その79 ただいまアトランティエ
アトランティエが見えてきた。
魔法の練習をしてた時、いつも見てた光景だ。
ジェット飛行をやめて、風に乗って宙を舞う。
抱えてた幼女がほっと息を吐きながら、腕の中でくたっとなったのは、ともかく。
――懐かしい。
街並みを見下ろして、心の中でつぶやく。
ユリシスもいいけど、アトランティエはこの世界で訪れた最初の街で、こちらの世界での故郷だ。
なにより、こちらの世界での最初の友達で一番の親友、アルミラが居る。
――アルミラ、どうしてるかなあ?
考えながら、内の城壁のあたりにある屋敷に目をやって。
「あれ?」
首をひねった。
城壁の内側、神殿付近は、神竜アトランティエによって、まっさらな平地と化している。
エレイン王子の即位の時に、台座くらいは作ったけど、基本的にはそれだけ。他にはなにもなかったはずだ。
その、まさに神殿跡地に、なにやら立派な建物が建っている。
「……あれはなんだろう?」
「あんた様の神殿じゃないかね?」
くたっとなりながら、銀髪幼女が答えた。
「神殿……は、わからなくもないけど、こんなに早く?」
「復興に動員した人足をそのまま神殿の建設に向ければ、そう難しくもないだろう。魔法も使ったろうしね」
「なるほど……にしても、建てるなら王宮を優先すればいいのに」
「アトランティエはあんた様で保ってるところがあるからね。しかも他国の神にもなるとなれば、あんた様の象徴となるような神殿が必要なんだろうね……もっとも、さすがに建てられたのは神殿本体だけで、付随する居住区なんかはまだ出来てないようだがね」
なるほど、と納得する。
となれば、あれが私の新しい職場――後々は住処ってことになるんだろうけど。
とりあえず神殿の前に降りてみる。
下から見ると、かなりでかい。造りはかなり違うけど、ギリシャの神殿みたいな印象だ。
よく考えれば、この中に、即位の儀式の時に使った台座が収まってるんだから、でかいのは当たり前か。
「……おおぅ、足元がゆらゆらと」
地面に降りたオールオールちゃんは千鳥足だ。
ジェット飛行の連発は、やっぱりキツかったね。
「大丈夫?」
「まあ、平気かね。今日はもう、あんた様に抱えられるのは勘弁だけど」
そんなこと言わないでください。
というのはさておき。
「とりあえず中に入ってみようか。ひょっとして分身体もアルミラさんも、こっちに居るかもしれないし」
「だね。とりあえず……呼ぼうかね」
そう言って、魔女オールオールは呪文を唱える。
文脈からして声を遠くに届ける魔法だ。
「アルミラよ、聞こえるかい?あたしと野良神様が帰ってきたよ。出てきておくれ」
声をかければいいのに、なんでわざわざ魔法を。
と思ったけど、ひょっとして歩くのも億劫なくらいフラフラなのか。ならそう言ってくれればいいのに。
と、意地っ張りな幼女に目をやって考えていると、中から足音が聞こえてきた。
やっぱりここに居たらしい。
やや小走りに、こちらに近づいてくる足音。
その姿があらわになって――思わず絶句した。
ゆったりとした、一枚布の巫女服。
純白のそれよりも、なお白いほっそりとした腕。
無表情でぺたぺたと駆けてくる、黄金色の髪の美少女。
タツキさんフィギュアだった。
◆
「――美の神が、降臨されたか」
神殿の入り口で、びしっ、と眠れるファラオのポーズを取ったタツキさんフィギュアに、思わずつぶやく。
この姿はまさに神。崇めざるを得ない。
「いや、あの格好はおかしくないかい? いや、いつものあんた様だと言われると、否定できないけれど」
「ごめんなさい。私の日常です。再現完璧です」
「……まあ、あんた様の素行をとやかく言うつもりはないけどね」
その言葉に、私は明後日の方を向く。
幼女のジト目が気持ちいいです。
そうこうしていると、ふたたび神殿の奥からパタパタと足音。
そしてたゆんたゆん。
今度は間違いない。神殿から駆け出てきたのは、アルミラだ。間違いない。
「タツキさん! オールオール様!」
アルミラは、そのままの勢いで抱きついてきて――タツキさんフィギュアにファインセーブされた。
「ふぎゃー! なにしますの!?」
アルミラさんが威嚇めいた鳴き声を上げるけど、タツキさんフィギュアはなにも言わない。
というか。
「なぜフィギュアさんが抱きとめたの? ひょっとして日常的に命じてたから習慣で?」
だとしたら、実物はここにありますよ!
全力で主張するけど、アルミラさんは顔を真っ赤にして否定する。
「誤解ですわ! リディじゃないんですから、タツキさんの分身にそんなことはいたしませんわ!」
開いちゃいけない扉を開いちゃったライムング太守の孫娘、リディアちゃんへの信頼は抜群だ。
「じゃあ、なんでこんなことに?」
アルミラに尋ねる。
タツキさんフィギュアに抱えられっぱなしなのが妙にシュールだ。
「それは……おそらくタツキさんならこういう場面でこうする、という動きや仕草を徹底的に教え込ませたせいかと」
気のせいか、リディちゃんのやろうとしたことより怖さを感じます。
まあ、アルミラさんに飛びつかれたら、私だって大喜びで受け止めるだろうから、間違ってはいない。フィギュアさんそこ代わってください。アルミラさんでもいいです。
「えーと、じゃあ、タツキさんフィギュア、ステイ」
呼びかけると、タツキさんフィギュアが待機状態になった。
アルミラさんは、解放されてほっと一息。
「ありがとうございます、タツキさん」
「うん。まあ、タツキさんフィギュアの面倒をしっかり見てくれてたみたいで、ありがとう」
「そんな……心配しておりました暴走もなかったので、面倒というほどのことはありませんでしたわ」
それでも、それなりに気苦労はあったんだろう。
アルミラさんは、私の労いの言葉に、嬉しそうに笑った。
ほわっとして安心できる微笑だ。
ひさしぶりに見る彼女の笑顔に、心があったかくなる。
「ただいま、アルミラ」
「お帰りなさいまし、タツキさん」
あらためて、笑顔で挨拶を交わし。
「……アルミラや、あたしにも、こう、なにかないものかね」
幼女が拗ねた声で主張した。
放っておいてごめんなさい。
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