その71 インチキおじさんとお茶しよう
「あー。つーかーれーたー」
お偉方を交えた会議が無事終わった後、部屋に戻った私は、ベッドの上に倒れ込んだ。
べつに肉体的に疲れてるわけじゃないんだけど、精神的にはすっごく疲れた。国に関わる重要な案件だったし。
うなー、とベッドのふかふかさを堪能する。
扉を閉めてなかったことに気づいたけど、遅い。
すぐに侍女さんが閉めてくれるだろうと思って、そのままにしてたのが悪かったんだろう。
「はっはっは! お疲れですかな女神様! 気分が落ち着く香草茶を用意いたしましたが、ごいっしょにどうですかな?」
インチキおじさんことマルグス・マルケルスの襲来を許してしまった。
びくっとなって扉の方を見ると、インチキおじさんは、胡散臭い鼻歌を歌いながら、テーブルの上に、勝手にティーセットを広げはじめた。
「……いや、その疲れの三分の一くらいは、キミが原因なんだけど」
「はっはっは! そんなにつれないことをおっしゃらず。女神様とは話が合いそうなので、ぜひともごいっしょに」
「押し強いね……まあいいけど」
よっ、と起き上がって、すっかり優雅な空間と化したテーブルを挟み、インチキおじさんの正面の席に座る。
「……話が合いそうっていうけど、私はあくまでエレインくん――アトランティエ王の視点を借りてるだけで、私自身は政治とかぜんぜんダメな感じだからね?」
「おや、そうでしたか……となると、アトランティエの王とは相いれなさそうですな! はっはっは!」
「相いれないの?」
「そりゃあそうでしょう。わたくしと話が合うような胡散臭い人間が王様なんですよ? 好感など持てるはずがない!」
「極めて正確な自己分析だ!?」
なんというか、めんどくさいなこの人!
「はっはっは――と、頃合いですな。お茶をお淹れいたしましょう」
「あ、ありがとう?」
インチキおじさんだ。
初対面からそう思ってたけど、このおじさんすっごくインチキくさい。
目を眇めながら、淹れてもらった香草茶に口をつける。
口の中に、えもいえぬ……苦みが広がった。
「……にがい」
「はっはっは、高山に生える魔力を帯びた仙草です。魔力回復にいいですよ? ささ、もう一杯どうぞ」
「あ、ありがとう……でもこれすっごく苦いから」
「よろしければわたくしの分もどうぞ」
「自分でも飲みたくないくらい苦いものをなんで恥ずかしげもなく勧めるの!?」
「……体にはいいのですよ?」
「せめて自分の分は飲もうよ」
ほんのちょっとずつだけど、しっかり魔力は回復してるので、苦いのを我慢しながら、舐めるように飲む。
「はっはっは、女神様、我が王にはそのけしからん姿を絶対にお見せしてはいけませんぞ。我が王の教育に悪いですからな」
「私のどこがけしからんと!? というか教育に悪いとか、二十半ばの王様に言う言葉じゃないよね!?」
「なにをおっしゃる! 我が王は最高に純粋で純朴で気高く優しく誇り高いお方ですぞ! このわたくしがお守りして差し上げなくてどうするというのですか!」
うわあ、めっちゃいい笑顔だ。
なんというか、心理的には2、3光年ほど距離を置きたいんだけど、これから厄介になる国の国政に携わる、しかも有能っぽい人だってのが厄介極まりない。
ぺろぺろと香草茶を舐めながら、ジト目でみてると、インチキおじさんは「おっとすみません」と香草茶のお代わりを注ごうとする。違うそうじゃない。
「……女神様は」
と、インチキおじさんは笑顔のまま、口を開く。
「女神様は、今回の魔獣襲来について、どう思われますかな?」
いきなり問われて戸惑ったけど、これが本題か。
というか、こういう問い方をするってことは。
「牙の魔女さんは、魔獣の襲来が最近多いって言ってたけど、今回のことは、それにしても異常なの?」
「ですな。あの規模の魔獣襲来が何度もあれば、この都は今ごろ平らになっているでしょう」
「だったら、この襲来には、裏で手を引いた存在がいるってこと?」
「大正解! お見事ですな! あの魔獣。あれほどの数がこのユリシス近縁に存在していた、などということはあり得ない。漁獲量に変化はなく、船の被害も目撃証言もない。どこからか移動してきたとしか思えない。それも、王都に向けて、一直線に」
インチキおじさんの言葉は示唆的だ。
「誰かが半魚人を生息地から追ったか、煽って攻めさせたか……あるいは、“軍勢”みたいに、権能による産物か? というか私も容疑者に入ってる感じ?」
「とと、これは参った。まさか自らおっしゃっていただけるとは」
「言っとくけど、私じゃないよ」
「わかっておりますとも。可能性のひとつとして排除しきれない、程度のことでした。それも、いまここで言葉に出してお伝えいただいて、霧消いたしましたが」
まあ、生態として嘘がつけないもんね。
私の場合性格上の問題な気がするけど。
「なら。私じゃないなら、ほかに目星をつけてる人がいるの?」
「ええ……ところで牙の魔女のばあ様を棟梁とするマクシムス家が外征、外交において南方――アトランティエを担当しておりますように、我がマルケルス家は東方――ローデシアを担当しておりましてな。あちらの事情には、かなりくわしい」
あ、私や使者さんがマクシムス家の屋敷に厄介になってるのは、そんな理由があったのか。
てのはさておき、聞いた名前が出てきた。
西部諸邦の三大国家、最後のひとつ、火と鉄の国ローデシア。
商業立国のアトランティエ。軍事立国のユリシス。最後のローデシアは、工業立国、らしいけど。
「あの火と鉄の国が、長い手を持つかの覇権主義国家が、いまの我が国に干渉してこないはずがない。その一点に置いて、信用できる」
エレインくんも似たような事言ってたか。
信用できない点に置いて信用できるってのは、皮肉な話だ。
「確証はないが、断定しても間違いはないでしょう。ですが、これは異常事態でもあるのです」
「どういうこと?」
「ローデシアは……いや、ローデシア王は、いまそれどころではないはずです。ですので、これはローデシアの有力諸侯の独断と考えてよろしいかと」
「……どういうこと?」
インチキおじさんの言葉に、首を傾ける。
「ローデシアは、いま、タガが緩んでおります……ほかならぬローデシア王が、王妃を処刑し、素性の知れぬ愛人を妻としたことに端を発する混乱で」
「……え?」
思わず声をあげた。
それは。
どこかで聞いたことのあるような話だった。
次回更新22日20:00予定です。




