その65 牙の魔女とお話ししよう
門を通り抜ける、二十ほどの小勢。
率いてるのは、ファビアさんの様子を見るに、マクシムス家当主――トゥーシア・マクシムス……なのかな? なんだかやけに若く見えるけど。
「うーん。ちょっと物騒な感じだけど……まずはお話ししようか」
「女神様! 危険です! どうかお逃げ下さい」
使者さんが青い顔でとりすがる。
「問題ないよ。いや、危険かもしれないけど、こんなことで逃げてたんじゃあ、話し合いにもならない……オールオールちゃん、いざというときは使者さんをお願い」
「ちゃん? ……わかった。任されたよ」
オールオールちゃんは一瞬怪訝な表情になったけど、引き受けてくれた。
というかナチュラルにちゃん付けで呼んでた。どさくさで流しといてください。
と、そんな場合じゃない。
急いで部屋を出て、外に向かう。
ファビアさんと、百合っ娘クラウディアさんが、かなり深刻な表情でついて来る。
青ざめた執事さんの横を通りすぎ、玄関の扉を両手で押し開く。
目の前に、少女が居た。
◆
死んだ魚のような目の少女だった。
娘のファビアさん同様、麦わらみたいな、ばさばさの金髪。
面差しは、あきらかに若い。ファビアさんより5つ6つ下……14、5歳に見える。
剣を帯び、自然体で配下を率いる姿は、ただ者じゃない。身に纏う風格も達人のそれだ。
やばい。ちょっと怖い。
ってことは、私を傷つけられる――すくなくともオールオールちゃん並の使い手だってことだ。
こんな人外が一国に何人もいるはずがない。
間違いない。年齢はおかしいけど、この人がマクシムス家当主、牙の魔女トゥーシアその人だろう。
「母上」
後ろから、ファビアさんが、弱々しく声をかけた。
対する少女は、無言。いや、魚のような目をぎょろりと向けて、圧するような声で言った。
「ファビア。なぜ生きている……?」
生きているのが不思議。
そんな口調で、魔女トゥーシアは問う。
「我らが神、守護神鮫アートマルグは死んだ。であれば、ともに征ったアートマルグの牙たる者が、なぜ生きて……生き恥を晒している――答えよ」
ただ、淡々と、魔女は問う。
背後に従うマクシムスの手勢は、整列したまま動かない。
彼らの無言が、牙の魔女トゥーシアの言葉に、一層の圧力を加えている。
「母上――わたしは!」
「言い訳は無用。マクシムスの恥さらしめ。我が手で引導を渡す」
魔女が、わずかに身を沈ませる。
つぎの瞬間。
地が揺れた。
魔女の姿が消えた。
いや突っ込んできた。
あり得ない。あの体勢から意味不明な速さ――でも。
「ちょっと待って」
高速で切り込んできた魔女の手を、ひっつかむ。
うわ、あの一瞬で剣まで抜いてる。あり得ない。
ぎょろり、と、少女の目だけがこちらを向く。怖い怖い!
「貴様。邪魔をするか」
「邪魔をするよ」
怖いけど、余裕の笑みをつくって、私は告げる。
「まだ引き渡しが終わってない以上、ファビアさんはうちの子なんだから、勝手に殺されちゃ困る」
「ならば、即刻引き渡してもらいたい」
何度か力を入れたけど、振りほどくのは無理と判断したのか、魔女トゥーシアは腕を捕えられたままの体勢で、要求してきた。
「断る。引き渡すとしたら、ユリシス王を通してだね」
「……そうか」
あらためて、死んだ魚のような目が、まっすぐに私を射抜く。
「――その稀なる容貌、人から外れた力。貴様が神鮫アートマルグを討ったというアトランティエの女神か」
「そうだ――」
よ、と言ったのと同時に、つかんだ手の陰から蹴りが飛んできた。
あわてて手を放して、ガード。
その腕を蹴って、少女は飛び退った。
不動のまま事を見守っていた配下の者たちが、思わず動きかけたが、彼女は手で制す。
「我らが神を、討ったか」
淡々とした声からは、やはりどんな感情も読み取れない。
「そんなこと言われても、攻めて来られたら迎え撃つしかないし」
いや、実際それに関して責められても困る。
食べちゃったことは責められても仕方ない気がするけど、私は後悔していない。フカヒレおいしかったです。
そんな心の声なんて聞こえてない牙の魔女トゥーシアは、剣を手に静かに身構える。
やばい。空気が変わった。
完全に本気の構え。これ喰らっちゃいけないやつだ。
「たとえ筋が通らずとも、道を過とうとも、身を滅ぼすことになろうとも、敵は討つ……マクシムス家と、牙の魔女の名にかけて」
……ん?
と、違和感はさておき、相手は覚悟完了してるっぽい。
従ってる人たちまで、剣こそ抜いてないものの、いつでも動けるよう構えてるし。
やばい。とりあえず振動の吐息で無力化したほうがいいよね?
とか考えてると。
「お待ちください! 母上!」
ファビアさんが声を上げた。
うん。百合っ娘に腕を掴まれてるからかもしれないけど、割って入ったら真っ二つになるってわかってるのは上等だと思います。
「待つ理由も聞く理由もないわ。もはや貴様など娘と認めぬ」
「――なら、ここはあたしに免じて引いてくれないかね?」
と、風に乗って、背後から声が響いた。
声の主は、振り返るまでもない。銀髪の魔女オールオールだ。
幼女は銀髪をなびかせながら、風に乗って私の前にふわりと降り立った。
「貴様は……オールオール。生きていたか」
「あんたこそ、いまだに当主を続けてたとは驚きだよ、トゥーシア」
表情を変えずに淡々と語り合う少女と幼女――って。
「……知り合い?」
「昔のね」
尋ねると、幼女はそう答えた。
でも、魔女って子供しかいないんだろうか?
あきらかに外見と年齢が合ってないっぽくて、激しく疑問だ。
「……貴様には借りがある。一度は引く」
剣を鞘に納めて、魔女トゥーシアは言う。
「――だが、女神よ。明後日、この場所にて。我は貴様にあらためて戦いを挑む。不承諾ならば、それまでにこの国を出るがよかろう」
さっきから違和感を隠せない。
彼女の言動は、国を支える有力者の言葉だとは思えない。自棄になってるようにも見えないけど……
「……キミは、この国をどうしたいの?」
「愚問だ」
問いかけを、牙の魔女は斬り捨てた。
「――神鮫アートマルグが死んだ時点で、この国はすでに滅んでいる。この上醜く永らえようとする者どもは、王も、マルケルス家も、諸侯も、滅びてしまえばよい」
語る、その瞳は、まるで空洞のようで。
「我も、貴様に傷のひとつも刻んで、散華しよう」
説得なんて不可能だと、確信させられた。
次回更新7日20:00予定です。




