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ドラゴンさんのお肉をたべたい  作者: 寛喜堂秀介


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その66 ファビアさん家の複雑な事情



「母上……」



 ファビアさんが声を落とす。

 その視線は、去っていった母の名残を求めるように、虚空に留まっている。


 顔色は、蒼白だ。

 かなりショックっぽい。あたり前だけど。



「お姉さま……お気をたしかに」



 心配だけど、百合っ娘がそばで励ましてくれてるから、大丈夫だろう。


 ……大丈夫だよね?

 逆に危険じゃないよね?

 この機会にファビアさんを籠絡しようとか思ってないよね?

 あ、やっぱダメっぽいので隔離。そういうのは合意のもとでやって下さい。



「がるるるる!」



 威嚇してもダメです。







 とりあえず部屋に戻ろう、ってことで、ファビアさんを百合っ娘から守りつつ、銀髪幼女に声をかけ、屋敷に戻る。

 執事の人とかも青ざめてたけど、とりあえず落ち着いてもらって、部屋にお菓子を持ってきてもらうようお願いした。



「……この状況で食べるのかい?」



 オールオールちゃんがあきれた顔をしてたけど、私は譲るつもりはないです。


 ともあれ、使者さんの部屋に戻り、みんなでテーブルにつく。

 持ってきてもらった果物なんかをつまみながら、一息。

 落ち着いたところで、私は銀髪幼女に顔を向けた。



「オールオールさん、牙の魔女と古い知り合いって言ってたけど、あの人について、知ってることをくわしく教えてくれないかな?」


「知って、どうするんだい?」


「言ってたように、殺すのは最後の手段にしたい。だから、ほかの手段を見つけるためにも、あの人のことをもっと知りたい」



 幼女の問いに、私は答えた。

 私の目を、じっと見つめて、それから、銀髪幼女は「わかったよ」とうなずく。



「……牙の魔女トゥーシア。あの女は、ユリシスの古き魔女だよ」



 ゆっくりと、銀髪の魔女は語り始める。



「たしか……マクシムス家の初代当主の娘だったかね。ユリシス王国と、ほぼおなじ時間を生きてきたはずさ」



 ええ……てことは、ざっと200歳くらい?

 迫力はすごいし目は死んでたけど、外見年齢は女子中学生なので、違和感しかない。


 まあそんな牙の魔女の古い知り合いっぽいオールオールちゃんも――すみません。

 心を読んだかのように、ぎろりとにらまれた。おっかない。



「――生まれつき神鮫の魔力に親しみ、魔法使いとしての資質を持って生まれたあの女は、神鮫アートマルグに気に入られ、その手ずから血肉を与えられた」


「最初から魔法使いだったのに、さらにフカヒレさ――アートマルグの肉を?」



 ファビアさんの目まで死にかけたので、フカヒレさんの名前をあわてて訂正する。



「ああ。ゆえにあの女は、幼くして人から外れた存在となった。姿を保ち、衰えることを知らぬまま、いまに至るまでマクシムス家を支えてきた……みたいだね」



 銀髪の幼女がため息をつく。


 気の遠くなるような話だ。

 でも、そんなに昔から生きてるなら、王国内で重きを成すのもわかる。

 ユリシス国王もかなり代がわりしてるだろうし、今の王様なんて、牙の魔女からみたら小僧もいいところだろう。


 自然、敬意は、200年の歳月をともに歩んできた守護神鮫アートマルグに向けられることになったんだろう。

 神鮫こそが国家であり、主君である。そんな心情になるのも、わからなくはない。



「マクシムスの一族は、ユリシスの剣、アートマルグの牙だ。他国の勇者や魔法使い、神獣や幻獣とも戦ってきた……」



 それから、銀髪の魔女は語る。

 マクシムスの一族と牙の魔女トゥーシアの、壮絶な人生を。


 北海に浮かぶ島の、一勢力でしかなかったユリシスは、戦いの中で版図を広げてきた。

 建国後の拡大戦争において、まず嫡子であった兄が戦死。ほどなくして父も戦の中で死に、同時に弟が死んだ。


 兄にも、弟にも、子はなかった。

 トゥーシアは、己が息子たちが成人するまでの名代として、マクシムス家を継いだ。

 すでにアートマルグの牙として活躍していた彼女は、一族の勇者をつぎつぎと失いながら、マクシムスの名を高めていった。


 それから十余年。

 長男が成人すると、彼女は当主の座を彼に譲った。

 だが、不幸にも、長男は当主を務めること数年で、戦死した。

 彼女には三人の男児があったが、二男は病死。三男は雄物で、大陸との大規模な戦の中で、20年ほど当主を務めたのち、逝った。


 その後、三男の嫡子が当主の座につく。

 ちょうどユリシス王国が拡大期から安定期に移っていったこともあって、大過なく過ごす。

 トゥーシアは、肩の荷が下りたのか、半ば隠居の形で、守護神鮫アートマルグのそばに仕えはじめた。



「……あたしが知ってるのは、それくらいかね」



 一息に喋って、幼女はふー、と息をついた。

 のどが渇いたのか、果物に口をつけ、彼女はそれからファビアさんに問いかける。



「あんまり立ち入って聞くのもどうかと思って聞かなかったんだが、教えてくれないかい? なぜ、トゥーシアはあんたを産んだ」



 そういえば。

 牙の魔女はファビアさんの母親だ。

 ファビアさんの年齢は、百合っ娘との関係を考えれば、外見そのままと思って間違いないだろう。

 話を聞いてると、楽隠居の身、みたいな感じだったはずなのに、どうしてまた当主になって、子供まで産んでるのか。


 みなの目が、ファビアさんに集まる。

 彼女は一度目を伏せて、それから口を開いた。



「……血が乾いた。と母上はおっしゃいました」



 彼女は言う。


 平穏な時がつづくにつれ、マクシムス家の一族から、神鮫の魔力に適応する者が減っていった、と。

 マクシムスの一族は、ユリシスの重鎮たる双璧の家は、時の経過とともに、しだいにその根拠を失いつつあった。



「ゆえに、アートマルグ様はお命じになりました。お前がふたたび子を成せと……母は、嫡流に近い勇者を新たな夫として、子を成しました。その一人が、わたしです」



 うわ。えげつな。

 まあ、神の視点だと、これでも「気をかけている」部類に入るんだろうけど……えげつない。というか逆に迷惑だ。


 牙の魔女――トゥーシアの心情はわからないけど、複雑な思いだったに違いない。



「あの女にとって、マクシムス家は父が興し、兄弟や息子たちが礎となり、伝えてきた家だ。それが衰亡するのならば、と、苦渋の決断だったであろうよ」



 銀髪の魔女は、苦々しい表情で語った。


 なるほど。

 牙の魔女の、マクシムス家に対する思い。

 そして、マクシムス家が戦い、死んできた意味そのものである、ユリシス王国への思い。

 ユリシス王国そのものといっていい、そして戦友であり、仕えるべき神であり続けた守護神鮫アートマルグへの思い。


 どれも察するにあまりある。

 生半可な言葉では動かせない。動かしようもない。



「ありがとう。牙の魔女のやっかいさがわかったよ」



 銀髪の魔女に頭を下げて、私はみなに向き直る。



「でも、最後の最後まであきらめない。だから、みんな、協力してくれないかな」



 私の言葉に。

 おのおのが、それぞれの態度で、協力の意を示した。


次回更新9日20:00予定です。

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