その46 空の彼方に飛んで行こう
「さあ、焼き鳥さん、行こうか」
「焼き鳥!? 余を焼き鳥って言ったであるか!?」
私の言葉に、守護神鳥ドルドゥが目を見開いた。
しまった。つい心の中の呼び名を。
「ただの愛称みたいなものだよ」
「それにしては余の悲惨な末路しか思い浮かばない呼び名であーる!」
「大丈夫。盟約を継いじゃった以上、食べれないから」
「盟約がなかったら食べてたんであるか!?」
そのへん追求するとおたがい不幸にしかならないと思うんだけど。
それより今は牛肉だ。
「そんなことより、案内してよ。ダウの二重山に」
「コ、コケーッ!? 羽根を掴むのはやめるのであーる!」
「じゃあ、だっこしよう」
「がっちりホールドされたのである!?」
焼き鳥さんを確保して、石段を下りる。
それから、扉の向こうで待ってたアルミラとリディちゃんに言伝……しようとしたら、リディちゃんがおかしくなった。
「ドルドゥ様と女神様……かわいい……かわいい……さいきょうの組み合わせ……」
「コケーッ!?」
むっちゃ抱きつかれて、挟まれた焼き鳥さんが悲鳴を上げた。
「アルミラ」
「はい。さあ、離れてくださいまし」
助けを求めると、アルミラさんが、夢遊病みたいになったリディちゃんを引きはがしてくれた。
「――はっ? あ、あたしまた……すみませんっ!」
リディちゃんが、我に返って謝る。
いいんだけど、なかなか業が深い。
「えーと、私たち、いまからダウの二重山に行って来るから、太守さんたちに伝えといてくれないかな?」
あらためて、二人に用件を伝える。
全力で空を飛べば、そんなに時間はかからないだろうけど、それでも一応断っとかないとマズイので。
「ダウの二重山、ですの?」
「幻獣ガーランの住処です。ガーランはドルドゥ様の、ひいてはこのライムングの宿敵です」
首をかしげるアルミラに、リディちゃんが説明した。
幻獣って聞いただけで、アルミラさんがすっごく察した顔になった。
「それを倒しに、ドルドゥさんと行ってくるから」
「……はいっ! おふたりのご武運をお祈りしてます!」
リディちゃんは、たぶんあんまり察してないけど、応援ありがとうございます。
◆
大空に舞い上がる。
眼下には、蒼の都市ライムングの街並み。
大河クーを行く大小様々な船と、一面に広がる平野。
「ドルドゥさん、ダウの二重山はどっち?」
「コケッ! 東南の方角、黄金平野の向こうに、山が連なってるであろう? それがダウの二重山であーる!」
「東南……あっちか」
焼き鳥さんの示す先に目を向ける。
緑の平野の向こうには、連なる山々がはっきりと見える。
距離は……たぶんキロメートルにして二桁止まり。さすがに正確な距離なんてわからないけど。
「ひとっ飛び……と、もう一息ってとこかな?」
焼き鳥さんを胸に抱きかかえて、念じる。
――飛べ。
景色が、ゆっくりと動きはじめた。
ゆっくりに見えるのは、かなり上空を飛んでるからで、速度自体は速い。焼き鳥さんのトサカが、前からの風を受けてブルブル震えてる。
「コケーッ!」
あ、風がなくなった。
たぶん焼き鳥さんが風の結界かなにかを張ってくれたんだろう。
「ホウホウ……ムチャをするのである」
フクロウのような息をついてから、焼き鳥さんは視線を目の前の山に向ける。
「ダウの二重山は、その名の通り、二重の山。中央にそびえる山をまるく囲うように、山々が並んでいるのであーる!」
――阿蘇山みたいなものか。
説明されて納得する。
火山の噴火なんかで出来た地形なんだろう。
見たところ、外側の山の向こうからは、噴煙らしきものは見えないけど。
「ちょっと高度を上げるよ!」
焼き鳥さんに声をかけて、さらに上空に向かう。
だんだんと、外輪山の向こうの台地が見えてきた。
奥に見える岩肌の山が、中央の火山なんだろう。そこから広がる盆地は、淡い緑で覆われてる。
「……すごい」
歓声をあげた。
緑の山々に囲まれた、輝くような淡緑の台地。
中央の火山からは、大地の営みを思わせる淡い噴煙がたなびいている。自然が生み出した絶景だ。
「と、目的は観光じゃない。ドルドゥさん、ビーフは?」
「ビーフ? ……幻獣ガーランは二重山の主。他の幻獣の侵入があれば、すっ飛んで来るはずであるが」
「ならよしっ!」
と、地上に向けて急降下。
「ギャワワワワ!?」
焼き鳥さんがダックのごとき悲鳴を上げたけど、我慢してください。
で、着地。
ついでに、ほどなくやってくるだろう幻獣ガーランに対する、迎撃の準備をしておく。
「――霧よ」
唱えて、足元に霧を這わせていく。
「……これは、アトランティエ殿の権能……」
焼き鳥さんがつぶやいた。
アトランティエとか、その血を受けたアルミラの使ってた魔法だし、魔法にも幻獣の個性ってあるのかな?
気にはなったけど、先に準備だ。
焼き鳥さんを一旦野放しにして、もう一度、魔法を使う。
「うわっぷ!」
霧の中に埋没しちゃった焼き鳥さんが、あわてて増量した。
人間よりもちょっと大きいサイズだ。それなりに量があっていいと思います。
なんてことを考えてると――地が揺れた。
重い、ひどく重い足音。
すこし遅れて地響きが伝わってくる。
轟、と、暴風のような咆え声が、二重山を震わせる。
――赤い小山が、動いている。
そう見えたのは、誇張じゃない。
でかい。
見上げるような体格は、あの守護神鮫アートマルグをはるかにしのぐ。
体は深紅の体毛で覆われている。金色に輝く瞳は獰猛極まりなく、口からは陽炎のごとき吐息が、常に洩れていた。
「あれが、ガーラン。赤の神牛……」
畏怖の念とともに、つぶやく。
陽炎の吐息を吐きながら、深紅の巨牛は、ゆっくりと、しかしまっすぐ、こちらにやってくる。
金色の瞳をぎょろりと向け、赤の神牛は、私たちの姿をその目に捕えて――吼えた。
それは天を震わせるような、怒りに満ちた咆哮だった。




