その84 幼女の寝言を聞いてみよう
ロザンさんの料理を堪能して、その日は大満足で帰宅した。
帰る前に食材を預けてあるので、数日も待てば、ロザンさんなら極上の水竜料理を作ってくれるだろう。
うきうき気分で帰宅して……きちんと忘れず、エレインくんに報告。
大丈夫。槌の魔女リーリンちゃんのことは、けっこう大事なので、食欲で呆けてても、それは忘れてない。
話を聞いたエレインくんは、しばし、考え込んで。
「そうですか……ローデシアの中枢は、もはや機能していないようですね」
言いながら、深いため息をついた。
「そんなにひどいの?」
「槌の魔女の名は、わずかに伝え聞いた程度ですが、ローデシアにとって間違いなく重要な人物のはずです。その出国を、たやすく許すとは」
「リーリンちゃんは、小うるさいシェリル――影の魔女が居ないから、とか言ってたけど」
「……ふむ」
私の言葉をじっくりと咀嚼して、王様は口を開く。
「……ローデシア王国宰相シェリルは、あまりにも長い期間、ローデシアの表と裏の組織の頂点でありつづけました。その彼女が、突如失脚した影響は、外から見た我々が思うより、よほど大きいものなのかもしれません」
うそ寒いものを感じたような、そんな表情だ。
「なにか、出来ることはある?」
「とりあえずは、槌の魔女の保護を。あまり街中をうろつかれても、よくない」
「了解。鍋のことをお願いしてるし、すぐには出歩いたりしないと思うけど、そう言っとく」
となると、ひょっとして数日は水の都に居なきゃいけないかもしれない。
水竜料理待ちだし、ちょうどいい。報告がてら、ユリシスのみんなには通信機で伝えておこう。
◆
翌日には、鍋が出来てた。
赤の神牛ガーランの骨を素材とした、見た目は真っ白な中華鍋だ。
「こいつは、とんでもねえな!」
軽く鍋を振るって、ロザンさんは、きば、と歯をむき出しにして笑う。
赤髪幼女、リーリンちゃんは、徹夜で鍋を作っていたのか、床で完全に寝ちゃってる。
「これで、水竜の肉を焼けるの?」
「いや、魔力の炎が要るから、ワシだけでは無理だな。この人――槌の魔女が言うには、こいつがあれば焼けるって話なんだが」
言って、ロザンさんが顎で示したのは、眠れる幼女が手に持ってる、きらきらと輝く水晶を押し固めたような立方体だ。
「これは?」
「――炉心なのだ! ……むにゃむにゃ」
私の言葉に応じるように、幼女が突然声を上げた。
でも幼女は寝たままだ。寝言だ。びっくりした。
「魔力を込めれば最高位の炎――黄金の炎すら生み出せるリーリンの超傑作なのだ!」
いや、寝てる? 起きてる?
なんだか知らないけど、ちゃんと説明してくれてるっぽい。
「黄金の炎? 青の炎より強いの?」
「青の炎は赤の上位だな! 世界法則により、赤の炎より高温であると定義されてる青の炎は、概念において、より強いのだ! すごいのだ!」
この幼女、本当に寝てるのだろうか。
槍を打ってたときも、無意識に説明とかしてたから、そういう癖なのかもしれない。
「――でも青の炎にも、その上があるのだ! 伝承で青よりも上位と定義されてる炎――冥府の炎である黒の炎と、大陸の東西を隔てる大山脈に住まう伝説の幻獣王――黄金竜マニエスの吐く黄金の炎! 人々に最高位だと信仰されてるそれらこそ、もっとも強い炎なのだ! すごいのだ!」
なるほど。
なんとなく理解した。
物理法則においては、青の炎は赤の炎より高温だ。
でも、もともと魔力っていうのは、想いを実現させる力だ。
人々の想いが、信仰が、神話や伝承における炎をより強いものだと定義するなら、想いに補強されたそれらの炎は、なによりも強いものになる……というところか。
そういえば、オールオールちゃんも、青の炎は赤い炎よりも上の段階だとは言ってたけど、青の炎が最上位だとは言ってなかった気がする。
「黒の炎と黄金の炎は特別だから。冥府の、神のものと定義づけられているから、人の手での再現は困難なのだ! それが再現できるリーリンは天才なのだ! すごいのだ!」
……ん?
なんというか。
聞いている限りは、ヤバいレベルで高温が出るっぽいんだけど。
「黄金の炎で、ドラゴンの肉は焼けるの?」
「焦げるのだ! 炭なのだ!」
「焦がしちゃダメでしょ!?」
全力で突っ込む。
料理に使えないなら本末転倒ってレベルじゃない。
というか竜の肉を炭にするとか、人類史上最悪の凶行だ。
「あわてるななのだ! なにも出力を最高にすることはないのだ! というかリーリンは黄金の炎で肉を焼くなんて一言も言ってないのだ! 黄金の炎だって生み出せるって言っただけなのだ!」
「……盛大な脱線話だった!?」
いや、なんというか、いろいろ役に立つ話だったけど。
「……まあ、この人も昼には目を覚ますだろ。それから料理を工夫するから、水竜料理はもうちょっと待っててもらおうか」
肩を落としてると、ロザンさんが白鍋を手に笑う。
「うん。楽しみにしてる……それから、ロザンさん。勝手に街中をうろつかないように、この子に言っといてくれる?」
「わかったぜ。女神様の言葉なら、間違っても出歩かないだろうぜ」
あまり長居して、ロザンさんの邪魔になってもいけない。
幼女のことだけお願いして、その日はそのまま帰った。
黄金の炎か……時間があったら、練習してみるのもいいかもしれない。
予定より遅れて申し訳ありません。
次回更新24日20:00予定です。




