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その8 海に乗り出そう



 船に積み込んだのは、ワイン、水、塩漬けなんかが入ったタル。

 船全体が結露しやすいので、船底部分との間、居住空間には木の板を敷いている。

 船底には甘露が溜まる。非常時には飲料水にできるよう、汲み取れる場所も作った。


 あとは、竜の爪のナイフと、竜の牙の銛。

 残った爪と牙で錨を作り、余りはバラストがわりに船底行きだ。

 逆に重すぎて船が沈むんじゃないかって思うけど、船は一応浮いてる。


 あと、アルミラのベッド――タルの底に入っていた白い布も設置して、準備オーライ。

 全長10m足らず、幅は2mくらいの船だけど、そんなこんなで居住スペースはかなり手狭になった。



「船体をこれ以上大きくすると安定しませんし、仕方がありませんわ……竜素材を山ほど積んでますし」


「バラストとか言ってたけど、やっぱり必要以上に積んでたのか……」


「それは……戻った時、お金も必要でしょうし、捨てておくのももったいないですし」



 貧乏性な子猫である。

 というか鱗ひとつで一財産とかいう話じゃなかったのか。

 これ船一隻でどれだけなんだ……国が買えるとか言ってたなそういえば。



「まあ、アルミラが素材とか売り捌くルート持ってるってのなら、ありがたいけど」


「それは、任せてください、ですわ!」



 猫同士のコネクションとか有るんだろうか。

 いや、普通の猫はしゃべらないって言ってた気がするけど。



「まあ、ともかく、忘れ物はないな? じゃあ出発だー!」


「おー、ですわ!」



 二人で、声を上げて。



「それでは、出発ですの!」



 アルミラが、竜翼のマストを前足でてしてしと叩く。

 すると、それに応えるように、皮膜の帆が風を含んだ。


 船が、力強く前に進みだす。



「おお、なにそれ魔法?」


「いえ。わたくしはいま、魔法とか使えませんので。船が持つ竜の力ですわ」


「なにそれすごい。わたしもやっていい?」



 なんの気なしに、手を伸ばそうとすると。



「ちょ、だめですわーっ!!」



 顔に飛びついて来て、全力で止められた。

 もふもふして気持ちよい。



「……なんで止めるの?」


「タツキさんは風竜の肉をあり得ないほど食べちゃったほぼ風竜みたいな方なんですのよ!? 帆が吹っ飛ぶくらいの暴風を起しちゃうかもしれませんわ!」


「え、まじで? ……だったら、この竜の皮膜の服でも風とか起こせる?」


「起こせますわ! わたくしがかわりにやりますので、タツキさんはくれぐれも、船の上でやっちゃダメですわ!」



 そう言って、子猫はわたしの前にちょこんと座って前足を伸ばす。

 そよ風が吹いた。服がふわりとめくれ上がった。



「ちょ、見えますわ! 見えてますわ! ごめんなさい! でも隠して、隠して下さいまし!」



 アルミラがえらくあわててるけど、猫に見られてあわてるのもおかしい気がする。







 船は順調に進む。

 生贄の祭壇に向かう流れを横切って、しばらく進むと陸地へ向かう海流に乗れた。


 ……そのへんが一見してわかるあたり、やっぱり人外めいてる気がする。



「そういえば、アルミラ! 海の魔物とかって居ないの?」


「いや、タツキさんが毎日食べてたお魚さんが、すでに魔物クラスなんですけれど……」



 衝撃の事実だった。



「え、そんなにヤバイ系の魚だったのかあいつ」


「ヤバイ系ですわ。漁師さんが年に何人も食べられちゃってますわ。タツキさんが超規格外なだけですわ」



 そうか。

 あのつんつんしてくるのとか、甘噛みしてくるのって、実はヤバイ攻撃だったのか。


 一般人との感覚のズレが深刻すぎる。

 まあ、一切れ食べただけで超人になれる肉をトン単位で食べたら、そうなっても仕方ない。

 そのおかげか弊害か、危機感とか焦りとか、そんな感情が異常にゆるくなってるのは、ちょっとまずいかもしれない。


 けど、正直いまこの瞬間に船がひっくりかえったところで、全然死ぬ気しないんだよなあ。


 そんなことを考えていると。



「でも、よかったんですの? タツキさん」



 アルミラが、申し訳なさそうに聞いてきた。



「なにが?」


「タツキさんの故郷じゃなくて、わたくしの故郷を目指して、ですわ」


「ああ、それはいいんだよ。実は私が来たの、たぶんこことは違う世界だから」


「違う世界?」


「そう、違う世界――信じられない?」



 小首をかしげるアルミラに、尋ねる。

 そう簡単に信じられるような事じゃないのはわかってるから、ちょっと意地悪な質問だったかもしれない。


 アルミラは、まっすぐに私を見つめて、口を開く。



「……いえ、信じますわ。だって、タツキさんの考え方、わたくしなどとは根本的に違うんですもの」


「ありがとう、アルミラ」



 信じてくれたことに感謝して。



「だから、根本的に戻り方がわからないし、とりあえずは町に行って、いろいろと情報収集しようかなーって思ってる。それで、もし帰れそうになかったら……」


「帰れそうになかったら、どうするんですの?」


「……こっちで竜を狩って暮らすのも悪くないかなー?」


「しゃ、洒落になりませんわ―っ!?」



 そんなやりとりをしながら、途中あった嵐をものともせず、わずか三日の後。

 早朝の太陽に照らされて、陸の影が見えてきた。



「――見てくださいまし! 陸ですわよタツキさん!」


「おおー。もう着いちゃったの? 予定の半分くらい? すごく早いね!」



 普通なら立ち寄る島をスルーして、一直線に来たとはいえ、早い。



「このの性能が、予想以上によかったおかげですわ! 逆風も高波もものともしませんし!」



 子猫はぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでる。かわいい。



「信じられませんわ! わたくしたち、あの生贄の祭壇から生還できましたのよ! 見てくださいまし、タツキさん!」



 影から、色彩を帯びて実物となった大陸。

 アルミラはその一点を前足で指し示す。



「わたくしの故郷、水の都アトランティエですわ!」



 子猫が示す先には、たしかに、街並みらしきものが、船が見える。

 人の営みが、そこにある。異なる世界の、営みが。きっと異なる世界の、食べ物も……ドラゴンも居るといいなあ。



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