その60 ユリシスを目指そう
「――いい風だなあ」
船の舳先に立って、つぶやく。
目の前に広がるのは紺碧の海、青い竜帆船は、風を切って快速で進む。
目的地は、ユリシス王国。
七つの群島を中心に、北方に勢力を築く軍事国家。
向かうのは、3人。
私と、人質だったユリシスの女勇者、ファビアさん。
そして銀髪幼女な魔女、オールオールちゃんの三人だ。
「……たとえ、故郷で恥をさらそうとも……ユリシスのために力を尽くせるなら……」
ファビアさんは、複雑な心境っぽい。
オールオールちゃんはといえば、太陽がまぶしいのが嫌なのか、じっと船室に篭もってる。
どうしてこんなことになってるのかって言うと……話は、満漢全席の最中にさかのぼる。
◆
「――タツキ殿の考えを、教えていただけますか?」
「うん」
エレインくんの問いに、私はうなずいて、腹案を明かす。
ユリシスの守護神鮫アートマルグは、覇権主義の神獣だ。
その存在によって、ユリシスは支配を強固なものにしてきた。
だからこそ、その裏返しとして。
アートマルグ亡き今、ユリシスの支配は根底から揺らいでいる。
「……いま、ユリシスには神獣が居ない。問題の根本は、それだよね?」
「ええ。それゆえユリシスは、有効な対策を打てないまま、乱れようとしています」
私の確認に、エレインくんはうなずいた。
そう、問題はそこ。神獣が居ないことだ。
「だったら、解決は簡単。神獣をすげ替えればいい。新しい神獣を戴けば、ユリシスは安定する。私たちも安心してアトランティエを統治できる」
「その神獣を、どこから調達するおつもりですか……まさか」
「そのまさかだよ」
にやり、と笑って、私は答える。
「――べつに、神様を兼任しても、問題ないよね?」
どーだ、と、胸を張る。
エレインくんは、すっごく疲れた表情で肩を落とした。
「おおありですよ。ユリシスがそれを呑むかどうかを脇に置いても、タツキ殿が一方に在る時、もう一方に危機が訪れれば、どう救うというのですか。両国間の連絡には、急いでも十日はかかるんですよ?」
ああ、そういう問題もあるのか。
万が一のことを考えとかないと、名義貸し程度のノリじゃ相手も納得しないか。
「……あ、そうだ。ここに、ニワトリさんの羽根があります」
思いついて、オールオールちゃんに改造してもらった、ニワトリさんの羽根を取り出す。
『余を呼んだであるかタツキ殿!』
魔力を込めると、さっそくニワトリさんが話しかけてきた。その速さがちょっとキモイ。
「こうやって、非常時に通信できれば問題ナシじゃない? 頑張って飛んでけば、半日くらいで駆けつけられるだろうし」
「まあ、タツキ殿がそうおっしゃるのなら、可能なのでしょうが……」
「というわけでニワトリさん、近々羽根を毟りに行くからよろしくね!」
『頼まれれば提供くらいするから、無理に毟らないでほしいのであーる!?』
ニワトリさんが悲鳴を上げたけど、これで問題は解決……のはず。
オールオールちゃんに調整してもらえば、羽根同士の通信とかもできるだろうし。
……ん? これを各都市に配置したら、各地の現状がリアルタイムでわかる?
調整とか死ぬほど難しそうだけど、可能なら……ニワトリさんの羽根が無くなるか。
さすがに可哀想だから、生えかわりの時期に、ちょっとずつ分けてもらうくらいにしとこう。
「どう? これで連絡の問題なんかは解決したっぽいけど」
「正直、話がまとまるとは思っておりませんが……ファビア殿に相談の上で、彼女の助力が得られるというのなら……」
「行ってきていい?」
身を乗り出すけど、エレインくんは落ち着かせるように首を横に振る。
「それでもすぐに、とは参りません。いまはまだ諸侯や地方の有力者などの多くが、都に残っています。長期間タツキ殿が姿を見せなければ、不安に思う者も出ましょう」
「でも、あんまり時間を置くと、ユリシスがヤバいんでしょ? なら……こういうのはどう?」
思いついて、魔力を通して念じる。
目の前に生み出されたのは、人型の水。
それは、私のイメージそのままに、私そっくりの姿に変化した。
「タツキさんフィギュアに、“エレインくんの命令に服従して”って言っとけば、影武者くらいにはなると思う」
「――ダメですわ!」
と、アルミラさんが、ふいに身を乗り出して来た。揺れた。ありがとうございます。
「エレインなんかに好きにさせれば……タツキさんをあられもないお姿にして……そんな――破廉恥ですわ! 破廉恥ですわーっ!」
「いや、姉貴の発想のほうがよっぽど破廉恥だよ」
私もそう思います。
あとアルミラさんの中のエレインくん像、ヒドくないですかね?
でも、エレインくんが却下なら、タツキさんフィギュアを誰に預ければいいんだろう。
「ううん……リディちゃん――は置いといて」
「危険すぎて選択肢にも入りませんわ」
アルミラさんの却下が早い。
それから、なぜか給仕さんが期待に胸を膨らませるような表情をしてるけど、当然選択肢には入りません。
「オールオールちゃん」
「ぜったい研究対象ですわ」
「ホルクさん」
「破廉恥ですわ!」
アルミラさん、判定が厳しい。
あとは……料理の神ロザンさんにそんな雑務をさせるわけにはいかないし、となると、任せられる人がいない。
「でも、ほかに誰が居る?」
尋ねると、アルミラさんはたゆん、と胸を張って言った。
「わたくしが! 不祥このわたくしが、タツキ様フィギュアの補佐を務めさせていただきますわ!」
「……え、アルミラ、いっしょに来てくれないの?」
「あ――ああっ!?」
アルミラさんが、顔を真っ赤にして急に叫び出した。
「そうですのね……はじめからいっしょに行くって考えていただいてて……ああ、でも、タツキさんのお体を、ほかの誰かに触れさせるなんて出来ませんわ! タツキ様、申し訳ありませんが、わたくし今回は留守を預からせていただきますわ!」
「う、うん。あとをよろしく……」
早口でまくしたてるアルミラに気圧されて、うなずいてしまう。
「しかし、まだ本決まりではないにしろ、タツキ殿が往かれるとすれば、まず協力してもらうファビア殿には同行してもらうとして……ほかに誰を連れていけばいいものか」
と、エレインくんが悩みだした。
ファビアさんが協力してくれるのが大前提だから、いっしょに行くのは当り前だ。
けど、ファビアさん脳筋ぽいし、私にもいろいろと相談する相手が要る。それを誰にしようかってとこだと思う。
「いっそファビアさんと二人で行こうか? それならなにかあっても、(力づくで)どうとでもなるし」
「いや、なにか起こされては本気で困るので、タツキ殿をお止めできる人間が要るんですが……姉貴以外となると難しい」
「……いえ、いますわ。お一人」
アルミラが、つぶやくように言った。
「――ユリシスの守護神獣を目指すタツキさんに、助言ができて、意見も言えて、さらにはアトランティエの味方なお方が」
「姉貴、それは……」
問うエレインくんに、アルミラは自信たっぷりに答えた。
「陋巷の魔女、オールオール様ですわ」
◆
というわけで、満漢全席が大満足の内に終わった後。
ファビアさんの説得はエレインくんに、銀髪幼女の説得はアルミラに任せて、私は蒼の都市ライムングにひとっ飛び。
そこで守護神鳥ドルドゥさんの羽根を毟って帰ってくると、同行予定の二人の説得も無事終わってた。
通信手段の確保のため、オールオールちゃんに、毟ってきたニワトリさんの羽根を調整してもらい、それから準備を整えてアトランティエを出発。いまに至る、というわけである。
出発の時、エレインくんがファビアさんを熱く口説いてたのが、すごく印象的だった。
口説くといっても、私がユリシスの守護女神になったら、ユリシスとアトランティエ両国に、どれくらい利があるかってのを、あらためて伝えてただけみたいだけど……あれ遠くから見たら、ファビアさんを口説いてるようにしか見えなかったと思います。
諸侯の人たちとか、同じように、オールオールちゃんに必死でお願いしてるアルミラさんとかから見たら、特に。
まあ、それだけ国のために必死だったってことなんだろうけど。南無南無。
ともあれ、エレインくんのためにも、アトランティエのためにも、この旅は成功させなくちゃいけない。
雲ひとつない空の下、ユリシス王国に向けて、竜帆船はゆく。
波は凪いでいて、旅の障害なんてまるでない。
あ、魚の魔獣っぽいのみつけた。
獲りに行っていいですか?
次回更新28日20:00予定です。




