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ドラゴンさんのお肉をたべたい  作者: 寛喜堂秀介


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その57 神牛の肉を味わおう


 王の死後、王子様――エレインくんは、執政としてがんばってきた。

 王宮も神殿もぶっ壊れ、また都自体が甚大な被害を食らったせいで、即位なんかに時間と労力を費やせなかったのもある。

 継承順位が底辺だったエレインくんが、なし崩しに王位に着くことが、諸侯の手前はばかられたってのも、理由のひとつだ。


 でも、都は再興し、私が後ろ盾になって、青の都市ライムングも、王子様の与党となった。

 この絶対的な追い風を受けて、王子様の、国王即位に向けた準備は、急ピッチで進んでいた。


 王宮や神殿の再建が間にあわないのは、この際仕方がない。

 でも、神殿の台座とか、最低限必要なものはだいたい修復できてきた。


 なんで神殿の台座が必要なのかっていうと……使うのだ。

 儀式で、思いきり。そして儀式の主役は、戴冠するエレインくんと、王位を授ける役目を帯びた人――私だ。



 ――正直逃げたい。



 ぜったい歴史に残るやつだ。

 歌とかにも歌われるだろうし、絵として残るかもしれない。



 ……ん? 案外悪くなくない?



 私の銅像とか石像とか絵とかどんどん残すといいと思います。そして私にもください。

 超絶ドストライクな美少女が自分自身とか、正直罰ゲームなんです。せめてこう、触れる形で愛でたいんです。


 というのはさておき。

 まあ、ここまで来たら逃げてられない。

 水の都、そして王国アトランティエの平穏と、エレインくんやアルミラさんたちのために、がんばります!



「タツキさん、神牛の料理が出来たとの報せが参りましたわ」



 すみません。ちょっとロザンさんのお店に行ってきます。







 で、ロザンさんのお店に行って、いつもの個室。

 例の給仕さんが接客してくれて、わくわくしながら料理の到来を待つ。


 そういえば、給仕さん、心なしか、前より美人さんになってる気がする。


 ちょっとおめかししてる?

 あと化粧とかもしっかりしてるような?


 まあ、いまは神牛だ。

 私はいまでも、赤の神牛ガーランの肉――あの天然レアステーキを、ありのままで完成された、究極の肉料理だと思ってる。


 でも、ロザンさんは言った。


 その先を見せてやる、と。

 あの神の領域に足を踏み入れた、狂気の料理人が、だ。期待せずにはいられない。


 そして、待つことしばし。

 その料理は、給仕さんの手で運ばれてきた。


 大きい。

 扉の幅ギリギリの大皿に、分厚い牛肉が乗っている。

 ごとり、と、重い音を立てて、大皿がテーブルに置かれた。


 匂いが、鼻を撫でたとたん。

 唾液が、口の中からわき出してきた。



「――っ!」



 やばい。匂いだけで美味しそうだ。

 神牛の肉の味を知ってるから、よけいに想像してしまう。


 あらためて、肉を見る。

 とても焼いたようには見えない、天然のレア。

 赤い身肉の上には、なにやらあめ色のどろっとしたものが、わずかにかかってる。



「じ、じゃあ……いただきます」



 切り分けた、肉汁滴る神牛の肉に、フォークを差して・……口元に届ける。


 ひと口。



「……」



 言葉を失った。

 あまりの美味さに、声が出てこない。

 圧倒的美味さ。圧倒的味の持続力。味の暴力に押さえこまれて、息すらできない。



「――っく……ふぅ……」



 違う。

 これは、生の肉そのままの味とは、まったく違う。

 神竜アトランティエの肉のように、整えただけでもない。

 どろっとしたソースは、少量ながら独特の旨味があり、それが肉汁と絡まり合って、肉のうまみを倍加させてる。



「――んっ」



 もう一口、食べる。

 ソースの味は複雑で、たぶん一種類の材料じゃない。

 単品で食べるとそれぞれが主張しすぎ、また味も濃すぎるんだけど、それが神牛の肉汁と絡まると、不思議なつり合いが取れて、最適の濃度の旨味が、味覚をぐらんぐらんに揺さぶる。



「……はぁっ……やばい……」



 味に酔ってしまう。

 舌から送られてくる圧倒的な快感が、全身を痺れさせる。


 それでも、食べることを止められない。

 冷める気配のない肉の熱が、胃の中から体を温め続ける。



「……ああああ……」



 美味しい。

 美味しさが、ずっと続いてる。

 幸せな感じが、永遠に続くみたいな。



「ど、どうぞ……」



 給仕さんが持ってきてくれた飲み物を、飲む。

 お茶かハーブティか、そんな感じのやつだ。

 それで、やっと人心地ついた。


 余韻はまだ引っ張ってて、まだ心が痺れてるけど。



「……よう、女神様、どうだい? 究極の先は」



 ロザンさんが出て来て、笑う。

 心なしか、また面差しとか体格が人外めいて変わってる。

 いったいこの人はどこまで行くんだろう。料理の腕でも、姿格好でも。



「すごい」



 私はそうとしか答えられない。



「神牛の肉は、たしかにそれ単体で、素材ありのままで完成されてた。でも、それはイコール、料理としての完成を意味するものじゃなかった。その先があった」


「その通り。吟味したタマネギをベースに、希少な香辛料、旨味の強く出る海藻、穀類を熟成させたソース……少量だが、味とうまみの濃さは負けてねえ。そして、それらが上手く調和すれば」


「味は、相乗効果を起こす。それこそ、神牛の肉単体では至れない味の至高にとどく」



「その通りだ」と、ロザンさんは笑った。


 とんでもない味の世界だ。

 やっぱりこの人は神だ。酔った頭で、そんなことを考える。



「……ありがとう、ロザンさん。すごい料理だった」


「いや、あんたのおかげだぜ、女神様。水竜に神鮫、それに神牛。ワシなぞではとても手に入れられん食材の数々を、あんたは手に入れ、そして与えてくれた。だからこそ、以前のワシでは到達できん領域に、足を踏み入れることが出来た。礼を言うぜ」



 ロザンさんは笑って言う。



「――これからもよろしくな、女神様よ」


「……私こそ。また絶対に幻獣を手に入れるから、料理はよろしくお願いします」



 私とロザンさんは、固く、握手を交わした。

 王子様の戴冠の儀を目前に控えた、ある日の出来事だった。





 

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