その87 出会う手段を考えよう
「ニワトリさん……」
「コケッ!? 羽根越しにも伝わってくるこの冷たい視線……! 余だって聞いたのはすっごく昔の話ですよ? しかも風のうわさで聞いただけなんですよ? そもそも大山脈より向こうの話って全然伝わって来ないんですよ?」
あきれ交じりの私の声に、ニワトリさんは必死で自己弁護する。
まあ、私だって百年も昔に聞いたうわさ話とか、覚えてられる自信は無いけど。
「大山脈の向こうとの交流ってそんなに無いの? 陸続きなのに?」
「はい。陸続きと申しましても、大陸を縦断する大山脈は、険しく、道もなく、しかも幻獣の住処です。南北の海も難所続きでして、確たる航路も確立されておりません。個人規模の冒険的な往来によって、わずかに東の様子を漏れ聞く程度でして……」
インチキおじさんが、私の疑問に答えてくれた。
まあ西部諸邦ってくらいだから、中央部とか東部なんかもあるんだろうって思ってたけど、かなり隔離されてるんだなあ。
「というか、幻獣の住処になってる山脈があるってことは、幻獣王――黄金竜マニエスも実在するの?」
ガタッ、と身を乗り出す。
すると、羽根の向こうから、インチキおじさんの困ったような声が返ってきた。
「それは……なにぶん神話ですので、確たる話はできませんな。目撃した、という話すら、英雄譚でしか聞きませんからな」
「余も、うわさ以上の話は聞いてないのであーる!」
しょぼーん。
いや、たとえ実在してたとしても、神話によって個を固定、強化されてる神様を倒せるとは思えないけど、それはそれとして味を想像して楽しむのにも、実在するのとそうでないのとではワクワク度合いが違うし。
「まあ、タツキ殿の話はさておくとして」
落ち込んでると、エレインくんが口を開いた。
「――意図してかそうでないかはさておくとして、王妃オニキスがローデシア王国を機能不全に陥らせていることは間違いありません。これから巻き起こるであろう戦乱と混乱。それによって生じる難民流民のことを考えれば、彼女の存在が、ローデシアを含む三大国すべてにとって害悪であることは間違いない」
「……ですな」
「ローデシアに近いライムングにとっては、シャレにならない大問題、らしいのであーる!」
ニワトリさん、太守さんの言葉を右から左に流すのは止めようか。
ニワトリさんの残念さがユリシス王国にどんどこ漏れてる気がします。
エレインくんは、すっごく微妙な視線で通信機をながめて、こほん、と咳払いした。
「かといって、かの国に干渉するにも名分が立たない。反乱勢力に力を貸すにも、前王妃の仇を討つという南部諸侯、宰相を抱えている西部諸侯、いずれも独力で火竜騎士団と戦う力は無い。火炎樹の実を素手で取ろうとするようなものです」
「火炎樹の実!?」
ガタッ。
「タツキ殿、いまは大事な話ですので……」
しょぼーん。
「ふむ……コケッ! 政治の混乱を治めるためには、すくなくとも宰相シェリルが都に戻り、政務を取り仕切る必要がある……ようであるが、彼女の意志はいずこにあるか、であーる?」
「不明ですな」
ニワトリさん……というか太守イザークさんの質問に、インチキおじさんはさらりと答える。
「――ユリシス王国に連絡を取ってきているのは、宰相シェリルではなく、その家宰です。彼の言葉からは、宰相殿の意志がまるで見えてこない」
「宰相さんと直接連絡は取れないの?」
「それができれば話は早い……かどうかは、彼女の意志次第なんですがね――今のところは不調ですな」
うーん。
たぶん、王都の様子とか、推定町娘さんのことを事前に調べるにも、宰相さんにアタックをかけるのが角が立たない前提での近道な気がするんだけど。
「中央では地方の情報が入って来なくなってて、西部や南部が不穏な感じなんだったら、私が宰相さんのとこにダイナミックエントリーしてもどさくさで許される……?」
「待って、タツキ殿待ってください。いや、アリかナシかで言えばアリな部類ですが、冗談抜きで状況が一気に動きかねないので、考える時間をください」
あいさつ程度の気軽な訪問のつもりだったけど、エレインくんの反応が予想以上に重い。
「はっはっは。さすが女神様。ただちょーっと国境に兵を動かす時間と我が王を説得するための時間をいただけますかな? 女神様が動きました、結果状況はなにも動きませんでした、では国の威信に関わりますので」
「待ってちょっと待ってマルグスさんもなんでそんなに覚悟完了してるの!?」
びっくりして声を上げると、エレインくんが困ったような笑顔をつくる。
「ユリシス、アトランティエの二大国を守護する女神が、ローデシアの元宰相にして王族、西部諸侯を率いる影の魔女シェリルが居る地に舞い降りた……多くの者の目に触れるであろうその事実だけで、ローデシア全土は大混乱に陥るでしょう。それほど強烈なメッセージなのですよ」
ああ、客観的に言われればそうかも。
どう考えてもユリシスとアトランティエ、そして両国の守護神獣を葬った戦う守護女神たる私が宰相に肩入れして武装蜂起を促してるようにしか思えないし。
「じゃあ、こんなのはどうかな? 陋巷の魔女オールオールちゃんの工房に潜りこんだまま、宰相さんのとこへ連れてってもらうってのは」
「……ちゃん?」
エレインくんがすっごく怪訝な顔をしてから、口を開く。
「たしかに、それならタツキ殿が姿を晒して行くより、だいぶマシです。とはいえ、あの人も目立つ容姿ですからね。素性がばれるとよろしくないので、できればもっと穏便に行きたいところですが……」
「いっそ通り道全部霧にしてダイナミックエントリー」
「なんで力づくに戻るんですか!? たしかに霧で身を隠せば目立たないでしょうが、霧の中、宰相の居場所を探るのは至難の業ではありませんか?」
あー、たしかに。
私の探知能力なんて、幻獣相手でもちょっと怪しい感じだ。
ネームド魔女クラスだと、探し当てられずに霧の中をさまよいかねない。
だからといって霧を晴らすと目立つし。
「うーん。だったら、現地の地理に明るいか、魔力の感知能力が優れた人に連れてってもらう、ってのが、一番いい方法なんだろうけど」
「贅沢をいえば、影の魔女シェリルを直接知る人間、ですな」
と、インチキおじさん。
まあ、ないとは思うけど、間違えると大惨事だしね。
オールオールちゃんなら宰相さんを知ってるっぽかったし、ここは次善でも、と、考えてると。
「ちょっと、お待ちくださいまし! そっちは大事な会議中――」
「女神様! 女神様! 居るのだー!? ロザンの料理が出来たのだ! 食べるのだ! 満足するのだ! そして素材をくださいなのだ!」
最善の手段が、向こうからやってきた。
それはそれとして水竜料理だひゃっはー!
次回更新1日20:00予定です。




