その57 神牛の肉を味わおう
王の死後、王子様――エレインくんは、執政としてがんばってきた。
王宮も神殿もぶっ壊れ、また都自体が甚大な被害を食らったせいで、即位なんかに時間と労力を費やせなかったのもある。
継承順位が底辺だったエレインくんが、なし崩しに王位に着くことが、諸侯の手前はばかられたってのも、理由のひとつだ。
でも、都は再興し、私が後ろ盾になって、青の都市ライムングも、王子様の与党となった。
この絶対的な追い風を受けて、王子様の、国王即位に向けた準備は、急ピッチで進んでいた。
王宮や神殿の再建が間にあわないのは、この際仕方がない。
でも、神殿の台座とか、最低限必要なものはだいたい修復できてきた。
なんで神殿の台座が必要なのかっていうと……使うのだ。
儀式で、思いきり。そして儀式の主役は、戴冠するエレインくんと、王位を授ける役目を帯びた人――私だ。
――正直逃げたい。
ぜったい歴史に残るやつだ。
歌とかにも歌われるだろうし、絵として残るかもしれない。
……ん? 案外悪くなくない?
私の銅像とか石像とか絵とかどんどん残すといいと思います。そして私にもください。
超絶ドストライクな美少女が自分自身とか、正直罰ゲームなんです。せめてこう、触れる形で愛でたいんです。
というのはさておき。
まあ、ここまで来たら逃げてられない。
水の都、そして王国アトランティエの平穏と、エレインくんやアルミラさんたちのために、がんばります!
「タツキさん、神牛の料理が出来たとの報せが参りましたわ」
すみません。ちょっとロザンさんのお店に行ってきます。
◆
で、ロザンさんのお店に行って、いつもの個室。
例の給仕さんが接客してくれて、わくわくしながら料理の到来を待つ。
そういえば、給仕さん、心なしか、前より美人さんになってる気がする。
ちょっとおめかししてる?
あと化粧とかもしっかりしてるような?
まあ、いまは神牛だ。
私はいまでも、赤の神牛ガーランの肉――あの天然レアステーキを、ありのままで完成された、究極の肉料理だと思ってる。
でも、ロザンさんは言った。
その先を見せてやる、と。
あの神の領域に足を踏み入れた、狂気の料理人が、だ。期待せずにはいられない。
そして、待つことしばし。
その料理は、給仕さんの手で運ばれてきた。
大きい。
扉の幅ギリギリの大皿に、分厚い牛肉が乗っている。
ごとり、と、重い音を立てて、大皿がテーブルに置かれた。
匂いが、鼻を撫でたとたん。
唾液が、口の中からわき出してきた。
「――っ!」
やばい。匂いだけで美味しそうだ。
神牛の肉の味を知ってるから、よけいに想像してしまう。
あらためて、肉を見る。
とても焼いたようには見えない、天然のレア。
赤い身肉の上には、なにやらあめ色のどろっとしたものが、わずかにかかってる。
「じ、じゃあ……いただきます」
切り分けた、肉汁滴る神牛の肉に、フォークを差して・……口元に届ける。
ひと口。
「……」
言葉を失った。
あまりの美味さに、声が出てこない。
圧倒的美味さ。圧倒的味の持続力。味の暴力に押さえこまれて、息すらできない。
「――っく……ふぅ……」
違う。
これは、生の肉そのままの味とは、まったく違う。
神竜アトランティエの肉のように、整えただけでもない。
どろっとしたソースは、少量ながら独特の旨味があり、それが肉汁と絡まり合って、肉のうまみを倍加させてる。
「――んっ」
もう一口、食べる。
ソースの味は複雑で、たぶん一種類の材料じゃない。
単品で食べるとそれぞれが主張しすぎ、また味も濃すぎるんだけど、それが神牛の肉汁と絡まると、不思議なつり合いが取れて、最適の濃度の旨味が、味覚をぐらんぐらんに揺さぶる。
「……はぁっ……やばい……」
味に酔ってしまう。
舌から送られてくる圧倒的な快感が、全身を痺れさせる。
それでも、食べることを止められない。
冷める気配のない肉の熱が、胃の中から体を温め続ける。
「……ああああ……」
美味しい。
美味しさが、ずっと続いてる。
幸せな感じが、永遠に続くみたいな。
「ど、どうぞ……」
給仕さんが持ってきてくれた飲み物を、飲む。
お茶かハーブティか、そんな感じのやつだ。
それで、やっと人心地ついた。
余韻はまだ引っ張ってて、まだ心が痺れてるけど。
「……よう、女神様、どうだい? 究極の先は」
ロザンさんが出て来て、笑う。
心なしか、また面差しとか体格が人外めいて変わってる。
いったいこの人はどこまで行くんだろう。料理の腕でも、姿格好でも。
「すごい」
私はそうとしか答えられない。
「神牛の肉は、たしかにそれ単体で、素材ありのままで完成されてた。でも、それはイコール、料理としての完成を意味するものじゃなかった。その先があった」
「その通り。吟味したタマネギをベースに、希少な香辛料、旨味の強く出る海藻、穀類を熟成させたソース……少量だが、味とうまみの濃さは負けてねえ。そして、それらが上手く調和すれば」
「味は、相乗効果を起こす。それこそ、神牛の肉単体では至れない味の至高にとどく」
「その通りだ」と、ロザンさんは笑った。
とんでもない味の世界だ。
やっぱりこの人は神だ。酔った頭で、そんなことを考える。
「……ありがとう、ロザンさん。すごい料理だった」
「いや、あんたのおかげだぜ、女神様。水竜に神鮫、それに神牛。ワシなぞではとても手に入れられん食材の数々を、あんたは手に入れ、そして与えてくれた。だからこそ、以前のワシでは到達できん領域に、足を踏み入れることが出来た。礼を言うぜ」
ロザンさんは笑って言う。
「――これからもよろしくな、女神様よ」
「……私こそ。また絶対に幻獣を手に入れるから、料理はよろしくお願いします」
私とロザンさんは、固く、握手を交わした。
王子様の戴冠の儀を目前に控えた、ある日の出来事だった。




