その83 お鍋の素材を考えよう
工房から出ると、店の個室だった。
まあ、店のど真ん中に宝石を置いておけるわけもなし、当然か。
待っていてくれたんだろう。
ロザンさんをはじめとして、ホルクさんと給仕さんが、テーブルを囲んで座ってる。
「――お、出てきたか」
ロザンさんが香草茶をテーブルに置いて、にやりと笑う。
きょぱ、と剥き出した歯がとっても鋭い。
「結果は……聞くまでもないか」
表情を見て察したのか、ロザンさんは問いを引っ込めた。
「うん。大満足!」
「とーぜんなのだ! リーリンは世界一の魔獣鍛冶なのだ! 女神様だって満足させられるのだ!」
と、あとから出てきた赤髪幼女が胸を張った。
「そうかそうか――なら、料理の話だな」
「のだ?」
一仕事終えた幼女にまったく一切の遠慮もなく、ロザンさんはマッドな笑みを浮かべた。
◆
「まず、料理をする上で大事なのは、料理する素材と調理器具の相性なのだ!」
ちょっとかわいそうかも、と思ったけど、赤髪幼女な魔女リーリンちゃんは早速話を始めた。
ロザンさんがマッド料理人なら、リーリンちゃんはマッド鍛冶屋さんなのかも。
「まず、今回調理するのは水竜の肉だ。言うまでもねえと思うが、属性は水。女神様の持ってる素材にゃ神鮫アートマルグなんかもあるが、これは同じ水属性。同調した水の特性が強すぎて、とてもじゃないが火を通せん」
「アートマルグ!? ユリシス王国の神鮫まで持ってるのだ!?」
幼女がものすごく驚いた。
そういえば、私がユリシスの守護女神になってることも知らなかったし、ものすごく世情に疎いっぽい。たぶん普段は工房に引きこもってる系の子なんだろう。
「欲しい、欲しいのだ……でも後回しなのだ。女神様の御機嫌とりしてあとで分けてもらうのだ……」
欲望に忠実なようで大変結構。
ちゃんと仕事をこなしたら分けてあげるよ。私が持ってても使いきれないし。
「――と、料理の話なのだ! ロザンの言う通り、同属性の魔力は、おたがいを強めあうのだ! なので水の魔力が強い水竜の肉を焼くには、水属性の鍋じゃダメなのだ!」
「逆の――火属性の素材が要るってこと?」
尋ねると、リーリンちゃんはこくこくとうなずく。
「最良なのは、同じ力を持つ逆属性の魔力を使うことなのだ! 水竜に等しい魔力を持つ素材――すなわち火竜の鱗なのだ!」
「火竜の……鱗」
「か、神竜フラム様はダメなのだ! ほかに、ほかに手段があるのだ! お願いだから殺さないでなのだ!」
考えてることがわかったのか、幼女はあわてて止めにかかる。
「いや、鱗の一枚や二枚分けてもらうのに、わざわざ殺す必要ないよね? ちゃんと事情を説明してお願いすれば……無理かな?」
「ほかに手段があるのだ! もっと簡単な方法なのだ! だから火竜のことは忘れてほしいのだ!」
必死なリーリンちゃんかわいいです。
いや、半分くらいは冗談だったんだけどね?
「ほかに手段って?」
「さっき言ったように、同属性の魔力はおたがいを強めあうのだ! つまり、魔力の炎で焼けば、水竜より弱い火属性の素材を使った鍋でも、ちゃんと料理が出来るのだ! 食べないでほしいのだ!」
「安心して。いまローデシアの火竜をどうこうする気はないから」
「いま!?」
「大丈夫大丈夫。相手からおおっぴらにケンカ売って来なければ大丈夫……わかりやすい形でケンカ売って来てくれないかな?」
幼女があわあわ言ってる横で、つぶやいていると、ロザンさんが口を挟む。
「おい、女神様よ、いい加減話を進めないと、料理が出来んぞ」
はい! ちゃんと話を進めます!
「と、いうわけで、水竜よりは弱いけど、火属性の素材は……私が持ってるのだと、神牛ガーランかな。皮から骨から、素材になりそうなのは一通りあるけど」
「ガーラン!? ダウの二重山の赤の神牛なのだ!?」
「なのです」
「すごいのだ! 十分なのだ! 骨の一本も分けてもらえれば、すぐにでも鍋が作れるのだ!」
「すごいのだ!」
「すごいのだ!」
謎の共鳴現象を起こす私と幼女。
それから。
神牛の骨を取り出して切り分けるため、一旦郊外に移動。
すぐに戻ってきて、幼女に一抱えほどの骨の塊を渡した。
「こ、これが赤神牛ガーランの骨なのか!」
リーリンちゃんは宝石でも見るような目で骨を抱えた。
変なにおいが漂い始めた。見れば、幼女の皮服が焦げていってる。
「すごいのだ! とんでもない火の魔力なのだ!」
服が焦げるのもお構いなしで、幼女は大喜びだ。
「これですごい鍋を作るのだ! ロザン! 形はどんなものがいいのだ!?」
「おお、そうだな。昔造ってもらった羅盾鼈の鍋があったよな? あれと同じ形がいい」
「わかったのだ! さっそく造るのだ! 行ってくるのだ!」
言って、赤髪の幼女は赤い宝石――“工房”を取り出して。
「――あ、魔力の火のことも、リーリンにお任せなのだ! 女神様は出来上がりを楽しみにしているのだ!」
そう言い残して、工房に飛び込んでいった。
うん。工房にも炉とかいろいろあったし、なにより見るからに火がルーツっぽい幼女だ。なにかいい手があるんだろう。
けっこう頑張って練習したので、使う機会があったらわたしの魔法をつかってステーキとかしてほしいなあ。
「まあ、鍋が出来てすぐに料理を出せるわけじゃない。焼きの加減を見切るのに、すこし待ってもらわにゃならんが……女神様よ。せっかくうちの店に来たんだ。もちろんなにか食ってくだろ?」
食べます。もちろんです。たべさせてください。
「……んんんんっ!?」
料理がおいしくて、とっても幸せです。
10月末まで更新が不定期になります。
次回更新、18日20:00予定です。




