表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラゴンさんのお肉をたべたい  作者: 寛喜堂秀介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

75/125

その75 銀髪幼女の研究成果



 陋巷の魔女オールオール。

 水の都アトランティエの下町に、隠れるようにして住んでいる魔女。

 姿こそ幼い銀髪の娘だが、受け答えとか見てると、かなりババくさ――老成してる。


 アルミラの魔法の先生だったらしいけど、いまいち素性はわからない。

 悪い人じゃない、というか、アルミラに対してはひどく甘い。エレインくんに対しても、口だけは悪いけど、かなり甘いと思う。チンピラのホルクさんに関しては……まああれは自業自得か。


 私に対しては、常に敬意を払ってくれてるし、ユリシスでも、いろいろと助けてくれた。

 彼女がいなければ、牙の魔女との一件は、すくなくとも血を見ていただろう。


 そんな彼女は、ここ数日部屋に篭もりっぱなしである。

 とりあえずユリシスの情勢に目処がついたので、肩の荷が降りたのだろうか。

 時間が惜しいとばかり、自室で研究を再開させてしまった……のは、いいんだけど。



「実は、オールオール様は、ここ数日、食事もとられていないようなのです」



 侍女の不安を聞いたファビアさんが、「どうしましょう」と相談に来た。



「私も、ここ数日、百合っ娘――クラウディアさんに見つめられるだけで原因不明の寒気を覚えるんだけど、どうしよう」


「すみません。あの娘にはくれぐれも言い聞かせておきますので」



 ものすごく申し訳なさそうに頭を下げるファビアさん。

 いや、さすがに私をどうこうする気はなさそうなんだけど、視線がまじこわいです。







「と、いうわけで、オールオールちゃんの部屋に来たんだけど……」



 銀髪幼女の部屋の前に立って、すこし悩む。

 なんだか、あからさまに魔法の気配がする。しかも濃厚な。


 これ、本当に部屋に入っていいんだろうか。

 なにか精密な作業してる最中で、下手にノックとかしたりして、オールオールちゃんの集中を乱したりしたら、ヤバいことになったりしないだろうか。


 私自身は、どうやっても生きてる自信があるけど、さすがに屋敷丸ごと爆発とかされたら、みんなを守りきれないんだけど。



「……オールオール?」



 おそるおそる声をかける。

 返事はない。



「鍵は……空いてる」



 確認して、慎重に扉を開く。


 おそるおそる、中をのぞく。

 私が割り当てられた部屋より多少手狭だけど、造りとしては似てる。

 でも、ベッドにも、テーブルにも、窓辺にも、部屋のどこにも、オールオールちゃんの姿はなかった。



「……居ない? だったら、この魔力はどこから……?」



 つぶやいたけど、魔力の発生源はすぐにわかった。

 人が寝起きしたとも思えない、きれいすぎる部屋の中で、ただひとつ、ベッドの上に置かれている青い宝石。魔力は、そこから放たれてる。



「これは……私のネックレスと一緒?」



 胸元のネックレスについた宝石と見比べる。

 おなじ宝石っぽい。ということは、この異様な魔力の発生源は、そしてたぶん銀髪幼女も、宝石の中ってことだろう。



 ――中に入るべきか……いや、そもそも入れるのか。



 考え、迷ってると、ふいに魔力の質が変わった。

 荒々しく魔力が凪いで、静かな、それで居て力強いそれに変化している。


 そして。



「……やれやれ――けぺ」



 手に持つ青の宝石から、銀髪幼女がこぼれるように落ちて、変な声をあげた。







「えーと、ごめん」



 地面につっぷした幼女に、頭をかきながら謝る。



「いたたた……野良神様の仕業かい? 心臓が止まるかと思ったよ」



 腰をさすりながら、銀髪幼女はよっこいしょ、とベッドに腰をかける。



「ごめん、いきなり出てくるとは思わなくて。ずっと部屋から出てこないんで、侍女の人が心配してたから、様子を見に来たんだけど」


「そうかい……てことは、数日は潜りこんでたのかね? 心配かけてすまないね、集中すると時を忘れていけない……ほれ、野良神様よ、突っ立ってないで、お座りなされ」



 銀髪幼女はぽんぽん、と、ベッドの隣を叩く。

 その仕草は、年寄りのような口調に反して、あどけない童女みたいだ。



「よっ、と……それで、中でなにしてたの?」



 銀髪幼女の隣に座って、尋ねる。



「野良神様、あんた様の血を使った実験だよ」


「ってことは、扉から漏れてた魔力って、私の?」


「ああ、結界は張ってたはずなんだが、漏れてたかい……そうだよ」



 オールオールちゃんがうなずく。



「私の血で、なにをしようとしてたかって、聞いていい?」


「困ることじゃないからいいよ……あんた様の依頼に関わることだしね」


「依頼?」


「世界をまたいだ彼方にある、あんた様の故郷。そこへたどり着くための研究だよ――もっとも、いま調べてるのはその最初の一歩だけどね」


「最初の一歩?」


「この世界の人や、あるいは幻獣と、あんた様の違いを、

血液から調べてたんだよ」



 銀髪幼女は言った。

 どこか自信ありげだし、過去形ってことは、その調査結果はもう出てるってことかな。


 尋ねると、「うむ」と返事が返ってきた。



「まず、あたりまえだけど、あんた様は普通の人間じゃない。魔力への極めて高い親和性は、人の領域を軽く超え、この魔女オールオールですら比較にならない。幻獣か、あるいは神か……そういう存在だと実証された」


「え……私、元の世界では普通の人間だったんだけど」


「だとしても、野良神様よ、あんた様はまぎれもなく神か、それに類する存在だよ。しかも、この世界の」


「この世界の?」


「ああ、あんた様の血からは、この世界と異なる要素は見つからなかった。そちらの世界が、もともとこちらの世界と極めて似た性質を持っているのか、それとも後天的にそうなったのかはわからないけどね」



 銀髪幼女はそう説明した。


 それは、不思議な結論じゃない。

 ドラゴンまるごと食べてるし、その力で、貧弱な人間の体が全部更新されてても不思議じゃない。

 そもそも人の細胞って、どんどん生まれては死んでいって、数年がかりで入れ替わるって聞いたことがある。

 それが幻獣になった影響で、早くなってるのか、逆に不滅になってるのかはわからないけど、「元の世界の要素」は確実に減ってる。わからなくても仕方ない。



「つまり、元の世界への手がかりは、血からは見つからなかった?」


「期待させて申し訳なかったが、そういうことだね」



 まあ、もともと期待ってほど期待してたわけじゃなかったけど、どんどん望み薄になってくなあ。

 まあ、すでにいろいろしがらみもあるし、おいそれと帰るわけにもいかなくなっちゃってるけど。



「まあ、研究は続ける。そのなかで、新たな発見もあるかもしれない……だけど、ひとつ、副産物ができた」


「副産物?」



 私が首を傾けると、銀髪幼女は、懐からひとつ、赤黒い粒のようなものを取り出し、私の手に持たせた。



「……これは?」


「あんた様の血液――の魔力を、弱毒化したものさ」


「毒!? 私の血って毒なの!?」


「人間にとってはね。調べてみたが、並の竜種の推定で五倍は濃い魔力で満たされてる。魔女や勇者――いや、このあたしでさえ、口にしたってどうなるか知れたもんじゃない」



 まあ、ドラゴンとかフカヒレとか節操なく食べちゃってるしなあ。

 と、そんなことを考えてると、ふいに気づいた。



「オールオール。通常なら猛毒になる私の血を、弱毒化したってことは」


「その通り。こいつは、幻獣種の血を取り込み、隔絶した魔力を手に入れるであろう、あんたの“勇者”を、リスク無く作るための丸薬だよ……ただ――」


「これがあれば狂気の料理人ロザンさんはリスク無く食材の味見が出来るってこと!? ちょっとひとっ飛びアトランティエに行ってくる!」


「お待ち! ちょっとお待ち! 本気でお待ち! お願いだから落ち着いて話を聞いておくれ!」



 腰を浮かした私に、オールオールちゃんがあわてて取りすがる。


 なんで?

 早くしないと!

 急がないと!



「その丸薬は、馬鹿みたいに強力な勇者を作る! 人から――いや、この魔女オールオール、魔女にして勇者である牙の魔女トゥーシアすら相手にならない、人から外れた存在だよ!」



 さすがに聞き捨てにできない。

 動きを止めて、幼女の言葉に耳を傾ける。



「あたしは、生まれついて人の営みから外れた存在だ。しかし、まともな人の営みに、憧れのようなものはあった。後天的にそうなるのであれば、未練は強かろう。後悔もしよう。だから、その薬はよくよく考えて使わなくちゃいけないよ。あんただって、その薬を与えたいほど近しい人間に、恨まれたくはないだろう?」



 それは、ひどく実感のこもった言葉だった。

 すくなくとも、気軽に使っていいものじゃないことは、わかった。



「それを与えたい人間がいたなら、相手とよくよく話すことだね」



 そう言って。

 ふいに幼女のおなかが、くうと鳴った。



「何日も食べてないと、お腹が空いていけないねえ。野良神様よ、いっしょに食べようか」


「食べます!」



 照れ笑いを浮かべる優しい魔女の言葉に、私は勢いこんで手を挙げた。




次回更新30日20:00予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ