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ドラゴンさんのお肉をたべたい  作者: 寛喜堂秀介


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その73 とある怪物の話をしよう



 しばらく、沈黙が続いた。

 こう黙りこまれると、不安になってくる。



「……エレインくん?」


「失礼しました。それだけでは断定できませんが……聞いたところ、容姿は、非常に似ております」



 エレインくんが答える。

 その口ぶりからすると、まだ疑いのほうが強いって感じか。



「エレインくん。あんまり詮索するべきことじゃないと思って、聞いてこなかったけど」


「ええ。万が一、火竜王の妾があの女だったとすれば、手に入るはずだったアトランティエを奪った我々に、害意を抱く可能性もあります」



「だから」と、エレインくんは言う。



「――お話しましょう。あの女について」


「失礼」



 と、インチキおじさんが手を挙げた。



「席をはずしましょうかな? 他国の者には語りにくいところもおありでしょう」


「いや、マルグス殿。ご配慮かたじけないが、それにはおよばない。ローデシアの事情に通じているマルグス殿にも把握しておいて戴きたい」



 言って、エレインくんは、静かに語りだした。



「王太子である我が兄は……というより、我が一族は、お恥ずかしながら下半身がだらしない人間が多い。かくいうボクも、ご存じのように、父のそういった行いの結果生まれた人間です」



 そういえば、エレインくん妾腹だったっけ。

 しかも存在を公にしないために、神殿に預けられてたんだから、王様の行為は、あんまり表に出せない類のことだったんだろう。



「幸いか、不幸にしてか、私は王室に迎えられることになりましたが……それはともかく。あるとき兄が、新しい女にかまけていると耳にしたのが、事の始まりだった」



 ため息をついて、エレインくんは語る。



「ボクの……姉がわりのような人が、兄の婚約者でね。心情的にそちら寄りだったから、眉をひそめはしたが、遊びの範疇ならまあいいだろうと思っていた……だが」


「お兄さんは遊びじゃなく、本気になった、と」


「その通りです。気になってこっそり姿を見ましたが、これといって特徴のない、つまらない女だと思いました……正直、舐めていた。ただの街娘だ。兄も、そのうちきっちり遊びに始末をつけるだろうと、そう思っていた。そんな女が、兄を本気にさせた。日増しにのめり込んでいく兄に焦りを覚えた姉貴が、女に距離を置かせようとしたが、無駄だった。いや、あの女が、化物だった」


「化物?」


「……とにかく状況を自分に都合よく勘違いさせ、周りの人間を味方につけるのが異様に上手い。悪魔的だといっていい。おぞけが震う。王や王妃、貴族たち……姉貴に好意的だったなにもかもが、わずかな間にあの女の味方になってしまった」



 賢く、したたかで、計算高い。

 それが、アルミラが女を評した言葉だった。

 でもエレインくんの話を聞いてると、それすら過小評価じゃないかって思える。



「親しくしていた者たちに、つぎつぎに裏切られた姉貴は、誰も味方と思えなくなって、暴走のあげく、ついには罪人になった」


「それを、そうさせたのが、町娘だと? アルミラの行いを、町娘が利用したんじゃなくて」


「すべてを利用しきって、姉貴を悪人に仕立て上げた……もちろん、最後に決断したのは姉貴だ。だが、そうさせたのは間違いなくあの女だ。あの女は、わずか三月の間に、すべてをぶち壊してしまった」


「さ、三ヶ月で!?」



 おそろしい。

 いや、おぞましい、か。

 アルミラに聞いて、私が想像してたより、ずっと化物だ。

 エレインくんの言葉が正しいなら、街娘は、最初からアルミラの地位を奪うつもりだったってことだ。

 そのために、あらゆる手を使ってアルミラから選択肢を奪い、破滅の袋小路に押しやった。しかもわずか三ヶ月の間で。おぞましいまでの化物だ。



「……その、女の名前は?」



 たぶん、あれだけやらかした後なら、生きていたとしても別の名前を使ってるだろうけど、確認する。



「アニス。それが女の名前です」



 吐き捨てるように、エレインくんが言った。

 アルミラへの所業で嫌悪感があるせいか、嫌な響きだって思う。



「……マルグスさん、火竜王の妾の名は」


「名は別ですな。火竜王の妾は、オニキスを名乗っております」


「オニキス」



 つぶやいて、反芻する。

 特に心に引っかかるような名前じゃない。

 強いていえば偽名くさいが、それだけだ。不吉な予感を覚えたり、そんな感じはしない。


 もし彼女が町娘と同一人物なら、大っきらいな人間になるのは間違いないけど。



「なかなか、難しいね。すでに他国の王妃に収まってる以上、下手にちょっかいはかけられない……でも」


「相手が悪意を持って干渉してくる可能性は、十分以上にある、と……こう言ってはなんですが、ローデシアが乱れていて本当によかった。こちらに準備する余裕ができた」



 私の言葉を引きついで、エレインくんが安堵の息をついた。



「とはいえ、諜報にしろなんにしろ、こちらからの過大な動きは禁物ですな。逆にローデシアを結束させる結果になりかねない」



 難しい顔をして、インチキおじさんが口をはさむ。



「――諜報に関しては、貴国はあまり表だって動かれぬ方がよろしいでしょう。我が国にお任せあれ。なにご遠慮めされるな。同じ神を戴くことになる両国です。それに貴国を攻めた負い目もある。どうぞご遠慮なさらず」


「……わかった。両国間の合意には手心を加えよう。タツキ殿、我が使者に伝えておいてほしい。勇者ファビア殿をお返しするのに見返りはいらず、と」


「ははは! ご配慮いただきありがたい限りですな!」



 ふたりとも手拍子で話してるけど、どういうことなのか。

 静かなるファラオのポーズを取ってると、インチキおじさんがにっこりと笑顔で答える。



「要するに、わたくしは我が家の諜報力――ことにローデシアに関する情報の見返りに、ユリシス王国の利を引き出し、しかもマクシムス家と魔女のばあ様に貸しを作った、と、そういうわけですな!」


「まあ、国防に関わることですしね。両耳を潰されたようないまのわが国にとって、マルグス殿の情報網の価値は何物にも代えがたい。なら、正当な対価を払うのは当然です――いや、ここで正当な対価を払っとかないと後が怖い、と言うべきか」


「はっはっは」



 わかり合いすぎだ。

 もう結婚すればいいんじゃないかなこの二人。


 なんというか、あきれたみたいな目で見てると、インチキおじさんはこほん、と咳払いする。



「ともあれ……いまは女神殿を我らが神として戴く、その準備をせねばならぬときです」


「ええ。特に、ローデシアの長い手が火竜王の制御を離れるとなれば、どんな波乱が起こるか分からない。おたがい国内を引き締めて、諸侯の軽挙を許さぬよう、気をつけていきましょう――と、ユリシス王にお伝えください」


「ええ、我が聡明にして英邁なる主、ユリシス王であれば、統制に緩みなど生じさせないでしょう。ご安心を」



 二人はそう、会話を締めくくる。

 エレインくんは、私に別れのあいさつと、アルミラさんやみんなの近況を軽く伝えて、それから別れを告げた。


 通話を切って。



「――と、申し訳ありませんでしたな。国家の大事とはいえ神宝を長々とお借りしまして」


「大丈夫だよ。それよりもありがとう。私の予感だけで、確証とかないのに手伝ってくれて」


「火竜王の妾のことですかな? あれは大事になります。いまでも十分に大事ですが、ローデシアを二分、三分する大混乱になる危険をはらんでおります。早めに情報を掴んでおくに越したことはない」



 こほん、と咳払いして、インチキおじさんは胡散臭く微笑む。



「――なにより、これから我が王の神となられる方とは、仲良くしていきたいですからな」


「ありがとう。ユリシスも、まだ油断できない時が続いてる。この国のことを、よろしく」



 おたがい笑って、私たちはテーブル越しに握手した。



「ところで、甘くておいしい果実があるのですが……」



 ありがとうございます! おじさま大好き!


次回更新26日20:00予定です。

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