その76 国のみんなをまとめよう
なんだかんだで、十日ほどが過ぎた。
私が守護神獣になる儀式の目処も立ったみたいで、インチキおじさんが時々来て、段取りの打ち合わせなんかをしていく。
その際、ローデシア方面の情勢なんかも教えてくれるんだけど……
やっぱり、ローデシア王国は、だんだんと悪い方向に向かってるらしい。
政治に無関心となった火竜王。
宰相が罷免されたことで、機能を半ば喪失した行政府。
西部では、王族でもある宰相を擁立しようとする動きがあり、ユリシスにも接触してきている。
南部はもっと悪くて、もはや反乱前夜の雰囲気だとか。
こっちは、アトランティエに接触を図ってきたと、エレインくんから報告があった。
――完全に巻き込まれるパターンだこれ。
ユリシスとアトランティエ、両国の首脳がリアルタイムで連絡を取り合える状態でよかった。
これ、両国が別々の勢力に肩入れして、足並みをそろえずに介入してたら、泥沼の大惨事になってたとこだ。
まあ、そんな情勢なので、ユリシスの安定のためにも、私の守護女神就任は急務であり。
その準備が、万端整った……と、いつものようにふらっとやってきたインチキおじさんが、自信たっぷりに報告した。
「もう? 辺境の諸侯の人とかも来るんでしょ? かなり早くない?」
「ま、軍事国家ですからな。我が王と双璧が確たる名目をもって招集をかければ、こんなものです。事が事ですしな」
言われてみれば、ユリシスが割れかけてた原因は、守護神鮫アートマルグが死んだからだ。
その、本体とも言える神格が、ユリシスに戻ってきたとなれば、王国は十全の機能を発揮できるんだろう。
その速さはちょっと怖いものがあるけど、アトランティエ崩壊の折、ユリシスが異常な素早さで侵攻してきたことを思えば、納得もいく。
「儀式は明後日。ですが」
「わかってる。儀式は、神の島カピリオで行われる。だから、出発は明日……で、いいかな?」
「はい。よろしくお願いたします」
インチキおじさんは、胡散臭い微笑を浮かべて頭を下げた。
◆
と、いうわけで儀式当日。
私はみんなに先立って、一足先に、島に上陸した。
島とはいうけれど、見た目は完全に岩礁だ。
馬蹄型の岩礁は、ほとんど起伏もなく、ひたすらに平坦だ。
たぶん満潮になると全部沈んじゃうんじゃないかって思う。草とか全然生えてないし。
どこか生贄の祭壇――私がこの世界に流れ着いた場所に似ているけれど、あれよりははるかに大きい。
馬蹄型の島の屈曲部には、だだっ広い石畳と、要所要所に石柱が建てられていて、ここが神域だって示している。
石畳の中央に立って、外海を仰ぎ見る。
彼方には、無数の軍船。
その帆には、様々な紋章が描かれている。
中でもひときわ立派なのが、三つ鮫巴に十字剣――ユリシス王家の紋章が描かれた帆船だ。
両隣には、それぞれ左右の牙を意匠として持つ、王国の双璧――マクシムスとマルケルスの紋章。
準備は、整っている。
私は深く、息を吸い込んで……吼えた。
「――おおおおおおおおおおっ!」
それは、声というよりも咆哮。
神鮫アートマルグのそれに擬した、圧倒的な音の波動。
神域を、海を震わせるそれは、あっという間に船まで届き、船体を叩いた。
「――応!」
声とともに、太鼓が鳴らされる。
船が、一斉にこちらに向かって進み始めた。
船から弱い魔力を感じるのは、魔法で水の流れを作って船を進めているからだろうか。
船は、どんどん近づいて来る。
よく見ると、甲板の左右に4、5人ずつが並んで、太鼓に合わせて空中を漕いでいる。
一人じゃ船を動かすほどの魔法が使えないから、そうやって息を合わせてるんだろう。
――なるほどなあ。
感心していると、王様の船が、先頭を切って接岸した。
まっさきに船を降りたのは王様――ユリシス王ユミスだ。
豪奢なマントを靡かせて、ゆるやかに、こちらに歩いて来る。
続いて、牙の魔女トゥーシア、マルケルス家のマルグス――王国の双璧がその後ろに従う。
それから、諸侯や有力貴族とみえる者が、ファビアさんたちが、無数の戦士たちが、王様を先頭に、こちらに向かってくる。
まさしくそれは、行軍だった。
多少動きにばらつきはあるけど、たとえばアトランティエの近衛と比べれば、その練度は比較にならない。
軍事国家ユリシス。
その真骨頂とも言える行軍だ。
「――ユリシス王ユミス! 参集の声を聞き、盟約に従い、左右の軍を従えて参上した!」
私の目の前で、ぴたりと足を止めて、王様が声を張り上げる。
ふだんは優しい王様も、この時ばかりはさすがに凛々しい。
「この姿でも、変わらず応じてくれたこと、感謝します」
私はにこりと微笑んで、打ち合わせ通り言葉を返す。
「姿は変われど、声は変わらぬ。姿は変われど、力は変わらぬ……先日都を襲った魔獣を、その“軍勢”の権能にて退けたこと、我ら忘れておりませぬ」
王様は、両手を重ねて腕を挙げ、敬意を示す。
「――神鮫アートマルグとしての側面を持ち、また水の都の守護女神でもあらせられる我らが全能なる神、タツキ様! これからも守護の盟約は守られましょうや!」
「守る!」
「我らの牙となり、また我らを牙とする、その誓いも保たれましょうや!」
「堅持する!」
「我らの信頼は、変わらぬまま続きましょうや!」
「誓う!」
応えてから。
私は両手を舞わせて、宙に浮き上がる。
いまここにいる人間の半数以上が、まだ私の力を実際に目にしていない。
だから、示す。
千を越え、万を数える、私の“軍勢”を。
「――出ろ。我が“軍勢”よ!」
海が泡立つ。
馬蹄型の島の湾内から、昇竜のごとく。
鮫の大群が怒涛のように飛翔し、しぶきをあげて海に飛び込んでいく。
「おおっ!?」
歓喜の声が上がる。
波が収まると、湾内を埋め尽くすほどの鮫が、ユリシス軍と対峙するように、一糸乱れず整列している。
「このユリシスに、祝福あれ!」
声を上げる。
ごそりと、魔力が抜けていく。
これ、毎回あるけど、実際なにか御利益があるんだろうか。
まあ、エレインくんがこの前、魔獣の被害がかなり減ったとか言ってたから、それくらいの効果はあると思いたい。
「我らに勝利を! 女神タツキ様に栄光を!」
王様の声に続いて、全員が唱和する。
繰り返されるその声は、しだいに歓喜の怒号と化し、神の島カピリオを震わせる。
牙の魔女が、わずかに、ほんのわずかに口元を綻ばせた。
なにか好ましいものを思い返すような、そんな微笑だった。
次回更新10月2日20:00予定です。




