その81 美味しいごはんを食べに行こう
さて。
ひさしぶりに自室で、ゆっくりと眠れた。
報告なんかの関係で、明日か明後日には、ユリシス王国に戻っておきたいんだけれど。
その前に、やっておくべきことがある。
「ロザンさんの店に行こう」
私が言うと、タツキさんフィギュアがガタッ、と腰を上げた。
完璧すぎる反応です。そして美しいです。
「はいはい。フィギュア様は座ってくださいまし」
立ち上がったタツキさんフィギュアを、アルミラがふたたび座らせる。
調教が完璧すぎてちょっと怖いです。
「よいことだと思いますわ。タツキさんは頑張ってらっしゃるんですから、たまには骨休めしてくださいまし……というわけで、フィギュアさんは今日はお休みですわ。タツキさんが出歩くと、どうしても人目につきますからね」
こくこくとうなずくタツキさんフィギュア。
かわいすぎてお持ち帰りしたいです。
「ああ、もう……素敵です……素敵です……」
リディちゃんはもうだめです。
衝動的に抱きつきに行かない分、成長してるのかもしれないけど。
◆
と、いうわけで。
私はウキウキ気分でロザンさんの店を訪れた。
「厄日だぜ……」
護衛役のチンピラ、ホルクさんが、似合わない正装で頭を抱えてる。
まあ、護衛とかどう考えても要らないんだけど、絵面的には欲しいってことで、エレインくんが手配してくれた。
ヒマつぶしに執務室で、エレインくんと雑談してたのが悪かったんだと思います。まあヒマになったのは私の祝福で魔獣被害が減ったせいなので、間接的には私が原因かもしれない。
まあ、我慢してください。
ちなみに例によってリディちゃんはアルミラとお留守番だ。
「さあさあ、ぼやぼやしてるヒマはない! ロザンさんの料理が私を待っているー!」
「ああ、わあったよ。とっとと行って用事を済ますぞ」
「おー」
と、応じながら、勝利のポーズ。
遠巻きに見てる群衆からの歓声が上がった。
「……さて、おじゃましまーす」
と、店に入る。
店内には美味しそうな匂いが漂ってる。
やばい。香りだけで食欲がぐらんぐらんに揺さぶられてる。
――この感覚、ひさしぶりだなあ。
ロザンさんの料理が食べられるんだなあ、と、あらためて期待に胸が高鳴る。
だけど。
「あ、女神様!? い、いらっしゃいませ……」
迎え出た給仕さんは、どこか困った様子。
「……どうしたの?」
この人が、私に対して困った顔をするなんて、なにかあったんだろうか。
「いえ、遠方より足を運んでいただいて、本当にありがとうございます。ですが……その……」
ちら、と、給仕さんは店の奥の方に視線をやる。
奥の部屋からは、なにやらカチャカチャと音が聞こえてくる。
これは……ナイフとかフォークが、食器に当たる音……にしては、ちょっとうるさすぎだけど。
と、奥の部屋から甲高い声が聞こえてきた。
「わははー! あいかわらずおいしーな、ロザンの料理はー! もっとお代わりをよこすのだー! いくら持ってきてもいいぞー!」
「は、はい! 承知いたしました!」
別の給仕さんが、山のように重ねた皿を抱えて、部屋から厨房へと小走りで向かっていく。
……なるほど。事態は理解した。
なぜか給仕さんが蒼い顔になってるけど、大事なのは現在進行している状況だ。
――喰らい尽くそうとしているのだ。
ロザンさんの料理を。
私の目の前で、別の客が。
「お、おい、嬢ちゃんよ……冗談だよな? ほかの客のとこへ怒鳴りこんで行ったりしないよな?」
「するよ?」
恐る恐る聞いてきたホルクさんに、私は笑顔を向ける。
「大丈夫。ちょっとお話して、これ以上の食事を控えてもらうだけだよ」
「ほ、本当か? 信じていいか? 正直こうして話してるだけでも息苦しいんだが。人傷沙汰は勘弁だぜ?」
「はっはっは、変なことを言うんだね、ホルクさんは」
「は、は、そうだよな、変だよな?」
「――私が本気で怒ったら、人間なんて骨すら残らないに決まってるじゃないか」
「ちっとも安心できねえ―っ!!」
ホルクさんが絶叫した。
大げさだな。さすがに正当な理由がないと、人殺しなんてしないって。仮にも保護すべき自国の民なんだし。
「もー、なんだなんだー? さっきからうるさいなー! リーリンが落ち着いて食べられないじゃないかー!」
ふいに、件の部屋から少女が出てきた。
燃えるような赤髪をお下げにした、幼い少女だ。
ごわごわの皮服を着込んで、腰に下げた皮帯には、小さな刃物やら槌やらが縫い止められてる。
赤い瞳の、ぱっちりと大きな目を、こちらに向けて。
顔には怒りをたたえて……それが驚きの表情になって……さらには青ざめて。
「――ごめんなさいなのだー!!」
最後には全力で土下座した。
ホルクさん、お願いだからそんな目で見ないで。
私は無実だ! なにもやっていない!
「ゆるして! ゆるしてくださいなのだー! 命ばかりはおたすけなのだー!」
「あ、あの……タツキ様……リーリン様も謝っておられますし、どうかお許しを」
給仕さんまでそんなことを言ってくる。
私本気でなにもやってないんだけど!?
なんだか空気がすっごくどうしようもない感じなんですけど!?
内心悲鳴を上げてると、救いの神は現れた。
「……なんだなんだ、さっきから騒がしいぞ」
厨房から、ロザンさんが顔を出したのだ。
「ロザンさん、ひさしぶり!」
「おお! ひさしぶりだな、女神様――で、どうしたんだ、この状況は?」
ロザンさんは、土下座したままピクリとも動いてない幼女に目を向ける。
「ろ、ロザン! 助かったのだ! なんとか命だけは助かるよう口添えしてほしいのだ!」
土下座の姿勢は崩さずに、幼女が声を上げた。
「ああ? ……ああ、まあ、女神様よ。なにがあったか知らんが、タイミングがよかったな」
「命乞い! 命乞いを先にしてほしいのだ!」
幼女の悲鳴を無視して、ロザンさんは会心の笑顔を向ける。
「この人はな、ワシらが求めていた人材だ」
「私たちが求めていた……人材?」
「ああ。槌の魔女リーリン――西部一の魔獣鍛冶だ」
「世界一なのだ!」
土下座したまま、幼女――槌の魔女リーリンはロザンさんの言葉を訂正した。
次回更新13日20:00予定です。




