その90 アルミラさんとお話ししよう
誤解はすぐに解けた。
解けたはずだ。いや、そもそもリディちゃんの悪い癖を知ってるアルミラなら、誤解すらしてなかったかもしれない。
でも、なぜだろう。
アルミラさんの目が慈愛に満ちているのは。
違うんです。
リーリンちゃんまでいくと対象外なんです。そこだけは信じて欲しいんです。リディちゃんはセーフだけど性癖のせいでアウトです。
で、その場で赤髪幼女の紹介なんかをして、部屋に戻った。
それから、ベッドに腰をかけて。アルミラに、今日一日の怒涛の動き――会議の話から、ロザンさんの店でのこと、近いうちに影の魔女に会うため、隠密でローデシアに向かうことを説明する。
「たぶん、ユリシス側の国境近くまで飛んで行って、そこからリーリンちゃんに運んで行ってもらうことになるかな。それが一番早くて目立たないと思う」
「目立つ容姿というのも、苦労するものですわね」
「心なしか最近、髪の輝きが増してきてる気がするしね」
たぶん原因はあれだ。
アルミラさんたちが流してる私の神話的なアレ。
「それは、都に流してる噂や伝説が、確実に浸透してきてる証でしょうけれど……どうにも時期が悪かったようで、申し訳ありません」
アルミラが、申し訳なさそうに頭を下げる。
アルミラさんそれ違う。
「アルミラさんが私のためを思ってやってくれたことを、私は迷惑だなんて思わない。絶対に。だから、こんなことで自分を責めないでほしいな」
「そ、そう言われますと、お気持ちがありがたすぎて、困ってしまいますわ」
私の本音の言葉に、困った顔になるアルミラさん。
「ただでさえ不釣り合いな友誼ですのに、迷惑ばかりおかけして……!」
「アルミラ……」
今度は私が困った顔になる。
いくら友情だっていったところで、私とアルミラじゃ存在が違いすぎる。
にもかかわらず、対等でありたいと願うなら、どうしたってアルミラのほうに負担がかかる。でも私は、彼女にそんな苦しみを望んじゃいない。
「アルミラ、ちょっと聞いてくれるかな」
だから、私はそのあたりを話すことにした。
ぽんぽん、と、ベッドの端をたたき、隣に座ってもらってから、私は話す。
「アルミラ、私が元人間だってのは、言ったよね?」
「はいですわ」
「まあ、私かこんな性格だからってのもあるけどさ、私の意識の中では、人間と私は対等なんだ。もっと言うと、神様になっても、私はまだ、人間と同じだと思ってる。人間の中に混じって居たいと思ってる」
神様と呼ばれるほどの力を身につけて。
そして神様と呼ばれる地位と責任がある身で、そんなことを言うのは甘えかもしれない。
でも、私は水竜アルタージェのように、孤絶した土地で生きて居たくない。
守護神竜アトランティエのように、巫女一人を理解者として、長の歳月を生きていきたくない。
守護神鮫アートマルグのように、人間を自分の野心の手駒として、消費し続けることなんて、考えたくもない。
「たぶんだけど、こうやって、普通にお話ししてくれる子が居るってだけで、私はものすごく助かってるんだと思う。だから、アルミラには、あんまり気負わないでいて欲しいかな」
私が思いを告げると、アルミラは苦笑交じりのため息を落とす。
「タツキさんは素直すぎて……残酷ですわ。わたくしがタツキさんと対等であることは、たしかに無理なのでしょう。でも、そうあろうとする努力さえあきらめたら、わたくしはほんとうに……ダメになってしまいます」
「アルミラ……」
「タツキさん、わたくし、タツキさんのためになにかが出来ることが、本当にうれしいんですのよ……錯覚かもしれませんけれど、その時だけは、タツキさんが手の届く場所にいるって実感できるんですの――だから、お願いですわ」
まっすぐに、私の目を見て、アルミラは言う。
「わたくしを……嫌な人間にしないでくださいまし」
えーと。
なにこれ。すごいうれしいんだけど。
私と対等であるために、無理だってわかってても努力し続けます、とかもうこれ友情とか通り越しちゃってるよね?
心の友とか魂の姉妹とか宿命の好敵手とかそんな領域だよね? やばい、惚れる。アルミラさんのこと好きすぎてどうにかなっちゃいそう!
「ちょろーん」
「ちょろーんってなんですの?」
「私の好感度がカンストしました」
「カンストってなんですの!?」
「上限に達したってこと。まあこれからもガンガン上がるんですが」
「それ上限とは言わないんじゃありませんこと!?」
「上限に達したので、アルミラさんには特別報酬が送られます」
「話を進めないでくださいまし! ……特別報酬?」
首を傾けるアルミラに、私はネックレスからプレゼントを取り出して見せる。
「赤黒い、粒? なんですの?」
「これは、私の血から作った丸薬です」
「ものすごいご褒美ですわ!」
アルミラさんが目を輝かせる。
「タツキさんの血で出来た丸薬……肌身離さず身につけて……さみしいときには抱きしめて……」
「想定される用途と著しく違う!?」
「え? さらに特典があるんですの!?」
「ちがうから! そっちをメインの用途にされてもむっちゃ戸惑うから! リディちゃんもドン引きだから!」
「り、リディがドン引き……」
ずーんと沈みこむアルミラさん。
まあうれしいって気持ちもなくはないけど、ちょっと引く。
「オールオールが私の血から精製した丸薬で、飲めばリスクなしに勇者になれるみたい」
「勇者に……」
私の手のひらの丸薬を見ながら、アルミラがつぶやく。
ほんとうはロザンさんに贈ろうと思ってたものだけど、なんとなくあの人、こういう人(人型)由来のものを食べるの嫌がりそうな気がするし。まあ必要ならまた作ってもらえばいい。
「ただし、あげるのは所有権だけ、飲んじゃダメです」
「は、はいですわ」
丸薬をアルミラの手のひらに移しながら、私は服用を禁止する。
これがあれば、存在としては私に近づける。私としては飲んでくれればうれしい。
でも、あの銀髪幼女にも言われてる。
勇者になるのは、いいことばかりじゃない。
人の営みから外れる重さを、彼女は語ってくれた。
だから、私は条件をつける。
「エレインくん、ホルクさん、オールオールちゃん。この三人が同意すれば、この丸薬はキミの意志で飲んでいいよ」
「は、はいですの」
アルミラさんは微妙に理解が追いついていない様子。
彼女を幼いころから知ってて、なおかつ好意的な三人だ。
この三人が納得しないなら、私はアルミラに、もっと側にいてもらうことをあきらめられる。
「ありがとうございますわ。大事に、大事にいたしますわ」
「特殊な用途で使うのはやめてね?」
私はもう一度念押ししてから、ベッドに仰向けに寝転がる。
「それじゃあ、またしばらく留守にすることになるけど――」
「そのことですけれど、タツキさん……」
と、私の言葉をさえぎって、それから宣言する。
「――今回は、わたくしもついて行かせていただきますわ!」
浮かべた笑顔は、どこか誇らしげだった。
次回更新9日20:00予定です。




