その53 お肉の料理をお願いします
「ぽやー」
と、椅子にもたれかかって放心する。
余韻がすっごく心地いい。
「……あ、あの、タツキ様……?」
ユリシスの女勇者、ファビアさんの声。
「ごめん、ちょっと余韻に浸っていさせて」
「は、はあ……」
ぽやー。
椅子からずり落ちそうなほどに脱力することしばし。
「よし!」
と、姿勢をしゃんとする。
仮にもお店なんだし、給仕さんの前なんだから、あんまりだらしなくもしてられない。
さっきまでは本気で精神が重力に逆らえなかっただけなんです。なので無罪というところでいかがでしょうかファビアさん。
ファビアさんのちょっと呆れた視線を受けながら、何事も無かったかのようにモナリザの微笑みで誤魔化していると。
「がっはっは! ――魂は戻ってきたか、女神様よ!」
神の料理人ロザンさんが、笑顔で部屋に入ってきた。
「うん。本気でしばらくどっかいっちゃってた」
こくこく、となぜか顔を赤らめた給仕さんが同意する。
「ありがとよ。いい反応だ。さらに一歩、ワシの料理が究極に近づいたと実感できるぜ」
「本当に……どこまで行くのか、怖いくらい。ほんとに美味しかった」
感謝とともに、自然と頭が下がる。
一月……じゃない。この料理には、ロザンさんがこれまでの数十年の修行で培った、料理への思いが込められてる。そう感じさせられた、至高の逸品だった。
でも、それはそれとして。
「ロザンさん、実は、また新しい幻獣を獲ってきたんだけど」
「どこだ!? 料理させろ!!」
クレイジーコックは高速で食いついてくれた。
◆
とりあえず、店はもちろん、この水の都のどこへ行こうと、神牛を取り出せるようなスペースはない。
なのでちょっと空を飛んで、神牛を置けそうな場所を探す。
そこでちょっとだけ肉を切り分けて、本体と一緒にネックレスに収納して戻ってきた。
「――おまたせ。これが赤の神牛ガーランの肉です!」
店に戻り、用意してもらった大皿に、でん、と肉を置く。
やばい。
見ただけでよだれが溢れてくる。
「ほう……?」
ロザンさんは、食い入るように肉汁滴る天然レアステーキを見てる。
たぶん試食はするんだろうなあと思う。今度はどんな変化をしちゃうんだろう。
ここまで来ると、もはや死ぬ気がしないのが不思議だ。
「これは預けますから、どんな料理ができるか考えてみてください。わりとこれ自体で完結してるっぽいし、手を加えるのがもったいないってのなら、そのまま全部食べます」
「全部……どれほどの大きさなのですか?」
ファビアさんが尋ねてきた。
「……えーと、アートマルグの倍くらい?」
「ば――それほどの量を……一人で!?」
あ、びっくりしてる。
まあ、ロザンさんの料理だと、不思議なくらい満たされるし、ファビアさんの前じゃそんなに食べてないもんね。
――ドラゴンふたり、丸ごといっぺんに食べたことあります。
なんて言ったら、どんな反応をしてくれるんだろうか。
「待て待て待て待て!」
ファビアさんと話していると、ロザンさんがあわてて割って入ってきた。
「――料理する! 料理させろ! 嬢ちゃん――女神様にとって完成されているこの肉。その先を、ワシが見せてやる!」
もう、なんというか鬼のような表情だ。
ファビアさんがちょっとちびったみたいな顔してる。
まあ、あんな鬼か修羅、みたいなオーラ間近で見たら、仕方ないと思います。
なので、顔を真っ赤にして落ち込まないでください。
◆
さて、フカヒレ料理も食べたし肉も預けた。
十分に余韻にも浸れたので、もう屋敷に帰ろうかと思ってると。
「おおい! ロザンの旦那!」
ふいに、表から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
ロザンさんがお肉に夢中になってるので、かわりに扉を開いて外をのぞく。
居たのは、やっぱり知った顔だった。
「ホルクさん」
下町のチンピラ、ホルクさんだ。
なんだか大きなズダ袋を抱えてて、すっごい物騒感がある。
「よう、またここに来てたのか」
「うん。またいい食材が手に入ったから」
びしり、と、ホルクの笑顔が凍りついた。
「……いい食材?」
「幻獣だよ」
「……ああ、そういえば、都の新しい守護女神様が、港に現れたとんでもない怪物を退治してくれたって話を聞いたが――ひょっとしてそれか?」
「うん。ユリシスの守護神鮫」
答えると、ホルクがまた凍りつく。
あ、背後でファビアさんがくずおれた気配。
ごめんね!
「おいしかったよ!」
「お、おお……そんな曇りのない眼で言われても反応に困るが、よかったな」
ホルクさんが入口の扉をすっごく気にしてる。
もう早く帰りたい、的な。
「で、ついこの間までライムングに行ってて、そこでまた幻獣を狩ったんだ!」
「おい、もしかしてその幻獣ってライムングの……」
『違いますよ! コケッ!』
と、ふいに髪に差した羽根から、声が発せられた。
そういえば、まったく気にしてなかったけど、ニワトリさんとは常時通信状態だった。
「ん? 誰の声だ? オールオールのババアみたいに風に乗せて声を届けてんのか?」
電撃を何度も食らってなおオールオールちゃんをババア扱いするホルクさんは、ひょっとして被虐趣味でもあるんだろうか?
というのはともかく。
私が答える前に、ニワトリさんが自信たっぷりな声で名乗った。
『余はライムングの守護神鳥にして女神タツキ殿の盟友ドルドゥであーる!』
冗談みたいな沈黙が訪れた。
「……おい、冗談だよな?」
ひきつり笑いを浮かべるホルク。
でも、残念なことに全部本当なんですよ。
教え諭すように、ゆっくりと首を横に振ると、ホルクさんの顔色が真っ青になった。
「オレは逃げる! もう関わりたくない!」
「その前に」
くるりと背を向けたホルクとの距離を一瞬で詰めて、その肩に、ぽんと手を置く。
「ホルクさんが担いでる袋になにが入ってるか、私すごーく気になります」
袋の中から漂ってくる美味しい気配に、私は笑顔で言った。




