その50 ふかふかベッドで疲れを癒そう
「ふー、つかれたー」
西の館の部屋に入ると、私はベッドに倒れ込んだ。
今日一日、いろんなことをやりすぎて、肉体的疲労と魔力的疲労と精神的疲労がたまってる感じだ。
神牛の肉とか水竜の甘露とかを食べたり飲んだりして、一応回復はしてるけど、今日はもう寝てしまいたい。
「お疲れ様ですわ」
アルミラさんが、ベッドの横にちょこんと腰をかけて、労ってくれる。
私は寝がえりをうって仰向けになった。そして下からのアングルを狙う。しかし角度が悪いのか背中しか見えない。残念。
「……なにやってるんですの?」
ナイスアングルを求めて体をよじってると、アルミラさんに不思議な目で見られた。
「……イエ、もう寝ようカナって」
「横着せずに、ちゃんとしてくださいまし」
ぎこちなく誤魔化すと、アルミラさんは苦笑しながらシーツをかけてくれる。
やばい天使か。
感動しながら、もぞもぞと服を脱ぐ。
女神装束と、その下の風竜の貫頭衣も脱いじゃって、下着姿でお休みモードに突入する。
「タツキさん、風竜の衣をシーツの中に放りっぱなしにしてると、シーツがめくれあがっちゃいますわよ? というか見えてますわ。破廉恥ですわ」
「いいよー。見られて困る人も居ないし」
「わたくしだって多少は気になりますのよ? というか、タツキさんはお美しいんですから、それらしいふるまいをしていただきたいのですわ」
「無理ですわ。今日はなんだか疲れたので、だらけたい気分なのですわ」
と、アルミラさんの真似をしてみる。
「もう……それにしても、びっくりしましたわ。守護神鳥ドルドゥ様を焚きつけて、幻獣を狩ってくるだなんて」
「焚きつけてって……」
「どう考えてもタツキさん主体ですわよね? ドルドゥ様もあまり積極的に動くお方じゃないようですし、狩る対象が幻獣ですし」
ぐうの音も出ない。
私のことを理解しすぎだった。
「これからどういたしますか? タツキさん」
「うーん」
尋ねられて、私は枕をぎゅっと抱えながら考える。
「ニワトリさんに会えたし、守護神獣同士の盟約も更新した。ついでにビーフも狩った。他にすることって、正直ないよね?」
「そうですわね。太守との交渉などは、タツキさんのお手を煩わせずとも、エレインに任せておけばいいのですから」
「なら、帰ろうか」
「ふふっ」
私が言うと、アルミラさんは口元を隠して笑った。
「なんなのさ、アルミラ。なにかおかしかった?」
「いえ、うれしかったんですのよ」
アルミラは笑顔で言う。
「うれしかった? なんで?」
「タツキさんが、アトランティエに帰るって――まるで家に帰るような調子で言ってくれて」
あー。アルミラさん、水の都のこと大好きだもんな。
住んでる家もあるし、なんだかんだで、この世界に来てから一番長く住んでる場所だ。愛着は湧いてるし、第二の故郷って言ってもいいかもしれない。
「まあ、帰れる見込みもあんまりなさそうだし、こっちの世界でドラゴンさんとかフカヒレさんとか、美味しいもの、もっと食べたいし……こっちでは、アトランティエが故郷でいいかなあ」
うーん、とのびをする。
シーツの肌触りが良くて、気持ちいい。
と、アルミラさんががばっと抱きついてきた。
猫状態だとめずらしくないけど、人間状態は珍しい。
「うれしいですわ! タツキさん!」
胸に顔をうずめて、すりすりしてくる。
アルミラさん、逆! 逆! 気恥かしうれしいけど、逆のシチュエーションを所望します! 私もたゆんに顔をうずめたい!
と、そんなやりとりの最中。
「女神様、お邪魔し――」
「はーい」
あ、呼ばれて思わず返事しちゃったけど、いま来られたら。
あわてたけど、遅い。
勝気な顔立ちの金髪少女、リディちゃんが、扉を開けて入ってきて……固まった。
ビッシャーン、と、心の中で雷が落ちたみたいな顔をしてる。やばい。
「めめめめ女神様……お二人でなにを……」
「いや、その……イチャイチャしてた?」
「タツキさん! その言い方には非常に語弊がありますわ!」
アルミラさんが抗議するけど、ほかに言いようがないと思う。
「い、いちゃいちゃ……女の子同士でいちゃいちゃ……」
魅入られたように、ぶつぶつとつぶやくリディちゃん。
「まずい! リディちゃんが開けちゃいけない扉を開けようとしてる! アルミラさん! 破廉恥警察出動!」
「破廉恥警察ってなんですの!?」
と、律儀に突っ込みを入れながら、アルミラさんはリディちゃんを椅子に座らせて、こんこんと説く。
「いいですか、リディ。たとえ女の子同士でも、おたがいを求め貪りあう……色欲は破廉恥ですわ。ダメですわ」
「ダメなんですか……」
リディちゃんがあからさまに肩を落としてる。
「でも、信仰心なら仕方ないですわ! すりすりしてもむにむにしてもオールオッケーですわ!」
まってアルミラさんなにか違う。
というかアルミラさんお願いだから全否定して!
未来ある女の子の将来を、ダメにしちゃわないでください!
「信仰心なら、イチャイチャもオッケー……」
ほらリディちゃんが斜め上にかっ飛び始めた!
あやまって! ほら、はやくリディちゃんにあやまって訂正して! 間に合わなくならないうちに早くー!
「アルミラさん、あたし女神様の巫女になりたいです!」
「殊勝な心得ですわ! でもダメですわ! タツキさんの巫女は世界に一人、わたくしだけで十分なのですわ!」
「ずるいずるい! あたしも女神様といちゃいちゃしたい!」
「ダメですわ! というか色欲はダメって言いましたわよね!? なにうらやまけしからん野心を抱いてるんですの!?」
「色欲じゃなくて信仰です! 信仰の一心さを女神様に示すために、いちゃいちゃしたいんです!」
「ふしゃー!」
「きしゃー!」
泥沼の論戦に突入する二人。
なんというか、不毛すぎる争いな気がする。
ともあれ、その日は三人いっしょに寝た。
リディさんはずっとモゾモゾしたり私にすり寄ったりしてた。
もう手遅れな感じが満載なんだけど、この娘、なんとかなりませんかね?




