その92 聞き耳をたててみよう
「影の魔女様が、お亡くなりになる……? どういうことですの?」
「そーなのだ! どういうことか教えるのだ!」
アルミラに続いて、リーリンちゃんが尋ねる声。
「猫――いえ、失礼いたしました。時間が惜しいので、城に向かいながらでもよろしいでしょうか?」
いきなり声を出したアルミラ(猫)に驚いたんだろうけど、さすがと言うべきか。家宰サムズは即座に平静を取りつくろい、そんな提案をしてきた。
「わかったのだ! 行くから教えるのだ!」
よいしょ、よいしょ、という声。
たぶんリーリンちゃんが馬によじ登ったんだろう。
しばらくして、馬が走りだす音。
それから、至近で家宰の声が聞こえてくる。
「この地を訪ねてくださった、ということは、リーリン様は、シェリル様が置かれている状況をご存じ、ということでよろしいでしょうか?」
「なのだ!」
「ならば、経緯は省かせていただきます。宰相を罷免され、ラピュロスにお篭もりになられたシェリル様は、心の活力を失われ、日に日に衰弱しておられます。我々も手を尽くしたのですが、その甲斐もなく……」
「なるほど、なのだ!」
リーリンちゃんが力強く返事する。
「それで、リーリンはどうすればいいのだ? シェリルを看取ればいいのか?」
この幼女めっちゃドライです。
家宰さんも面喰らったのか、返事がない。
「……とにかく、我が主とお会いくださいませ。姉君であらせられるリーリン様なら、我が主に生きる気力を取り戻させてくれるかもしれません」
気を取り直したんだろう。
しばらくしてから家宰さんはあらためてリーリンちゃんにお願いする。
なんというか、藁にもすがるって感じだ。
でも、どういうことだろう。幼女と家宰の間にある共通認識が説明されてないせいか、会話の意味がいまいちわからない。
「魔女の死。貴方の主が直面している問題は、それですのね」
と、アルミラさんが、私のためにだろう。注釈を加えてくれた。
「失礼ですが、貴女様は……」
「不躾で申し訳ありません。わたくし、リーリン様をこの地に送った方の使いですわ」
「ふむ……なるほど、ローデシアの者としては複雑な心境ですが、この際ありがたい」
この言い方。アルミラさんが他国からの使いだって理解したっぽい。
理解が早すぎて私がついていけないので、もう少しペースを落としてくれたらありがたいです。
「魔力を操る人間には、大別して二種類あります。すなわち、幻獣の血肉を己が身に取りこんだ者――勇者と、その血を継ぐもの――魔法使いや魔女と呼ばれる存在ですわね。前者と後者には、大きな違いがありますわ。すなわち……」
アルミラは、私に向けた説明を続ける。
「――生まれつき魔力を操れるか、後天的にそうなったか」
このあたりは、銀髪幼女オールオールちゃんの講義でも聞いた気がする。
「なかでも、リーリン様やシェリル様のような、勇者に近しい、あるいはこれを上回るほどに隔絶した魔力を有する魔女は、存在として、もはや幻獣に近しい……つまり、その死もまた、幻獣に近しいものになるのですわね?」
「ご慧眼です」
アルミラの説明に、家宰が賞賛を送る。
その声には、彼女の博識に対する敬意が込められてるっぽい。
「力強き魔女は、幻獣同様、意志がある限り存在し続けることが出来ます。しかし、人間が強い意志を持ち続けることは難しい。長く生きる魔女は、それだけ強い意志を、あるいは心の支えとなる強烈な欲求を有しております。察するに、影の魔女シェリル様も、その支えを失って……」
「おそらくは」
家宰サムズが、沈痛な声で応じた。
なるほど、理解した。
陋巷の魔女オールオールは金銭欲……いや、所有欲かな?
牙の魔女トゥーシアなら、たぶんユリシス王国への強烈な忠誠心。
槌の魔女リーリンなら、鍛冶を極めたいという欲求とか探究心を支えとして、長い時を生きてきた。
そして、影の魔女シェリルを支えてきたのは、おそらく権力欲。
ゆえに、宰相の座を奪われた影の魔女は、現在生きる気力を失い、消滅しかけてる――と、いうことだろう。
そういうことなら、いろいろ説明がつく。
家宰がユリシスと連絡を取っていたのは、たぶん影の魔女を復権させて、生きる気力を取り戻してもらうためだ。
ローデシア王国が急速に乱れ始めたのも、彼女の不在以上に、政治に対する関心を失ったがゆえの、官僚機構や諜報組織への不干渉が原因じゃないだろうか。
だとしたら、ローデシアの混乱を回復させるためには、やっぱり影の魔女は不可欠だ。
なんというか、全部知ってて手ぐすね引いて待ってる印象しかなかったから、戸惑いがあるけど。
「そういうことなら、こっちも協力できるかも」
私は通信羽根を通して、小声で家宰に語りかける。
「――何者ですかな?」
声が低くなった。
むっちゃ警戒してる。当たり前か。
「神様。リーリンちゃんの携帯工房に入ってる」
誤解されないよう、簡潔に説明する。
非常時とはいえ、こっちを信用して影の魔女さんのところへ連れて行ってくれるのだ
私のことを説明しておかないのはフェアじゃないし、なにより相手にとって不快だろう。
「離れに一室用意いたします。そこでお姿を見せていただいて、よろしいでしょうか」
さすが一国の宰相の内を取り仕切る家宰と言うべきか。
彼は素早く察して、そう提案した。
◆
「と、いうわけで、私がアトランティエ王国とユリシス王国の守護女神、タツキです。たぶんこの容姿がなによりの証明になると思うけど」
用意された部屋の中、荒ぶる勝利の女神のポーズで登場した私を見て、家宰はぽかんと口を開けたままになった。
家宰サムズの外見は、四十半ば、といったとこか。
白髪混じりの髪を後ろに撫でつけた、ザ・執事って感じの人だ。几帳面に整えられたお髭がダンディ。
「お、黄金に輝く髪……稀なる美貌……それに……間違いなく女神タツキ様……」
おいいまなんで胸を見た。
ジト目を向けると、家宰はあわてて頭を下げる。
「はじめてお目にかかります。影の魔女様の家中を取り仕切っております、サムズと申します。御自らが、穏便な方法にて訪ねて下さったからには、我が主に価値を見いだしていただいたがゆえと拝察いたします。女神タツキ様、リーリン様とともに、どうか我が主をお助け下さい」
うむ、任されました。
できるかどうかわからないけど、とりあえずお話ししてみましょうか。
次回更新15日20:00予定です。




