姿を見ていれば、元気になります」
それはそれでどうなんだ、と思ったけど、あえて突っ込むまい。
ほどなくして、通信羽根による会談がはじまった。
エレインくんとかインチキおじさんはけっこう警戒してたけど、話は驚くほどすんなり進んだ。
静謐を望むファラオのポーズで聞いてた感じ、いろいろ利害がかみ合った結果みたい。
まず、アトランティエは、首都崩壊、首脳陣壊滅からの、急激な勢力伸長で、正直なにかくれると言っても、もてあますってのが実情だ。
ユリシス王国は、後々のことを考えると、配下の武将たちの武断、伸長志向を抑えたいところで、あんまりホイホイ土地や利権を貰っても困るらしい。
結局、実際に動くのが私ひとりなんだし、火竜王と王妃オニキスに責任を取らせて、影の魔女が責任持って国内を治めるんなら、私を差し置いてなにか要求することはない、という話だ。
まあ、実際的な話は、シェリルちゃんが宰相に復位してから、ということで、話は済んだ。
「女神様、申し訳ありませんが、この体調です。お先に休ませていただいてよろしいでしょうか?」
うなずくと、黒髪の少女は、赤髪幼女が眠るベッドにふらふらと向かう。
「また蹴り出されるんじゃないの?」
「大丈夫です。お気になさらず」
まあ、言っても聞きそうにないので、家宰さんに彼女のことをお願いして、私たちも休ませてもらうことにした。
◆
そして深夜。
眠れなくて、私はこっそり客室を出た。
なんというか、シスコン少女の生命が心配で、気になって眠れない。
薄暗い廊下を、発光する髪で照らしながら、影の魔女さんの部屋に向かう。
この状態だ。たぶん家の人間には捕捉されてるし、強いて声をかけなくてもいいだろう。
――無事ならいいんだけど。
心配しながら、扉を叩く。
「――女神様ですね? どうぞ」
中から少女の声が返ってきた。
というか、起きてたのか。大丈夫なんだろうか。
「入るよ」
と、声をかけて、部屋に入る。
中は、薄暗い。テーブルの上の燭台が、部屋を鈍く照らしている。
燭台の間近、大きな椅子に目深に座って、影の魔女シェリルは居た。
「起きてたの? 大丈夫?」
ベッドは相変わらず赤髪幼女に占領されてる。
と思ったら、その横に小さなベッドが置かれてる。
そこで寝たんだろうけど、そこまでするならリーリンちゃんをどかせばいいのに。
「ええ。すこしは休めましたし……サムズがこれを用意してくれましたので」
シェリルが、手に持つグラスを差し示す。
中に入っているのは、琥珀色の液体。
ふわりと、酒精の香りが鼻をくすぐった。
「……お酒?」
「火炎樹の実を浸けこんだ酒です。いまのわたしには、魔力が足りておりませんので」
「火炎樹!」
なんか気になってたやつだ!
違う。今はそこじゃない。もっとじゅうようなこといってた。
「――じゃない。魔力が足りてないの?」
「ええ。ご存じのように、魔女の命を繋ぎとめているのは、己の意志です。その意志の、支えを失ったのは、たとえるなら袋が破れたも同然。中身である魔力は漏れていき、ついには死を迎えます」
なるほど。
命を取り留めたとはいえ、いまのシェリルはガス欠状態なのだ。
だから、手っ取り早く魔力を補充する必要がある、というわけだ。
「私、水竜の甘露持ってるけど、飲む?」
尋ねると、黒髪の少女は苦笑を浮かべた。
「ありがたいですけれど、火の性を持つ――ましてや衰弱している今のわたしには、水竜の水気は強すぎます」
「じゃあ、赤の神牛ガーランの血なんかもあるけど」
「それも、魔力が強すぎて、いまのわたしには耐えられないでしょう」
シェリルは、ふたたび首を横に振った。
……ふむ。
「破れた袋を繕ったとしても、それは以前と同じ強度を保ちえません。魔女も同じです。いまの私は……そうですね、全快しても以前の三割程度といったところでしょうか」
「それは……」
「いいのです」
いたわりの言葉を口にする前に、シェリルは首を横に振った。
「人より長く生きるだけで、わたしは無限の寿命を持っているわけではありません。数多の人を見送る中で、わたしはそれを忘れかけていた。己の不滅を信じ、ゆえに己の編み上げた組織を不滅と信じていた……だけど、違いました」
私はうなずいた。
シェリルが失脚した。ただそれだけで組織は機能不全に陥った。
彼女が死ねば、組織もまた死ぬことを、彼女は嫌というほど痛感したんだろう。
「20年か、30年か。おそらく、わたしに残された時間はそれだけでしょう。たったそれだけで、わたしも、わたしの生きた痕跡も消滅してしまう。そんなことは……耐えられない」
だから、と、黒髪の少女は言う。
「次の代へ、次の次の代へ、引き継いでいける。許されるなら、そんな組織を作ってから、死にたいと……そう、願います……」
「いいんじゃないかな?」
私は笑って言う。
ローデシアの官僚組織。諜報組織、蜘蛛の巣。
そんな破格な組織を作った彼女が、定命の者によって受け継がれていく組織を作る。
これは、アトランティエ王国やユリシス王国にとっても、大いに参考になることだろう。
「私はこの西部諸邦全体が平穏であればいいと思ってる。キミのやろうとしてることは、きっとその助けになるよ」
「女神様、ありがとうございます」
影の魔女シェリルは、静かに笑い。
それから、言葉を続ける。
「あの……よろしかったら、ひと口いかがでしょうか?」
ちらちら見てたのバレてた!
次回更新24日22:00予定です。




