その48 お肉を試食してみよう
「さて……ビーフ! のまえに、魔力の回復かなー」
すこし気だるさを覚えて、つぶやく。
大規模魔法を連発したせいで、かなり消耗してるみたいだ。
回復のため、ネックレスに口をつけ、ごくごくと水竜の甘露を飲む。
そうしていると、神鳥ドルドゥが、ばさばさと羽ばたきながら飛んできた。
羽ばたいてはいるけど、たぶん風の魔法を使って飛んでる。ニワトリだし。
「焼き鳥さん、どこいってたの?」
「余の扱い軽くないかね? 卿の風の魔法でふっ飛ばされたんですよ!?」
「そうだったんだ。ごめん」
謝ると、焼き鳥さんは「ケッコー!」と鳴いた。
「結構」なのか、それとも怒りの発露なのか。普段からちょっと怒ってるチックな顔なので、いまいちわからない。
「いやしかし……とんでもない力であるな。さすがアトランティエの新たな守護神獣。余も頼もしく思います、であーる!」
「あ、早くビーフの血抜きしなきゃ!」
「聞けよ、であーる!?」
すみません。
こういうのの後処理は「手早く迅速に」が鉄則なのでちょっと待っててください。
とりあえず、倒れた神牛に、小走りで駆け寄る。
あらためて見ても、でかい。守護神鮫アートマルグは50mクラスだったけど、そのさらに倍はありそうだ。
「えーと、まずは首を――入れっ!」
でっかい首を、ネックレスの中に取り込む。
……あいかわらず中身がどうなってるか分かんないけど、ユリシスの女勇者なファビアさんがちょっと正気を失いそうな感じだったので、中に入って見る勇気はない。
「それから、血だけど……うわ」
地面に流れた血が煮立ってる。
見た目はまるで溶岩だ。
指先でちょんちょん、と触ってみると、熱い。
まあさすがに溶岩ほどじゃないんだろうけど、私自身が丈夫になってるから、熱さがいまいちわからない。
「とりあえず……神牛の血よー! 入れー!」
魔力を通して呼びかける。
声に応じて、地面に流れてた血が、ネックレスに吸い込まれていく。
ついでに神牛の首の切断面からも、かなりの量の血が押し寄せてきた。
……むっちゃ多い。
心なしか、ネックレスが赤くなってきた気がする。
そのまま、作業の完了を待つことしばし。
「……まだかなー」
だんだん待ちきれなくなってきた。
いや、でも肉の処理は、適当にしたくない。
最終的にはクレイジーコックロザンさんに料理してもらうのだ。
ロザンさんには、出来るだけいい状態で、食材を預けたい。その方がきっと美味しいし。
「……と」
ふと気づいて、声を上げる。
地面が変だ。
血はしっかり吸い取ったはずなのに、草の色とか姿がちょっと変わってる。
熱が加わったから、って風でもなく、魔力で変質したみたいな変わり方だ。
「どうしたのであるか、考え込んで?」
「いや、神牛の血を吸った草が、ちょっと変わっちゃってて……」
「変質であるな。幻獣、ことにその血は、魔力を持たぬものに魔力を受け入れさせる。その過程で生じる歪みが、変質であーる。幻獣の属性や権能によって、与える歪みは様々であるが」
「上手くいけば、人間なら魔法使いが誕生する、と」
「あるいは、獣であれば魔獣、であるな」
と、焼き鳥さんは言う。
「……ん? 魔法使いと魔獣っていっしょのカテゴリなの?」
「厳密には同じではないな! 幻獣の血を受けた獣も、魔獣と呼ぶ、であるな!」
なるほど。
魔獣ってのは、魔力を持つ獣のことだ。
だから、幻獣の血を受け、魔力を得た獣も魔獣って定義されるんだろう。
と、話が逸れた。
「植物も、魔獣……魔植物みたいなものになったりするの?」
「コケッ! 植物は我々とは在り方が違う。より自然に近い。魔力の影響を受けやすい半面、その力でなにかを成すわけではないのであーる!」
「なるほど。だから、しいてそんなカテゴリ分けはしない、と」
焼き鳥さんの講義にうなずく。
「植物が魔力の影響を受けやすいなら、魔力を帯びた植物が普通より美味しくなるってこともあったりする?」
「うむ。魔力を宿したりんごは、魔力体力を回復させるのに最適である!」
「おお! なら、小麦に魔力を宿せば……」
「魔力を与えたからといって必ずしも美味しくなるわけじゃない、というのは、あらかじめ忠告しておきますよ? コケッ!」
なにを考えてるかバレバレだ。
まあ、そうなると、大量に蓄えてる血の使い道も考えられる。ちょっと夢が広がって楽しみだ。
◆
焼き鳥さんと話している間に、神牛の血はすっかり吸い終わった。
パンパンに張ってた神牛の赤い毛皮が、すこしたゆんでる。
「よし。じゃあ、味見にちょっとだけ肉を切り取って、と」
風竜の爪で、ズバッと肉を切断する。
だいたい私三人分とちょっと。全体から見れば大した量じゃない。
残りを、ペンダントに収納して……さあ、お楽しみの試食タイムだ。
――まずはナマでいこう。
そう思って、切り取った肉を触る。
熱い。
血もそうだったけど、肉も熱い。
水竜の肉は冷質だったけど、こっちは逆だ。
温質……いや、熱質って呼んだ方がいいかな? そんな感じ。
「肉は……赤身だね。適度に脂肪分は入ってるけど……熱のせいか火が通ったみたいになってる――いや」
ためしにひと口、かじる。
牛の……肉汁滴る牛肉のうまみが、口の中で爆発的に広がった。
――て、天然のレアステーキ! こんなのがあるの!?
まんべんなく通っている熱が、肉のうまみを完全に活性化させてる。
歯を立てれば適度に跳ね返す、肉の弾力。
噛みちぎる時、飛び散るほどに大量の肉汁。
脂は熱で溶けていて、肉に絡みついてその旨味を相乗倍に膨れ上がらせてる。
「ふふぁい……」
思わず涙が。
なんだこれ美味しすぎる!
獣のように、肉汁したたる肉に、かぶりつく。
ステーキとしては、表面に香ばしさが欲しいところだけど……この肉は、すでに一個の完璧な料理として成立している。
「やばい……なんなのこれ……なんなのほんとうに……」
かじる。
肉汁がほとばしる。
咀嚼する。やわらかい肉の感触。肉汁の旨味。味付けすら必要ない、完璧な美味さ。
恍惚としながら、あっという間に肉塊を平らげてしまった。
「ああ……おいしかった……」
「あれだけの肉が、どこに消えたのであるか……?」
とろんとしてる私を見ながら、焼き鳥さんがつぶやく。
わかんないけど、この10倍は食べられる気がします。