その91 影の魔女に会いに行こう
「今回は、わたくしもついて行かせていただきますわ!」
ぎゅっと拳を握って、アルミラさんは宣言した。
「いいの? タツキさんフィギュアの件もあるけど」
私の言葉に反応して、部屋の隅に居たタツキさんフィギュアが荒ぶる勝利の女神のポーズを取った。
うむ、美しい。
「その件は、万事解決ですわ!」
アルミラはそう言って説明を始める。
もともと、私の代理としてタツキさんフィギュアが必要だったのは、地方の諸侯やらなにやらが都に詰めてたからだ。
エレインくん即位後の都での駆け引きも落ち着いて、またローデシア王国の内乱に備える必要もあって、すでに多くの諸侯が自領に戻った今、分身体の必要性は大きく下がっている。
「それに、タツキさんフィギュア様も、もう自衛出来るようになりましたし」
「自衛……」
ってことはやっぱりあれか、破廉恥ガード機能を搭載させちゃったのか。触ろうとしたらパンチやキックが飛んでくるのか。
ちらりとタツキさんフィギュアに視線を送る。
にこりと笑顔を返された。やばい、天使だ。
「そういうわけで……わたくしも、ぜひごいっしょさせてくださいまし」
◆
と、いうわけで。
いろいろと準備してから、私とアルミラ、リーリンちゃんの三人は、ローデシアへ向けて出発した。
ユリシス-ローデシア国境近くまでロケット飛行で飛んで行って、あとは赤髪幼女の工房に篭もって、影の魔女さんのとこまで連れて行ってもらう、予定だったんだけど。
「ふぎゃー!? リーリン様、お願いですから寄り道は止めてくださいまし! というか魔獣のうわさを聞いたとたんに進行方向逆走し出すのはどうなんですの!?」
「ちょっとだけ! ほんのちょっとだけなのだ! 火鼠の毛皮はちょっと珍しくて貴重なのだ!」
「いま大事な御用の最中ですのよ!?」
「いたた、アルミラやめるのだ! 爪が刺さって痛いのだ!」
「なら、いますぐ回れ右してさきに進んでくださいまし!」
アルミラさんが居て本当によかった!
私は工房に篭もりっぱなしだから、明後日の方向に行かれてもわかんなかったし、猫形態のおかげで隠密能力も高い。
アルミラが居なかったら、目的地にたどり着くために、すくなくとも数日はロスしてたとこだ。
音は、通信羽根を使ってアルミラに中継してもらってる。
通信羽根はまだ二個しかないけど、材料の羽根はニワトリさんから多めに毟ってたので、オールオールちゃんに渡して、出来上がり次第エレインくんに渡してもらうよう、段取りした。
「そういえば、そろそろ影の魔女さんの領域かなあ――あふっ」
ネックレスから神牛の肉を取り出してひと削り。
パンにはさんで食べて、思わず吐息を洩らす。
ユリシス王国とローデシア王国の大陸領は、地竜の顎と呼ばれる、内陸から海まで続く巨大な峡谷によって隔てられてる。
その沿岸部、ローデシア西部の中核となっている都市こそが、影の魔女シェリルが領する風の都市ラピュロス……らしい。
なんというか、影の魔女の語感で風の都市とか言われてもアレな感じだけど、まあユリシス王国にも近い重要都市だから、戦略上宰相である彼女が便宜的に抑えてるとかそんな感じなんだろう。
外の景色も見てみたいんだけど、影の魔女の居城は丘の上の砦みたいなとこらしいので、あんまり見られないかも。残念。
「槌の魔女リーリンちゃんの妹でもあるローデシア宰相、影の魔女シェリルは、風の都市に居る。だけど、本人が表に出ることはなく、ユリシスとの連絡も家宰に任せてる――って話だったっけ」
インチキおじさんがそんなこと言ってた気がする。
歴史なんかを振り返ってみれば、こういう有力者の家中を裁量する人が権力を握って、みたいなことはよく聞く。
でも、影の魔女自体が怪物というかなんというか、とてもじゃないけど傀儡に甘んじそうにない人だから、それは無いって気がするんだけど。
まあ、そうするとやっぱり、家宰名義で連絡してきたってのが気になる。
「……あれは」
と、通信羽根からアルミラの声。
ちょっと緊張した声だ。あわてて羽根から聞こえてくる音に集中する。
「お馬さんなのだ!」
「それはわかっておりますわ。数は十に満たず……軽装ですわね。風の都市も近いことですし、まさか火竜騎士団ということはないでしょうけれど……」
うー、見たいけど、いま目立つわけにはいかないし……
「アルミラ、危険そうなら言ってね? 私が何とかするから」
「はい。頼りにしておりますわ」
アルミラさんが優しい声で言う。
わりと自信ありそう。
よく考えればアルミラも、そこらのゴロツキならダース単位で蹴散らせる程度には強いんだから、当然か。
それに槌の魔女リーリンも居る。性格はアレだけど、彼女だってほかの魔女に劣らないくらいは強い。そうそう私の出番回って来ないかも。
なんて事を考えているうちに、馬から飛び降りたんだろうか。
複数の着地音。
それから。
「影の魔女様の家中を取り仕切っております、サムズと申します。槌の魔女リーリン様とお見受けいたしますが……」
すこし枯れた、男の人の声。
件の家宰の人らしい。
「なのだ!」
なんというか、リーリンちゃんが返答になってない返答をする。
無警戒だけど、まあ彼女はそれでいいんだろう。
「おお、これは……これは、まさに天の配剤!」
と、家宰――サムズが声を張り上げた。ちょっと涙声だ。
うーん。
戸惑いしか感じない。
いったいどういう状況なんだろう?
「リーリン様、どうか我らが主を――シェリル様をお救いください。このままでは主は……死を待つのみでございます」
沈痛極まりない家宰の声。
どうやら彼女の身に、なにかとんでもないことが起こってるようだった。
次回更新12日20:00予定です。




