その61 船の上でお話しよう
水の都アトランティエを出て二日。
やることがなくてうずうずしてきた。
銀髪幼女オールオールちゃんは、竜帆船の操作を、ユリシスの女勇者ファビアさんは、船内の雑用を受け持って、私には何もさせてくれない。
まあ、女神様になにかやらせるわけにもいかないってのはわかる。
オールオールちゃんはそういうの、あんまり気にしないかもしれないけど、私の魔力が大きすぎるので、危なっかしくて操船を任せておけないって感じか。
なのでヒマなのです。
私にもなにかさせてください。
あと船内のおっぱい成分が限りなく希薄なのでアルミラさんが恋しいです。
水竜の皮を使ってるせいで、じめっとした船内で、私は寝転がって足をバタバタさせる。
風竜の翼の付け根で操船作業をしていたオールオールちゃんが、あきれたようにため息をついた。
「野良神様よ、そんなにヒマなら、やっておくべきことがあるんじゃないのかい?」
「やっておくべきこと?」
幼女に言われて、私は首を傾ける。
「ユリシスについて、もっと知っておくべきだとは思わないのかい? そこの神様になろうっていうんだろう?」
「そうなんだけどね……ファビアさん、なんか忙しそうだし」
「――申しつけてくださいっ! どう考えてもそちらの方が大事ではないですか!」
甲板でシーツを干してたファビアさんが、上からがばっと顔を出して、悲鳴まじりの抗議の声を上げた。
「ごめんなさい、ファビアさんがとっても主婦っぽかったから」
「わけがわかりませんよ!」
「武の道一辺倒かと思ってたけど、ファビアさんはいいお嫁さんになると思います」
「ご冗談を。まともな婦人が、このような雑務に手を染めるものですか。武人ゆえ、たしなみとして身の回りの始末を覚えただけです」
ん? と思ったけど、そういえばファビアさん、ユリシスでも屈指の名家の出だったか。
「まあ、私が嫁にもらうなら、ファビアさんみたいに、家事が出来る人がいいなあ」
「なっ!?」
あ、ファビアさんが上から落ちてきた。
板敷きの船底までは、そんなに高さがないから、平気だと思うけど……
「大丈夫?」
「へ、平気です」
目の前に落ちたファビアさんに声をかけると、彼女は機敏に身を起した。
顔がちょっと赤い。うん、素敵。
「め、女神様はそういう趣味がおありで……?」
「そういう趣味……ああ、違う違う」
彼女の言わんとすることがわかって、私は首を横に振る。
「たんに一般論的な感じで言っただけで、べつに、かわいい女の子をお嫁さんにしたいって思ってるわけじゃないよ」
たぶん。
説明すると、ファビアさんは、ちょっとほっとした様子。
なぜか銀髪幼女が後ろでほっと息をついてる気がするけど、なぜなのか。
「失礼しました。てっきり――いや、まずはユリシスの話ですね」
この妙な空気の中、すぱっと言いだせるファビアさんが、頼もしくもちょっと心配です。
わりと空気読めない感じの人だこれ。
「ユリシス王国は、七つの群島を中心に、北海一帯を支配する大国です」
ファビアさんは、講義をするように語りだした。
「数多の勇者を養い、強力な軍事力を備えるユリシス王国は、建国より今に至るまで、戦によってその版図を拡大し続けてきました。その、背景にあったのが……」
「守護神鮫アートマルグの存在、だね」
私の言葉に、ファビアさんはうなずいた。
「その通りです。北海に覇を唱えんとするアートマルグ様は、自らその血を与え、歯を武器として与え、ユリシス王を強力に支援し、その見返りとして、幻獣との戦いに協力を求めてこられました。そこで流された膨大な量の血があってこそ、北の大国ユリシスは存在しているのです――ゆえに」
言葉を切って、ファビアさんはふたたび口を開く。
「――幻獣を相手取って勇敢に戦い、散っていった勇者たちに報いるためにも、ユリシスが瓦解するような未来は避けたいのです」
それは、ある種の覚悟を感じさせる言葉だった。
戦い、死ぬ。
武人としては当然、なんだろうけど、ファビアさんはそれに特別な想いがあるみたい。
そういえば、エレインくんが言っていた。
マクシムス家――ファビアさんの家は、有名な勇者の家柄だと。
だとしたら、過去に犠牲になった勇者たちの内、少なくない数が、彼女の一族の人だったんだろう。
ユリシスを、自分たちの一族は命がけで支えてきた。
その自負心が、彼女に生き辛い選択を、させ続けてるのかもしれない。
まあ、私に協力してくれる以上、出来る限り力になってあげたいと思います。
◆
さて。
私は首をひねる。
ここまでは、おおよそ聞いたことがあることだ。
ユリシスの視点に立って、あらためて確認できたのはよかったけど、つぎになにを尋ねるべきか。
すこし考えて……私は口を開いた。
「私がユリシスに行って、その守護神獣になるのなら、会っておくべき人って居る?」
「……すくなくとも、三方、居ます」
ファビアさんはそう答える。
「一方は、当然我らがユリシス王。もう一方は、名門マルケルス家の棟梁、マルグス。そして最後の一方が――」
言葉を切って。
ファビアさんは、絞り出すように言った。
「マクシムス家統領、トゥーシア……我が母です」
次回更新30日20:00予定です。




