その58 大好きな街を守っていこう
王子様が王座につく、その当日。
アトランティエの再興を象徴するめでたい日ということで、街はお祭り騒ぎだ。
儀式が行われる神殿跡は、城壁に遮られて、外の騒ぎとは無縁の静謐さを保っている。
――空が、きれいだなあ。
台座の上で空を仰ぎながら、そう思った。
守護神竜アトランティエによって洗い流された、神殿跡。急場に組まれた台座以外には、ほとんど何もない。
そこに集まるのは、儀式の関係者。
神竜によって、組織として一度半壊したとはいえ、西部諸邦の雄たるアトランティエ王国の要人が一同に会するのだ。警護を取り仕切る騎士たちを含めれば、その数はかなりのものになる。
おまけに、他国からの来客も多数。
いや、厳密に言うと客じゃない。ほとんどが、新たにアトランティエの盟下に入りたいって群小国家の王様たちだ。
なんでかって言うと。
「私のせい……なんだよなあ」
私は、心静かに、あきらめの境地で微笑む。
エレインくん曰く、「ライムングの神鳥ドルドゥを盟下に置き、赤の神牛ガーランを成敗した、そのメッセージが、思ったより強烈だったみたいです」。
以前、ユリシス王国の守護神鮫アートマルグを迎え撃った時、私はアトランティエの守護女神としての実力を示した。
それはいい。なぜなら、その時の行動はあくまで防衛だったのだ。しいてアトランティエに危害を加えなければ、これまで通りの関係は築ける……と、群小国家の王様たちは思ってた。
彼らのような群小国家が長い期間生き残ってる理由は、二つ。
独立した国家としてやっていける、地理的、経済的状況にある事。
もうひとつは、大国相手にも国を守れること。まあ、つまりは守護神獣が居るってことだ。
これら二つの条件を持ちえなかった国は、歴史の中で他国に併呑されてきた。アトランティエの有力諸侯とかそのあたりもその手合いって話。
で、ライムングでの一件である。
あの時私は、ニワトリさんを盟下に置いた。
同時に、侵略してきたわけじゃない、ただ敵対してただけの神牛ガーランを、自分から攻め込んで倒した。
これらの事実が、群小国家に与えた――というか、彼らが深読みしちゃったメッセージっていうのは。
――攻めてこなくても、邪魔な奴は容赦なくぶっ殺す。
という、どこの戦闘民族だって内容だ。
そりゃビビって舎弟になりに来るよね。
わざとじゃないんです。ただ胃袋に忠実だっただけなんです。
なので敵対するならどんどんしてくれていいよ! 倒しに行くから!
……うん、間違いや深読みなんかじゃないよね。
私のことをわかりすぎてて怖いくらいです。
なんてことを、ぼうっと考えてると、台の下では、儀式はまさに佳境。
集まった連中を相手に、エレインくんは演説をぶつと、こちらを振り返って、石段をゆっくりと登ってきた。
今日という日のためにあつらえられた豪奢な正装と、もふもふな赤いマント。
弱冠14歳。外見年齢で言うと20近い王子様の晴れの装いは、若き美丈夫って感じのエレインくんを、豪奢に彩ってる。
挙措は堂々としたもので、この姿を見た人は、とてもじゃないけど庶子だってことを理由に、侮ったりはできないだろう。
あのエレインくんが立派になって……と、感傷的になってしまう。
そして、王子様は段上、私の立つ台座の間近まできて、ひざまずいた。
「――我が盟約の神。アトランティエの守護女神タツキ様」
おごそかに。
王子様はあたりに響く大声で、唱えるように言う。
「今日よりは、アトランティエの新しき王として、あらためて盟を結ぶことをお許しください」
「許します」
魔力を込めて、声を発する。
そんなに大きな声じゃなかったけど、私の声はかなり遠くまで届いてるはずだ。
「――我が盟友、エレイン王子。これからは王として、アトランティエ王国を支え、栄えさせていってください」
「ありがたきお言葉」
エレインくんが頭を垂れる。
「本来ならば、新たな王の誕生を寿ぎ、鱗の一片、歯の一本も与えたいところですが、あいにくとこの身は人の姿。髪の一房が、その身を飾る役に立てばよいのですが」
「輝ける女神の髪の一房、もったいなくもありがたく、拝受いたします」
エレインくんは押し頂くように、私の髪を受け取る。
実はこれ、アルミラさんとかリディちゃんがむっちゃ嫌がった。
けど、他に見栄えするものがあるわけでなし、かわいそうにエレインくんは、二人の好感度を犠牲にする羽目になってしまった。合掌。
ともあれ、エレインくんは階下に集まる人たちに向けて、きらきらと輝く黄金色の髪を示す。
どっ、と階下が湧いた。
なんだか気恥かしいけど、恥ずかしがってる場合じゃない。
私は勝利のポーズをとって、アトランティエの街中に響かせるつもりで魔力を込め、叫ぶ。
「新たな盟友、新たな王の誕生と、アトランティエに――祝福あれ!!」
うん。
なんだかごそっと魔力が減った気がするけど、みんなむっちゃ喜んでるし、いいとしよう。
◆
王子様が王様になって、おまけにアトランティエ王国の版図は膨れ上がった。
でも、それを喜んでばかりも居られない。
吸収した群小国家が持ってたしがらみも引きずることになるし、なによりほかの大国が黙って見てるとも思えない。
厄介事はまだまだ起こる。
戦乱の火種は、すでに他国に飛び火して、延焼を避けられそうにない。
だけど私は、大好きな人たちが住む、大好きなこの都とアトランティエ王国を守りたい。
そして、どうせ衝突が避けられないなら、あわよくば敵となった守護神獣とか幻獣を倒して食べたい。ドラゴンとかとってもいいと思います。
なんだか台無しな気がするけれど、私は私らしく、この世界で生きていこうと思います。
「――ね、アルミラ!」
とりあえず一区切り。おつき合いいただいてありがとうございます。
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