その67 ファビアさんと話してみよう
夜。
食事を終えて部屋に戻り、ベッドに寝転がる。
そのままうだうだと考え事をしていると、ファビアさんが部屋を訪ねてきた。
「失礼いたします」
そう言って入ってきた少女を、あらためて見つめる。
年のころは二十歳前。
麦わらみたいなボサボサの金髪に、空色の瞳。
凛々しく整った顔立ちは、母である牙の魔女トゥーシアを成長させたような姿だ。
目は、生きてる。
わりと長い間死んでた気がするけど、このどうしようもない状況になって、彼女の瞳は、強い意志の光をとり戻していた。
「ファビアさん、どうしたの?」
「すみません。わたしは……ダメですね。母について、いろいろと考えるのですが、どうにも頭が悪くて」
ファビアさんは、そう言って麦わら頭をかく。
「女神様とお話すれば、すこしは考えがまとまるかと……夜分申し訳ありませんけれど」
「いいよ。私も別に頭はよくないけど、お話してたら、なにかいい案が出てくるかもしれないし――さ、そんなとこに立ってないで、椅子にでも座って座って」
ベッドから起き上がると、私は着席をうながした。
正直、私も考えに詰まってたとこだし、ありがたい。
部屋には、丸テーブルと椅子が据えつけられている。
おたがい、向かい合う形で座って、ついでに侍女さんに声をかけて、お茶を持ってきてもらう。
あたたかい香草茶に口をつけて、一息。
それから、尋ねる。
「ファビアさんにとって、お母さんってどんな人?」
「厳しい方でした」
カップを包むように支えて、ファビアさんは、しみじみと答えた。
「勇者としての資質を持って生まれた私は、母の手で、幼いころから戦士として育てられました。その頃から、思えば母の笑顔を見た記憶はありません」
話から想像できるのは、厳しい師のごとき母親像。
だけど、彼女はどこか懐かしむように、言葉を続ける。
「――ですが、母はけっして情がないわけではありません。あのような無表情ですので、勘違いされることも多いですが……わたしは、母に愛されて育てられたと、そう感じております」
彼女の声には、どこか確信が感じられる。
まあ、それを正しいと思うには、彼女の言葉だけでは、弱い。
香草茶にひと口つけて、息をつく。
ファビアさんもそれに倣った。
「……でも、それなら――娘への愛があるなら、なんでアトランティエから無事に帰って来たファビアさんを、殺そうとしたんだろう?」
「その理由がわかったら……母の心がすべて読めるなら、わたしもこれほど気が塞いでおりません」
ファビアさんが微笑を浮かべる。
苦笑とも自嘲ともつかない笑みだ。
「――ですが。わたしは戦士として生き恥をさらしている身です。介錯してやるのも、愛というものかもしれません」
「生きていることが恥だなんて思わない」
思わず反論した。
ファビアさんの考え方は、この世界の貴族としても、戦士としても、おかしいものじゃないんだと思う。
だけど、それをそうですか、とうなずきたくはない。そんな理屈で、身の回りの人間が奪われるなんて、我慢できない。
だから、言う。
「たとえファビアさんが、おめおめと生きている自分を許せなくても、私はファビアさんに生きていてほしいと思う。キミの妹分の娘も、きっとそう思ってる。だったら――他人に望まれるなら、キミは胸を張って生きていていい。私は、そう思う」
「女神様……ありがたきお言葉ですが――」
「そして、キミが生きていてほしいと望むなら、キミのお母さんも、やっぱり生きていてくれなきゃダメだ」
「女神様……」
ファビアさんは、まだ納得していない。
そりゃあそうだろう。
ファビアさんも、牙の魔女も、戦士だ。
自分と他人、双方の命を軽んじ、命を惜しむ戦士を蔑む。
そういう世界で生きてきた人間に、おためごかしに「命を大切に」なんて言っても、心に響くわけがない。
でも、心は通じる。
母親から笑顔を向けられたことのないファビアさんが、母の愛情を疑わないように。
だから、心を込めて言う。「生きて欲しい」と。
しばし、時だけが流れる。
ファビアさんは、私の思いを噛みしめているようだった。
「……わたしは、死ぬことを封じられた身です。ですが、死を封じられておらずとも、いまのわたしは生きようと思っています。この、ユリシス王国のために、わが身の恥に耐えて、成すべきことがある、と思っております」
「トゥーシアさんも……そう思ってくれないかな?」
「正直、わたしにとってのユリシスは、いま、ここにある人であり、国です。神鮫アートマルグ様亡きあとも、それは変わりません。ですが……そうですね。ひょっとして、母上にとっては、アートマルグ様こそ、最後のユリシスだったのかもしれません」
「だとしたら……やっぱりキミのお母さんは、ユリシスといっしょに死にたいんだろうか」
「失われたユリシスへの思いを、女神様のお体に刻んで、そして殉死したい……ああ、それは、すこし共感できます」
ファビアさんがうなずいた。
これが、わりと正解に近いのかもしれない。
でも、と、思い返す。
まだ疑問は残っている。
牙の魔女トゥーシアの、娘への態度は、あまりにも酷だった。
ファビアさんが言うように、彼女が娘を愛してるというのなら、そこが無性に引っ掛かる。
「……女神様。わたしは母の行いを、武人らしい潔さだと思います」
ファビアさんが、おもむろに口を開く。
その表情は、淡い痛みを伴っているようで。絞り出す言葉は、どこか切なげだ。
「――ですが、同時に、耐えがたくもあります。たとえ縁を切られても、たとえ感情表現が苦手でも、母は、母なりに私のことを愛してくださいました。そんな母に、わたしは死んでほしくない。これからの……あたらしいユリシスで、生きていて欲しい」
切々と、ファビアさんは説く。
それは、彼女の勘違いかもしれない。思い込みかもしれない。
だけど、ファビアさんが、お母さんのことが好きだってことは、伝わってきた。
「女神様。必要ならばこの身を捧げます。ですから、どうか、母をお救いください」
言って、静かに。
ファビアさんは頭を下げた。
そんな彼女に、私は「まかせて」と胸を張る。
武人として言いにくい言葉を、彼女ははっきり口にしてくれた。
なにより私を頼ってくれた。なら、なんとしても聞き届けなきゃいけない。
「なら、手伝ってくれないかな? キミがそう思ってくれてるのなら、キミが身を捧げるつもりでやってくれるなら、言葉はきっと彼女の心に届く」
「女神様……」
潤んだ瞳で、ファビアさんは私に感謝の態度を示す。
「がるがるがるがる……」
扉の外から百合っ娘の怨嗟の声が聞こえてくる気がするけど、ファビアさんを百合的な意味でどうこうする気はないので落ち着いてください。
しばらく執筆出来なくなりますので、次回更新14日20:00とさせていただきます。
すこし間があきますが、お待ちいただければ幸いです。




