その72 情報を共有しよう
「ローデシアの事情、くわしく聞かせてくれるかな?」
「承知しましたよ。もっとも、ここ数ヵ月でローデシアは激変している。いまからお話しする事情については、5から10日前のそれで、現在は更に変化していると、まずご承知置きあれ」
前置きして、インチキおじさんは話しだした。
「ここよりはるか東。ローダ平原を支配するローデシア。その支配体制は、商業的なつながりによって諸都市をゆるやかに支配するアトランティエ。軍政一体、左右両軍の長が大臣を兼ねて国政に携わるこのユリシスとは、また違います」
「というと?」
「ローデシアは、鍛冶・冶金技術――ことに、魔獣の加工に関して、突出した技術を有しております。その技術は王室によって保護され、研究、発展のために相当の力がそそがれております。そして、その技術を背景に、魔獣の素材によって武装した火竜騎士団、そして火竜フラムの武威により、地方諸都市と幻獣を二重に支配する。西部諸邦でもっとも古く、もっとも王権が強い。ローデシアはそんな国でした」
火竜!?
……いや、いまだいじなはなしだ。じちょうだ。
「……でした? ……過去形?」
「ええ。闘争心旺盛だった火竜フラムも、齢を重ねるとともにその覇気を失い、また、王の統治にも、タガが緩み始めている――今回の一件によって、ね」
インチキおじさんが説明する。
老齢か。お肉硬そう――じゃない。
煩悩を振り払う私に、いぶかしむような表情を浮かべて、インチキおじさんは説明を続ける。
「ローデシアの国王――あちらでは火竜王と呼び習わしておりますが――が狂ったのは、ほんの二ヶ月ほど前のことです」
「二ヶ月?」
すごく短い。
というか、時期的にはアトランティエであの事件が起こってから、しばらく後だ。そのことに、すっごく嫌な予感がする。
「火竜王は、どこで見つけてきたのか、一人の女を妾として拾い上げました……まあ、火竜王も少壮。それ自体はおかしなことではありませんが、少々度を外していた。妾に与えた部屋に篭もり、政務の席にも出ない始末。かの国の宰相というのが、うちのばあ様とおなじく、年をとることを忘れたような女性で、これがまた厄介なお方なんですがね……再三の諌言も聞き入れられず、領地に帰され蟄居させられたらしい」
「……なるほど」
「それで、王妃様――この方は、たしか南部の有力諸侯の出だったと記憶しております――が、火竜王を諌めるも聞き入れられず、やむをえず妾を排除する動きに出た。それを火竜王が察知し、捕縛、処刑に至ったのが、わずか半月前でしてな。当然南部は不穏化、加えて蟄居させられていた宰相……この方も、数代前の王族なんですが、彼女が篭もる西部も不穏に。それでも火竜王は動かず、妾を王妃につけて政務を顧みない始末」
「だめだめな……」
「ダメダメですな! 我が王と違って! 我が王と違って!」
「や、うん。まあそうだよね」
インチキおじさんのテンションに、ちょっと引き気味になりながら、答える。
話を聞くと、経緯やらなにやら、いろいろ違う気もする。
でも、起こった時期の符合が、やっぱり気にかかる。
「マルグスさん、ちょっといまアトランティエと連絡とりたいんだけど、いい?」
「いま? なにか手段がおありで?」
「うん。こっちでひと段落つくまではって思ってたけど、確認したいことが出来たんだ」
首輪から、羽根細工を取り出し、魔力を通す。
“音”を権能とするライムングの神鳥ドルドゥの羽根を加工したものだ。魔力を通すだけで相手と繋がるすぐれものだ。
「アルミラ? 聞こえる、アルミラ?」
「……はい。お元気そうでなによりですわ。タツキさん」
呼びかけると、声が返ってくる。
アルミラさんの声だ。懐かしい。
「ありがとう。私もひさしぶりに声が聞けてうれしいよ……元気?」
「はい。こちらは何事もなく。そちらでなにかあったんですの?」
「いや、こっちも大丈夫……だったんだけど、ちょっと聞きたいことが出来たんだ。エレインくんと話したいんだけど、ちょっと代わってくれないかな?」
「わかりました! 少々お待ち下さいまし!」
と、そこで一旦声が途絶えた。
正面で見ていたインチキおじさんが、小さい歓声を上げる。
「便利なものですな……相手はどなたかお聞きしてもよろしいですかな?」
「アルミラさん。私の友達だよ。エレインくん――アトランティエ王の姉貴分みたいな感じの人」
「ふむ。アトランティエの情報はばあ様が握ってるので、それほどくわしくはないのですが……姉貴分?」
「えーと、エレインくんは庶子で、神殿に預けられてたんだけど、その時に年上の姉がわりしてた人」
「なるほど……ところで、我が王もユミスたんとか呼んでくださいませんかな? 向こうの王だけ親しげなのは妙に癪に障ります」
「いや、エレインくんまだ14なんだけど……まあ、じゃあ、ユミスさんで」
めんどくさい人だなつくづく!
と、そんなやりとりをしてると、エレインくんに繋がった。
「代わりました。エレインです。急ぎの御用とのことですが……なにをやってしまったんですか?」
エレインくんの信用がつらい。
「なにもしてないよ! どこにも迷惑かけてないよたぶん!」
「たぶん……?」
「あーごめん、いま立場ややこしいから、ユリシスの偉いさんに代わるよ――マルグスさん、話せるとこだけ話して」
言って、私は通信用の羽根を、インチキおじさんに渡す。
なんというか、伝えていいことと悪いことを、身内のエレインくん相手に考えるのは、めんどくさいし後ろめたい。
「よいのですかな? 変に義理立てせずとも、話して困ることは特段ありませんが――アトランティエ王、初めてお声を拝しましたな。ユリシスが一の牙、左軍の長にして左の相、マルグス・マルケルスと申します」
インチキおじさんに、なんだかすっごい肩書がくっついた。
いや、もともとなんだろうけど。
「おお、高名なユリシス王国の双璧の……はじめて声を聞かせてもらう。アトランティエ王エレインだ。早速だが、話を聞かせてもらってもいいかな?」
「その前に。王の周りに侍る方はおられますかな? できればお人払いを」
「安心しろ。周りに居るのは、最初に応答した娘――女神タツキ殿の巫女だけだ」
「……ふむ。では、お話させていただきましょう」
と、ちょろんとしたヒゲを弄りながら、インチキおじさんは丁寧に説明し始める。
アートマルグを欠いたユリシス王国が、分裂の危機を孕んでいたこと。
やってきた私たちに、もう一人の双璧――牙の魔女トゥーシアが自殺的な決闘を挑んできたこと。
それを私が説得し(正確にはファビアさんがだけど)、さらには突如起こった魔獣の襲来まで防いだこと。
その際、私がアートマルグの権能を使ったことで、ユリシスにおいて私とアートマルグが同一視され始めたこと。
さらには、私を真なるアートマルグとしてユリシス王国の守護神獣に迎える準備をしているところだということまで、すべて話してしまった。
「……」
羽根のむこうは沈黙してる。
きっとあきれてるんだろう。
アルミラさんあたりは、「さすがすぎますわ……」とかあきれ交じりに言ってきそうなものだけど、一応他国の偉いさんの前だから自重してるみたいだ。
「……そちらの事情は了解した。こちらも貴国から近い領主諸王の動きを抑えておく。大事な時期だ。意図せぬ衝突は避けたい。そちらからも、くれぐれも注意を」
「そちらはマクシムス家の領分ですが……徹底させましょう」
……
「ところで、そろそろ女神殿がみょうな格好で話を聞き流しているころだと思うが……」
ばれた!?
ファラオのポーズを解除する。
聞いてなかったわけじゃないんです。
でも難しい話になると習慣的にやっちゃうんです。
心の中で弁解してると、エレインくんが声をかけてきた。
「タツキ殿、連絡痛み入ります。これで北の新参諸侯の抑えを利かせやすくなりました。ですが……察するに、これとは別の報告があるように思いますが、いかがでしょうか?」
本題寄越せ、とばかりに言ってくる。
あ、やっぱりわかるんだ。
「うん。聞きたいこと――というか、確認したいことなんだけど……ごめん、アルミラ。いまからの話は、もっと重要になるから、話していいかどうかは、エレインくんに判断してもらう。いいかな?」
「……国同士の大事な話ですものね……承知いたしました」
ああっ!? アルミラさんがしょぼんとしてる!
違うんです! 話によっては、アルミラさんの古傷抉るような話になりそうだから遠慮してもらっただけなんです! 弁解を! 弁解の機会を!
心の中で叫ぶけど、通じるわけがない。
ユリシスとアトランティエの距離がうらめしい。
「――さて、人払いも済みました。タツキ殿、話をお聞かせいただけますか?」
「そうだね、じゃあ、聞きたい。エレインくん、ローデシア――あの火と鉄の国の動向について、なにか掴んでる?」
「……他国の者の手前、お恥ずかしい話ですが、王都崩壊の折、あちらへの手筋はすべて失われました。国内の事を優先して、他国にまで手が回っていない、というのが正直なところです」
まあ、王族から重臣から一切合財吹っ飛んじゃったもんね。
仕方ないっちゃ仕方ないか。
「――ですが、青の都市ライムングから、先だって報告がありました。ローデシアが深刻な内乱の危機にあると」
「ニワトリさん家から? 事情の方は?」
「報告を受けて、おおよそ把握しております。もちろん精度に関しては、ユリシス王国に及びもつかないでしょうが」
「なら話は早い。そう遠くない二つの国で、ほとんど連続して似たような事態が起こってる。この二つは関係してると思う?」
尋ねると、エレインくんは、しばし、沈黙して。
「……関係しているとすれば、もっとも可能性の高いのは、ユリシス王国による計略、ですが……それはあり得ない」
ユリシス王国の関与を、明確に否定した。
「あり得ない? なんで?」
「ユリシスの方――それも双璧の一角を前にして話すことではありませんが、ユリシス王国は、南方方面と東方方面で担当を異にしております。国を挙げての戦略にも、担当する将の裁量が非常に大きく関わってくる。そんな性格ですから、アトランティエとローデシア、両国に同じ計略を仕掛けること自体、不自然極まりない」
エレインくんは断言する。
まあ、牙の魔女さんとかこういう計略苦手そうだしね。
「しかも計略としては不確実に過ぎる。送りこんだ女に、明確に国を乱す意図があったとしても、一国の王がそれを容れるものですか? もちろん、敵の動きに重しをかける程度のことは期待できましょうが、ばれたときのリスクを考えれば……まるで割に合わない。博打の類だと言い切っていい。だからといって可能性を否定するわけじゃありませんが……と、これはユリシスの方を前に言うことではありませんな」
「おかまいなく。わたくしどもの誠意と能力を正しく評価いただき、いや、ありがたい限りですな!」
インチキおじさんが答えた。
ツーカーで分かりあってる風なのに、すっごく嫌そうだ。
「……とまあ、そんなわけで、両国の似たような事件に関しては、偶然の一致だろうと思っているのですが」
と、エレインくんは結論づけた。
そう明快に否定されると、そんな気がしてくるけど。
「うーん……じゃあ、二つの国に関わってる女が同一人物だって可能性、ある?」
「それこそまさかです。タツキ殿も見たでしょう? 王宮や神殿のあの惨状を。八つ当たりであれです。神竜アトランティエの怒りに直接触れたあの女が、生きているわけがない……ですが、どんな可能性も考慮から外すべきではない、というのはわかります――マルグス殿、女の容姿は、掴んでおいでか?」
変な予測してる私に気を使ったのか、エレインくんは私のメンツを立てながら、インチキおじさんに話を振る。
「そうですな。あちらより、話は聞いております……一国の王がのめり込むとも思えない、特徴のない美女だという話ですが……ただ一点、瞳の色が、黒炭のごとき漆黒だったと、それが印象に残った、と」
その、返答に。
エレインくんの絶句する気配が、羽根越しに伝わってきた。
次回更新24日20:00予定です。




