その59 アトランティエを味わおう
長テーブルには、所狭しと料理が並べられている。
海老、蟹、魚貝といった海の幸。
牛、豚、鳥などの肉類、近隣の畑で採れた野菜や小麦。
アトランティエで手に入る、多種多様な食材から編まれる料理の数々は、まさに絢爛豪華。
――満漢全席。
そう呼ばれる料理がある。
料理というか、食事形式と言った方が正しい気がするけど、とにかく山海の珍味を取りそろえ、時間をかけて何十品と出していく。
品目は百品。
材料はアトランティエで手に入るもの。
料理はアトランティエ風であることが条件だ。
それを、休憩をはさみながら、三日間かけて、ゆっくりと食べていく。
場所は、屋敷の広間。
席につくのは私と、この度王様になったエレインくん、それに、アルミラ。
アルミラは、そろそろ「アルミラさんフィギュア事件」のほとぼりが冷めたと判断したのか、近ごろは人間形態で居ることが多い。ちょっと残念。
ちなみに、企画は私だ。
料理担当は、特にお願いしてクレイジー料理人ロザンさんに来てもらった。
「なんというか、盛大な無駄遣いをしてる気がします……いや、タツキ殿のお願いならば、応えるのは当然ですし、御恩をすこしでもお返しできるなら、喜ばしいことなのですが」
あきらかに食べきれない量の食事を前に、エレインくんが言う。
心配しなくても料理は残りませんよ?
「まあ、そう言わないで。今回ここまで無茶したの、エレインくんのためでもあるんだから」
私は笑って返した。
「ボクのため、ですか」
「うん、エレインくん、最近疲れてるみたいだし」
エレインくんが王位についてから、一月くらい経つ。
王様になって、執政時代より仕事が極端に増えたってことはない。
けど、いちいち格式ばらなきゃならないし、新しく盟下に収まった群小国家のあつかいもある。
この一ヶ月、私もエレインくんもかなり多忙だった。
加えてエレインくんは、そういった諸侯のみんなとかともおつき合いしなきゃいけない。
会食したり、宴会したり、お茶会したり……まあ気を張ってて味のしないような食事を続けてきた。
「だから、女神様との会食だって言えば、みんなを納得させながら、食事も楽しめるでしょ?」
「……なるほど、それで、三日に及ぶ長い宴席を考案されたわけですか」
「わけなのです」
あと満漢全席食べてみたかったです。
「お心遣い、本当に痛み入ります」
エレインくんが、あらためて深々と頭を下げる。
すると、対面に座ってるアルミラが、弟分に眼を向けた。
「そうですよ、エレイン。あなたはタツキさんのおやさしさにもっと感謝しないと。あと二割増しくらいは働けませんの?」
「姉貴、かんべんしてくれ。あと死ぬか死なないかのギリギリを見極めるのもやめてくれ。本気で」
アルミラさんが厳しいのは、たぶん私の髪が一房、儀式のために切られたのをまだ怒ってるからだ。
本気で半月くらい、エレインくんと一切口きいてなかったもんなあ。
ついでに、ライムング太守の孫娘、リディちゃんからの好感度もいまだに底辺だ。南無南無。
「というわけで、のんびり時間をかけて食べようか」
「はい。ありがたく、いただきます」
エレインくんは笑顔で私に祈りをささげる仕草。
続くように、アルミラも私の方を向いて祈りだした。
いや、私、食の神様とかじゃないからね?
◆
さて、こうして前々から一度食べてみたいなーって思ってた満漢全席がスタートした。
満漢全席の“満漢”って、中国の満州族と漢民族が由来だから、中華料理以外でやるのをそう呼ぶのかは不明だけど、まあ満漢全席でいいだろう。
ズラリと並ぶ料理の数々から、どれを食べようかって迷ってると、給仕の人が取り分けてくれる。
出し方に細かい指示があるのか、給仕役は、ロザンさんの店の給仕さんだ。けっこう無茶を通してる気がするけど、あの人の無茶はいつものことだ。
あと、給仕さんの私に対する視線が不思議と熱い。
そしてアルミラさんの顔がちょっと怖い。なぜなのか。
ともあれ、取り分けられた料理は、当たり前だけどどれも一級品だ。
幻獣に比べれば、味のインパクトはないけど、食べる順番の組み立ても見事なのか、酔いそうになるくらいおいしい。
「――おいしい……!」
取り分けてもらった料理をあっという間に食べてしまって、給仕の人におかわりをお願いする。
「ほんとうに。さすがですわ。美味しいですわ」
アルミラも、料理に舌鼓を打ち。
「……すごいな。王宮の料理よりよほど美味い。市井でこれほどの料理人が居るとは……」
エレインくんもかなり驚いてる。
「店主はアトランティエの王宮に、料理人として入っていた時もあるんですよ」
と、給仕さんがすかさず説明してくれた。
「へえ、それは初耳」
「……もっとも、理由は王宮で供する料理のレシピを習得するためで、目的を果たしたら即座に辞めたみたいですけれど」
……いや、もうさすがロザンさんとしか言えない。
というかすっごい舐めた態度だよね? 王室に対しての敬意とかまったくないよね? それで無事なのが一番驚きだ。
給仕さんの言葉に、王様は、静かに口元をほころばせる。
「まさに料理馬鹿か……それほどの料理人の芸の肥しにされたのだ。亡き宮廷料理人たちも、以て瞑すべきだろう」
ああ、そういえば、王宮に務めてた人なんかも、怒れる神竜アトランティエの暴走に巻き込まれて亡くなってるのか。
王子様や婚約者さんはともかく、料理人の人たちなんかは完全にとばっちりだ。
「――しかし、美味い。美味いのだが……これでは食べ過ぎてしまっていけないな」
「もっとゆっくり味わって食べていいんだよ? 時間はたっぷりあるんだからね?」
ゆっくり、を強調する私に、アルミラがあきれた表情になる。
「タツキさん。給仕がすごーく忙しそうなので、タツキさんも加減なされた方が、よろしいのではないでしょうか?」
「私はこれくらいの量じゃ満腹にならないので大丈夫です」
目を逸らしながら、言葉を返す。
取り分が減るのを心配してたんだと、ばっちり見抜かれてた。さすがですアルミラさん。
それから、いろいろと料理をつまみながら、歓談を続ける。
エレインくんも楽しそうだし、リラックスしてて、この企画をやってよかったって思う。
出されるお茶とか料理なんかに、回復効果のある水竜の甘露を混ぜてもらってるのも、よかったのかもしれない。
でもまあ、一国の王様と、その守護女神が顔をそろえたら、雑談ばかりもしていられない。
二日目の朝、無駄に元気いっぱいな自分を不審に思ったのか、もの問いたげな視線を向けてくるエレインくんを誤魔化すように、私は笑顔で尋ねる。
「そういえば……エレインくんは王様になったわけだけど、これからのプランとか、考えてる?」
「今も昔も、とにかくアトランティエを安定させたい――というのが、ボクの願いなんですけどね」
問われて、王様は苦笑しながら答えた。
「そうはいかない?」
「敵は潰す。そんな好戦的な女神を頂く、拡張志向の若い王……即位早々、周辺の都市国家を盟下に収めたボクは、周辺国からはそう見られています。いや、盟下にある諸侯たちからも、です。そして彼らは、つぎを想定して動き始めている……一応、釘は刺しておいたんですけどね」
「めんどくさい人たちだなあ」
「仕方ありません。状況が整いすぎてるんですよ。おあつらえ向きに、北にはこれから乱れそうな覇権主義の国家がある」
ぼやく私をなだめるように、王様は言った。
乱れそうな国。まあ、何度も話してたからわかる。
「守護神鮫アートマルグを失った、ユリシス王国だね?」
「ええ。自分から喧嘩を売った形のユリシスは、我々が反撃してくることを想定せざるを得ない。軍備を整え、有事に備える……となれば、隣接する小国家も、ボクがいくら釘を刺しても備えざるを得ない。万が一攻めてこられたら大惨事ですしね」
「そうして無駄に緊張が高まって……爆発する?」
「さて。小なりとも守護神獣を頂く国々です。ユリシスからの侵攻は考えにくいですが……戦乱となれば、なんでもアリです。地方の諸侯がほかの小国家と組んで攻めてこないとも限らない。そうなれば、アトランティエ王国も泥沼に巻き込まれてしまいます」
「だから……のんびりしてはいられない?」
「ええ。アトランティエの平穏のためにも、ユリシス王国を支援せざるを得ない。その手段として、あのマクシムス家の御令嬢、勇者ファビア殿には、頑張ってもらわないといけません」
エレインくんの言いように、ピンとくる。
そろそろつき合いも長い。この子がこういう言い方をするってことは、ファビアさん帰還の目処がたったってことだ。
「お、ユリシスに送った使者から返事とかがあった?」
「ええ……ユリシスは予想外に混乱しています。どうやら急いだ方がいい」
つぶやくように、エレインくんが言う。
深刻な将来を見据えるような、鋭い瞳だった。
「お待たせいたしました。水竜の刻み寄せでございます」
「タルタルステーキ来たーっ!!」
シリアスな空気ぶち壊しちゃってごめんなさい。
◆
「……ふう」
と、息をつく。
しばらくぶりのタルタルステーキ。
その美しいまでに調和した天上の味に、陶然となる。
「……エレインは見てはいけませんわ」
「そういう姉貴も、顔が真っ赤なんだが……いや、まあ、人の趣味をとやかく言うつもりはないが」
「信仰ですわ。信仰心が溢れて顔が赤くなってるんですわ」
」
「いや、さすがにそれは無茶じゃあ……」
なんだか姉弟がもめてるのはともかく。
ちょっと思いついたことがる。
「エレインくん、ユリシスのことなんだけど」
「はい」
「わたしにいいかんがえがあるんだけど……やってみていい?」
「ぜひとも……くわしく教えてください」
私の提案に、エレインくんは青ざめながら尋ねてくる。
すっごい嫌な予感がする。そんな表情だった。




