その95 はじまりの話をしよう
とりあえず、部屋を借りて着替えの時間を貰うことにする。
かなりあわてて着替えたんだろう。ほとんど待つことなく、アルミラさんはふたたび登場した。
「お待たせいたしましたわ! あらためて名乗らせていただきます! わたくしが女神タツキの巫女、アルミラですわ!」
なんというか、戦闘態勢万全、って感じの気負いっぷりだ。
「よろしくお願いします、巫女アルミラ。どうぞ掛けてください」
アルミラが席につくのを待って、影の魔女シェリルは口を開く。
「では、お話しましょう。あの娘……オニキスのことを」
赤髪幼女はすっかり寝ちゃってるけど、まあ寝かしておこう。
◆
「あの女がこの国に現れたのは、一年とすこし前になります」
「一年前?」
シェリルの言葉に、問い返す。
たしか町娘――オニキスがローデシアに現れたのは、2、3か月前のはずだ。
「不審にお思いでしょうが、順を追って説明します……わたしが始めてオニキスを見た時、彼女は守護神竜フラム様に伴われておりました」
「火竜フラムに?」
「はい。曰く、旧知の友よりの紹介で引き取ることになった、と……その出来事の少し前に、領内に風竜が飛来しましたので、旧知の友とはその方かと」
「風竜!?」
がたっと席を立つ。
「タツキさん、いまは大事なお話ですので……」
「すみません。お話を続けさせていただいてよろしいですか?」
アルミラと影の魔女にたしなめられる。
いや、私が食べた風竜と関係あるのかもって思っただけで、食欲に直結させたわけじゃないんだけど……どう考えても私の素行が原因ですね。
まあ、脱線ばかりじゃ話も終わらないし、オニキスの話が先か。
私がうなずくと、シェリルちゃんも、こくりと小さくうなずき、話を続けた。
「神竜フラムより、彼女に不自由させぬよう頼まれ、ひとまず預かることになりました。しかし、オニキスは、その旧知の友――おそらくは風竜を疎ましく思っていたようでした」
「疎ましく?」
「はい。彼女は風竜に居場所を知られているのが嫌なのか、常々どこか別の場所に行きたい、と申しておりました。私の手元にあることすら不安だったのか、遠い他国がいいと……神竜フラム様より不自由させるなとは言われておりましたが、さすがに手元から離すのはどうかと思い、確認したところ、フラム様は大山脈に向かわなければそれでよい、と。奇しくもそれは彼女の望みでもありました」
「なるほど……それで、アトランティエに?」
「はい。水の都アトランティエは、西部諸邦一の大都市です。幻獣から身を隠すにはちょうどいい。蜘蛛の巣を介して目立たぬよう、城内にさりげなく潜りこませました」
なるほど。
それで、なんの変哲もない町娘に扮した、と。
「……なんてことを」
「一言、言い訳をさせていただくなら、彼女がアトランティエの王太子に見出されるまでの過程に、なんら作為はありません。彼女自身、目立つような事は望んでおりませんでした」
黒髪の魔女の説明に、アルミラさんがすっごく微妙な顔になる。
そうだね。王太子さんは言いわけしようがないくらいアレだよね。
「――しかし、いざ関係を結んでからの彼女は、すさまじいの一言です。まず、監視に置いていた私の手が、絡め取られました」
「絡め取られた?」
「はい……軽く言いましたが、信頼の置ける者です。他ならぬ影の魔女がそんな言葉を使う。そのような人間が、いつの間にか彼女の手足となっていた。そして彼女は“蜘蛛の巣”からの情報を活用しながら、なお異常とも言える巧妙さで立ち回り、王太子の婚約者――巫女アルミラすら排除して、その後釜に座りました」
「……はい」
アルミラが、苦いものを噛むような表情でうなずいた。
「ですが、彼女は破滅しましたわ。純潔でないことを神竜アトランティエに見破られ、その逆鱗に触れて、水の都アトランティエ――その神殿と王城は崩壊しました。都も半壊の惨状のなかで、それでも彼女は生き残りました。なぜですの?」
「……わかりません。神竜の怒りに間近で触れては、このわたしですら、死は免れないでしょう。ましてや彼女は脆弱といっていい存在です。奇跡が起きたとしか思えません……そして、その奇跡が、火竜王の興味を引いてしまいました」
黒髪の魔女は、苦しいものを吐きだすように言った。
なんかもう、嫌な予感しかしない。
「会ってみたい、と、火竜王は望まれました。そしてほどなくして、我が妾にする、と」
おう、なんて神速。
そういえば、火竜王は壮年? 少壮? とにかく三十代くらいだったか。それしか知らない。
「火竜王ってどんな人?」
「わたしがお仕えしてきた王の中では、凡庸な、そして覇気のない方でした。何事もほどほどで済ませるような……しかし、この件に関しては、まるで別人のようでした。彼女――オニキスに耽溺すること一方ならず、あらゆる政務をなげうって私室に篭もり続けました」
なんというか、部屋中が微妙な空気になる。
唯一の男性であるサムズさんがすっごい居心地悪そうだ。
まあ、私室に篭もり続けてなにをやってたかっていうと、えっちなことなんだろう。
「王がひとりの男であることを否定するつもりはありませんが、政務に影響が出るとなると見過ごせません。わたしは何度も諌言を呈したのですが、聞き入れられず、ついには宰相の職を解かれ、所領での蟄居を命じられました。驚きました。そこまでの暴挙に出る方ではなかったので、よけいにです」
まあ、影の魔女一人で回してた行政府から、なんの下準備もせずに彼女を排斥するとか、暴挙以前の問題だろう。
火竜王も、おそらくそれは理解していた。
でも、やった。やってしまった。そうさせたのは、王妃オニキスなんだろうか。
「当初わたしは、すぐに呼び戻されるだろうと思っておりました。ローデシアの官僚機構は、わたしが中心に居ることを前提で整えております。行政の滞りは、即座に目に見えるものだったはずです……しかし、火竜王は行政府に手を加え、歪ながらも新たな政を始められました。わたしなど不要だと言わんばかりに」
「それは……」
むごい。と思う。
影の魔女自身にも、たしかに問題はある。
自分が宰相でいる前提の官僚機構なんてのが最たるもの。
こんなの国政を人質に取ってるようなものだ。たとえ彼女が誤ったとしても、誰が文句を言えるのか。
でも、おそらく彼女が長い期間心血を注いできたであろう統治機構。
それを無残に破壊し、あげくに国まで滅ぼそうとしてる火竜王の行為は、とてもじゃないけど肯定できない。
「絶望の中で、王妃の死を知りました。誰よりも、火竜王のことを思ってらっしゃる方でした。彼女の死は、それによって起こるであろう南部諸侯の反乱にもまして、国家の痛恨事です」
「王妃様の処刑は、火竜王の意志で? それとも、オニキスの望みで?」
「それすら、もはや分かりません。正常であったころの火竜王なら、オニキスが唆したと断言できるのですが……」
火竜王は狂っているのか。
それともオニキスに操られているだけなのか。
もうストレートに彼女が諸悪の根源とか言われた方がすっきりするんだけど……まあ、問題の解決には関係ない。
私の望みはローデシアの安定で、そのために火竜王と王妃オニキスが邪魔ってとこだけ理解してれば十分だ。
「了解、わかった。彼女――オニキスがアニスだってのなら、こっちからも手の出しようがある」
「ですね。いらない感傷を挟んでしまいました」
私の言葉に、シェリルが力のない苦笑を浮かべた。
「アルミラ、ごめん。キミの名前を、勝手に借りることになるけど」
「かまいませんわ。タツキさんのお力になれるなら、どんなことでも」
さらっと重いことを言われた気がするけど、ありがたい。
ややこしそうな部分は、あとでエレインくんやインチキおじさんも交えて相談するとして、私がやるべきことはひとつ。
「――私の巫女アルミラの名誉を傷つけ、水の都アトランティエを崩壊に導いた犯人アニス――王妃オニキスを匿ったばかりか、王妃に立てた件について、火竜王に詰問しに行く」
「それから、ユリシス王都カイザリアに魔獣を送った疑惑についても、ですね」
私の宣言に、影の魔女シェリルはにこりと笑って言い添えた。
やっぱこの娘怖いね!
次回更新22日20:00予定です。




