その63 王様が来た
ユリシス首都カイザリアに来た、その翌日。
王様が来た。
うん。さすがに私も不意を打たれた。
普通としか言いようのないご飯を食べて、ゆっくりと休んで、その翌日の出来事だ。
使者さんも、報せを受けたのがさっきの今なのか、顔が青い。大丈夫? 水竜の甘露飲む?
ともあれ、王様と会うことにする。
用意されたのは、ちょっと狭めの部屋。たぶん密談用。
ただ、やっぱり貴人が使うのにふさわしく、調度とかはかなり豪華だ。
部屋の中央にはテーブルが置かれ、席が二つ、用意されている。
その片方は、すでに埋まっている。ということは、椅子に座る彼こそが、王様なんだろう。
「はじめてお目にかかる。ユリシス国王ユミスと申します」
王様は、立ち上がって、そう名乗った。
年のころは、二十半ばか。
黒髪に、ブラウンの瞳。ほっそりした顔立ち。
物静かで、どちらかといえば弱弱しい印象の人だ。
身なりは、かなり地味。
いや、よく見れば生地とか刺繍とか凝ってて高そうなんだけど、一見地味な感じ。
王様の趣味ってより、こっそり私に会うために、目立たない衣装を選んだんだろう。
「アトランティエの守護女神、タツキです。よろしく」
私は笑顔を返す。
王様は、気圧されるような、あるいはひるむような、そんな表情を浮かべた。
「それから、何人かの同席を許してほしい」
と、許可を得て、使者の人とオールオールちゃんとファビアさんを招き入れる。
百合の彼女――クラウディアは、もっとゴネるかと思ったけど、部屋の前に控えることで我慢してくれた。
三人は、そろって私の背後に立つ。
ファビアさんは本来ユリシス側だけど、まだ正式に捕虜の引き渡しを行ってないので、こっち側だ。
「本来ならば、神には相応の席を設けるべきとは存じますが、御身は人の姿ゆえ、また内密の話ゆえ、このような面謁に相成りましたこと、ご寛恕いただければ」
「うん。いいよ」
王様の言葉に、私はうなずく。
別に奉られたくて神様やりたいんじゃないし、王様が謝ってくれるなら、アトランティエ側の顔も立つだろう。
「私がここに来た経緯とかって、使者さんから聞いてる?」
「承知しております」
王様はうなずく。
「女神殿が、このユリシスの守護女神となる。そんな意図を持って、来られたと」
静かに、語る。
表情も、口調も、平坦で、そこからはどんな感情も読み取れなかった。
でも、空気だけは、たしかに張りつめていた。
後ろで、使者の人が胃を押さえるのがわかった。
あと、ファビアさんもいっぱいいっぱいっぽい。
「その通り」
私は、あえて笑顔で応える。
「――ほんとなら、いろいろ用意してから王様とお話ししたかったんだけど、本音で話そうか。アトランティエ、ひいては西部諸邦の安定のために、守護神獣を失ったユリシスの後ろ盾になりたい。結果的にそうなるなら、ユリシスのメンツは最大限立てる」
「……使者殿よ、脂汗がすごいぞ? ほれ、拭きなされ」
後ろで、オールオールちゃんが使者さんの介護を始めた。なぜに。
私の言葉に、王様は、ふう、とため息をついた。
「……先手を打って、本音の一片なりとも引き出せたなら、と思って来ましたが」
「本音だよ?」
「わかっております。女神殿は幻獣。ならばこのような場所で嘘をつく理由も利点もない」
銀髪幼女オールオールちゃんも言ってた。
幻獣は魔力に適応した獣であり、魔力は意志を伝える力だ。
それゆえ、意志と一致しない行動をとることが難しい、って。
王様も、それを知ってるから私を疑わないんだろう。
「女神殿、そちらにお預けしているファビアから、話を聞いてもよろしいか?」
「いいよー」
私が答えると、ファビアさんが思いっきり息を呑んだ。
振り返ると、緊張してるのかちょっとお腹を押さえてる。漏れそうなら早めに言ってくださいね。
「は、はっ。我が王……生き恥をさらしてしまい、申し訳なく」
「構わない。我らが守護神鮫さえも討たれたのだ。このうえ我が国有数の勇者にまで死なれては、余も頭が痛いというものだ。よく生きていてくれた」
おおー。やさしい王様っぽい。
なんだかんだで情が湧いてるし、ファビアさんを大事にしてくれる人は大歓迎です。
「我が王……真に……真にかたじけなく」
ギギギィ、と、扉をひっ掻くような謎の音が聞こえてきたのはともかく。
「尋ねたい。アトランティエ王と、女神タツキ殿の人柄はどうか」
人柄。
ううん。これはどう取ればいいんだろう。
当たり障りなく私たちの野心を図りたいのか、それとも隠された意図とか複線とかがあるのか。
「……女神様、いまから女神様について、極めて失礼なことを言わせていただきますが、よろしいでしょうか?」
え、私なに言われるの?
ちょっと怖いけど……まあ、ファビアさんも、王国の平和は望む所だったはずだ。止める方が障りが出るだろう。
「いいよ」
「……では」
と、勇気を振り絞るように、ファビアさんは口を開いた。
「まず、アトランティエ王は……極めて賢明な方です。女神様の後ろ盾があるとはいえ、政務をとり始めた当時の状況からあそこまで立て直した手腕は、魔法的です」
いや、あの命を削ったデスマーチを魔法の一言ですましちゃったら、エレインくんも怒ると思うよ?
まあ、もともと武人な人だし、そこまで理解しろってのは酷かもしれないけど。
――ん? だったら王様、なんでファビアさんの意見なんて聞くんだろう。
「一言で言ってくれ」
「え、と、すごい人です!」
ああ、直感か。
分析力じゃなくて、戦士の直感的な何かを、王様は求めてるのかも。
「ほう、すごい人、か……ちなみに、余のことはどう観る?」
「我が王は優しい方です!」
ファビアさんが自信満々に言うと、王様はあからさまに落ち込んだ。
たしかに覇権主義の国の王様には似つかわしくないけど、やさしいって、いいことだと思いますよ?
「わ、我が王……!?」
王様の様子にファビアさんがあわてる。
同時に、扉の向こうから、また怨念めいたひっかき音が聞こえてきた。クラウディアさんの仕業だろうけどひたすら怖い。
「いや、いい。続きを聞かせてくれ」
「……では、女神タツキ様のことですが……」
ごくり、と、息を呑む。
やばい、なんだかハラハラする。
みんなが見守る中で、ファビアさんは言った。
「情の深い方だと、わたしは思います」
情が深い。
ううん。そんな評価を受けるようなことしてたかな?
ちょっと疑問。だけど、ファビアさんなりの意見だし、しいて否定するようなものでもない。
「情が深い……マルケルス家の人間のように、か?」
「ええ」
王様とファビアさんは謎の納得を見せる。
ちょっと待って、マルケルス家って、いま扉の向こうにいる百合っ娘の家だよね?
一族そろってあんな感じなの?
そして私はあれと同類あつかいされてるの?
さすがにそれはすっごい不本意なんですけど!?
「なるほど……」
心の中で突っ込んでるうちに、王様はしばし、考え込んで。
「……女神殿、いま、わが国は揺れています」
腹を決めたのか、語り始めた。
「守護神鮫を失い、諸侯は動揺し、中核たる王国の双璧――マクシムス家とマルケルス家すら、協調を欠いている。そんな状況を、余はろくに抑えられていない」
なぜならば、と、王様は話を続ける。
ユリシス王国は、守護神鮫アートマルグの方針として、勇者を積極的に生み出してきた。
他の守護神獣を滅ぼし、勇者たちをその地に封じ、そうして領土を拡張させてきた。圧迫に堪えかねて服従してきた守護神獣も居るが、その数は多くない。
ユリシスは、それゆえ臣下が強い。
神鮫の血を受けた勇者たちにとって、ユリシス王はあくまで盟主であり、その忠誠は、守護神鮫アートマルグに向けられてきた。
「ゆえに、守護神鮫を失ったいま、余の発言力は極端に落ち込んでおります。それこそ、王を失った当時のアトランティエと遜色ないほどには」
「……なるほど」
話を聞いて、私はうなずく。
「ファビアさんが、王様のほかにも、双璧の家に会っとかなきゃいけないって言ったのは、それが理由なんだね」
「その通りです。余の一存では、新たな守護神獣を決めることなど、もはやできない……ゆえに」
「両家の当主を、説得しろと?」
私が問うと、王様は、深くうなずいた。
「ユリシス国王ユミス――私は、御身の慈悲に縋りたい。ゆえに、女神殿、どうか、両家を納得させていただきたい」
王様は、頭を下げる。
自分のためじゃない。
たぶんその気になれば、従わない家を切り捨てることだって、王様には出来るはずだ。
でもこの人は、マクシムスとマルケルス――自分に従わない両家を、それでも見捨てまいとしている。
「王様に頭まで下げられちゃあ、やらないわけにはいかないよね?」
私は使者さんに、あえて苦笑を向ける。
それから、王様に向き直って、胸を張った。
「――任せて。この国を、乱しはしないよ」
次回更新3日20:00予定です。




