その70 ユリシスを守ろう
場所は、あてがわれた屋敷の密談用の部屋。
狭い室内に詰め込むようにして、ユリシス王国の要人が並んでいる。
ユリシス王ユミス。
マクシムス家統領トゥーシア。
そしてマルケルス家当主マルグス。
王国のかじ取りに不可欠と教えられた三人だ。
マルグスさんとは、初めて会う。
柔和な笑みをたたえた、ちょろんとしたアゴ髭をたくわえた美丈夫。
クラウディアさんのお父さん、と言われて納得できる男前なオジサマだ。ちょっと胡散臭げなのが素敵。
で、こんなメンツがなんでうちの屋敷に来てるのかって言うと。
「女神様を我が国の守護神獣としてお迎えするために、余は余でいろいろと根回ししていたのだが……とんだ事態になりました」
王様がため息をつく。
とんだ事態ってのは、あれだ。
“軍勢”の権能を使ったせいで、私とフカヒレさんが同一視されてる件。
戦闘が終わった後、屋敷に戻ると、そこからでも見えてたんだろう。マクシムス家の人たちも、私のことをフカヒレさんあつかいしだした。
なんというか、ヤバさしか感じないので、とりあえず使者さんに言って王様と連絡をとると、マルケルス家の当主といっしょにすっ飛んできたのだ。
「そんなにヤバイの?」
「ヤバくはありません。新たな守護神獣を迎えることに反感を覚えていた者も、女神様と神鮫アートマルグがおなじ存在だった、というのなら、納得します」
「じゃあ、結果オーライ?」
「余は、女神様を神鮫とは別の、新たな守護女神だと明かし、ともに信頼を積み重ねていくことこそが本道だと思っております。神鮫への信仰を、いわばかすめ取る形でその座に着けば、どこかでひずみが生じましょう。余は、それがいずれユリシスに致命的な問題をもたらすのでは、と危惧しております」
なんというか、エレインくんとは別のタイプだけど、いい王様だなあって思う。
エレインくんなら、きっと喜んで状況に乗っかって、利益を最大化しようとする。
そういうズルさって王様には必要だと思うけど、彼のように地に足がついた誠実さは、かなり好感が持てる。
「さぁすが我が王でありますな!」
と、マルグスさんが胡散臭く声を挙げた。インチキおじさんだ。
「王道であり正道! 王とはかくあるべし、とその身で体現してらっしゃる! ですが、事態はすでに動いた。民の間で固まってしまったイメージというのは、覆しがたい! となると、やはりこの大いなる誤解を利用するべきではないかと、わたくしなどは愚考する次第であります!」
王様のあり方を肯定しながら、意見すべきは意見してる。
ちょっと押しが強そうだけど、王様とは相性がよさそうな感じだ。
いや、王様が優しいから、あえてそういうスタンスで居るだけかもしれないけど。
なにしろ、情の深さで知られる家の当主だ。
そして百合っ娘のパパだ。一見理性的に見えても、怒らせるとアレな感じになるに違いない。たぶん禁句は王様を軽んじる言葉。気をつけとこう。
「ここは、牙の魔女様にも意見をたまわりたいところでありますが――どうですかな?」
と、インチキおじさんが牙の魔女に視線を向ける。
死んだ魚のような目をした少女は、ぎょろりと視線を男に返した。
「敗者に問うな」
ただ一言、返して、牙の魔女は視線を戻す。
「……強いて意見を求めるのであれば、そこの女神の意が我が意だ。それでよい」
「おやおや、困ったばあ様だ。年甲斐もなく拗ねている暇があれば、国のために助力のひとつもいただきたいところですが……女神様のおかげをもって、敵対せずに済んだことを得としておきましょうかな?」
おお……トゥーシアさんをばあ様呼ばわりとは命知らずな。
まあ、中年の彼が幼い子供の時から、彼女はかわらず在ったんだろうし、自然とそんな認識になるのかもしれない。
でも中年のおじさんが見た目中学生な彼女をばあ様呼ばわりする図は、ちょっとアレな感じです。
「しかし、女神様もお見事ですな! 肉体は滅びようとも心は折れぬものと思っておりました牙の魔女に、敗北を認めさせるとは!」
「勝ったのはファビアさんだよ。私じゃない。私はほんのちょっとお手伝いしただけ」
「それは……我が娘クラウディアも人を見る目がある、と言うべきですかな? とはいえ、ばあ様、老いては子に背負われる、というものだが、なかなか立派な娘ではないですか」
「……ふん」
インチキおじさんの言葉に、牙の魔女は鼻を鳴らす。
口の端が、ほんのわずか、綻んでる気がする。ちょっとかわいい。
「ま、ともあれ……」
インチキおじさんは、苦笑交じりの息をつくと、私に視線を向ける。
「――ばあ様が自らの意見を預けられるというならば、ひとつ聞いてみたいものですな。女神様、貴女様のご意志を」
おっと、こっちに来た。
「三人の間で意見がまとまったら、それに従おうって思ってたんだけど……それじゃ貴方は満足しないよね?」
「ええ。我々が貴女様を守護神獣として戴くにあたって、常につきまとう不安というものがあります。我々が神として戴く方は、どんなお方なのか、いったい何者なのか。先だっての魔獣襲来の一件で、女神様はその片鱗をお見せになりました。願わくば、そのご意志を、常にお示し続けていただければ大変ありがたい」
インチキおじさんは、そう言って胡散臭く頭を下げた。
まあ、その通りだ。
私は他国の守護神獣である。
しかもユリシスの人から見れば、自国の守護神獣を殺した敵だ。
そんなやつが、「お宅が割れるとこっちも迷惑被るし、よければお宅を守ってあげるよ」なんて言ってきたのだ。胡散臭いことこの上ない。
私がどんな人間か示す意味でも、言葉を伝え、動き続けるべきだってことだ。
この状況で意見言うの、最高に責任重くて腰が引けるけど。
三人の視線が集まる中で、ゆっくりと口を開く。
「……私は、ユリシスの実態を、まだ知らない。こちらに来て数日で、まだ好みの飯屋を探したり、屋台を冷やかしたりもしてない。だから、ユリシスの人たちの人柄とかは、会った人たちで判断するしかないんだけど……極端な人が多いなあ」
自分で言って、思わず苦笑する。
ファビアさん、百合っ娘、王様、牙の魔女、インチキおじさん。問答無用に濃いメンツだ。
「――まあ、ユリシスの人の心は、これから知っていこうって思う。だから、いまは一般論で言わせてもらうけど……正直、アートマルグが私の化身だったって誤解を解くの、手遅れっぽくない?」
「……ですな」
同意見だったインチキおじさんがうなずく。
実際、すでに誤解が生じてしまった現状だと、まずそれを否定することから始める王様の意見は、あんまり現実的じゃないというか、それだけで年単位の時間がかかりそうだって思う。
「だからといって、仕方ない、で済ますのも良くはないけど……みんなに誤解させた罪から目をそらさず、それでも事を進めていくべきじゃないかって思うんだ。私は」
言うべきことは言った。
なんというか、一仕事終えたような充実感がある。このままファラオのポーズで引きさがりたいけど、エレインくんみたいに冗談通じるほど仲良くなってないので、まだ自重。
「……ふむ」
と、インチキおじさんは私の言葉を咀嚼する。
「――王道ではなく、どちらかといえば覇道の考えですな。さりとてその弊害をわかっていないわけではない……人の姿をした幻獣というのも、なかなか考えものですな。人の心に寄り添えるだけ、その在り方は神よりも王に近い」
「いやいや、王様になり変わる気とかないからね? というか求められれば意見は言うし、国を守るためならいろいろ働く気はあるけど、本来は三食昼寝つきでぐうたらしたい程度の人だからね私?」
インチキおじさんが胡散臭く目にあぶない光を宿し始めたので、あわてて自己弁護する。
さすがに、アトランティエに迷惑かけなかったら勝手にやっていいよ、とは、いまはもう思ってない。
そのあたり、ファビアさんのユリシス王国への情熱に当てられたんだと思う。王様とかもいい人だし。
「……わかりました」
王様が口を開いた。
いままでずっと考えてる様子だったけど、その目には決意の光が宿っている。
「お二人の意見が一致し、それをトゥーシア様が支持されるのであれば、民を欺く罪は、余が背負おう――マルグス殿、女神様をお迎えする、その手配を任せる。トゥーシア様は、引き続き女神様をお預かりください」
はっきりとした言葉で、ユリシス王ユミスは命を下す。
インチキおじさんは喜ばしげに、牙の魔女は淡々と、承知の言葉を口にした。
そして、王様は最後に私に向かって頭を下げる。
「女神様、この国を、お守りください」
「うん。キミが、優しい王様で在り続けてくれるなら、喜んで」
私はうなずいた。微笑みが、自然と浮かんできた。
次回更新20日20:00予定です。




