その85 設定を作ってみよう
伝承があるとする。
たとえば仏教の地獄。
地獄の炎は、地上の炎よりもはるかに高熱だ。
地獄が深くなるほどに、炎は熱く凄惨になっていく。どこのインフレバトルだってくらい。
もちろん地上の自然現象としては、とうてい発生しえない高熱だ。
魔力によって再現するとしても、物理法則が、そして「そんなものが魔法として行使されるなどありえない」という人々の常識が、障害となる……んだと思う。
だとしたら。
ロザンさんのお店からの帰り道、のんびりと空を飛びながら、私は考える。
「――逆も、ありえる」
つまりは、「大山脈の幻獣王たる黄金竜マニエスなら、自然界であり得ないほど高温の炎を発することもできる」。
こんな信仰があれば、魔力によって実現することも容易になるんじゃないか。
「私が黄金の炎を使うためには、私が黄金の炎を使えるっていううわさ、あるいは信仰を得るのが近道だってことなんだ」
それは、たぶん可能だ。
なぜなら、この髪。私の髪は、掛け値なしに黄金の輝きを持っている。
黄金竜との共通点を持つ私なら、黄金の炎を使うことも可能じゃないか……みんなにそう思わせることも、可能だと思う。
もっとも、料理にも使えない高熱だ。
純粋に趣味の領域だし、今すぐやらなくてもいいだろう。
と、思っていたんだけれど。
「――やりましょう! とっても素敵なことだと思いますわ!」
相談した相手が悪かった。
アルミラさんの、心の琴線に触れてしまったみたい。
「わたくし常々、タツキさんはもっと信仰されるべきだって思っておりましたの! この際ですので、どんどんあるべき理想の女神像を造っていきましょう!」
「いや、そこまで熱心にやらなくても……」
やんわりと制止したけど、止まらない。
リディちゃんといっしょになって、きゃっきゃうふふと「あるべきタツキさん像」を語りだした。
「まずは容姿、ですけれど……完璧ですわ! 直すところがありませんわ!」
「えーと、胸をもうすこしおおきくしたり……できないですか?」
「そんなもの、タツキさんには邪魔なだけですわ! ありのままのタツキさんが美しいんです――というか容姿に関して言い争っても益などありませんわ! まずは神としてのタツキさんの設定ですわ!」
設定とか言い出したよこの子……
「はいはいはい!」
「はい、リディさん」
「まずは美の女神としての側面は欠かせないと思います! あと愛の女神として、信者に愛を授けて下さったらとってもうれしいです!」
「却下ですわ! 大衆に姿をお見せするだけでももったいないのに、愛とか――愛とか! ……巫女だけに愛を授ける、とか――ダメですわ! そこまで墜ちるわけにはまいりませんわ! がんばれわたくし!」
「アルミラ様……なんという発想……やはり神……!」
かろうじて踏みとどまってるみたいだけど、やろうとしたら止めるからね?
というか信仰で人格改造とか、発想がヤバすぎると思います。
「ですので、美の女神としての側面は当然盛り込むとして、まずはタツキさんの要望通り、炎を使う能力についてですわ。黄金の炎を使うための自然な設定……これは、黄金竜マニエスの眷属、もういっそ娘とかでよろしいのではないでしょうか!」
「タツキ様も黄金に輝く髪ですし、黄金の炎を使う理由付けとしてはとってもいいと思います!」
それでいいのか伝説。
心の中での突っ込みが通じるはずもなく、二人は私の設定を作っていく。
曰く。
「伝説の幻獣王の娘」
「幻獣王から黄金色の髪と、黄金の炎を受け継いだ偉大なる美の女神」
「処女神」
「守護神としての側面を持ち、信仰する者に守護の加護を与える」
「深き海の主、水竜アルタージェ、アトランティエの守護神竜アトランティエを倒し、西海を手に入れた海の神」
「ライムングの神鳥ドルドゥとはお友達で、いつももふもふしてる」
「ダウの二重山に住まう赤の神牛ガーランを、黄金の炎で打ち倒した」
などなど、盛りすぎじゃないかって思うけど、半分くらいは実話です。
……よく考えたらいろいろやってきたなあ。
「――と、こんなところでいかがでしょうか!?」
アルミラさんが自信たっぷりに尋ねてくる。
ドヤミラさんかわいいです。
というのはさておき、ちょっと気になったことがひとつ。
「アートマルグ関連を省いたのは?」
「ユリシスでは、すでに神鮫アートマルグはタツキさんの別側面だという見かたがされているとか。ほうっておいても整合性の取れる形で伝承が加えられるかと」
私の疑問に、アルミラはよどみなく答えた。
まあ、あたりまえだけどアートマルグについてはユリシスの方がくわしい。
いま下手に設定を作って、ユリシス視点で矛盾が生じるよりは、そっちの方がいいのかも。
「まあ、これに関しては急ぐことはないから、エレインくんとも相談して、ゆっくり広めていこう」
「わたくしとしては、今すぐにでも広めたいくらいですけれど!」
アルミラさんやる気にあふれすぎです。
反応したのか、部屋の隅でタツキさんフィギュアが勝利のポーズを取ってるのがすっごくかわいい。
「――こう、吟遊詩人とか使ってですね、いろんなところで弾き語ってもらうんですわ! 恩恵を受けている水の都一帯には、一瞬で広がると思います!」
「落ち着いてアルミラ。発想が町娘さんといっしょになってる」
「はうっ! ですわ……!」
ハートにクリティカルなダメージを受けて、アルミラさんが撃沈した。
……ん?
いまなにか、心に引っかかったような。
「タツキ様、どうかされたんですか?」
考え込む私を見て、リディちゃんが小首をかしげる。
「……うん。ちょっと用が出来た。エレインくんと会ってくるから、アルミラの看病をお願い」
「看病……ええと、はい!」
撃沈中のアルミラをちらと見てから、リディちゃんは元気よくうなずいた。
◆
執務室に行くと、エレインくんは、書類の処理をしながら、ホルクさんと無駄話していた。
ホルクさん、最近私が厄ネタ持ち込みまくってるからといって、私を見て露骨に及び腰にならないでください。でも今回も厄ネタです。
「最近の流行り歌を調べてほしい。素性は問わないけど、ローデシア方面から流れてきた歌は、特に注意して」
「……理由を、お聞きしても?」
エレインくんが尋ねてくる。
表情を見れば、ある程度察したのがわかるけど、確認のためなんだろう。
だから私は、エレインくんの予想通りの言葉を告げる。
「ローデシアの新しい王妃オニキス。彼女が彼女だったとしたら……間違いなく歌を利用する。どこに向けてどんな歌を流行らせてるのかわかれば、彼女の真意……とまではいかなくても、彼女がなにを望んでるかは、かなり正確にわかると思う」
ローデシアの王宮の奥深く篭もる怪物。
その正体を手繰り寄せるか細い糸は、間違いなくそこにあるはずだ。
次回更新27日20:00予定です。




