その44 焼き鳥さんに会ってみよう
西の館に泊まって、翌朝。
朝を告げる鳥の声とともに、目を覚ます。なんだかすっきりだ。
気持ちよく起きると、先に目を覚ましてたアルミラさんに服装を整えてもらう。
訪問先なので、あんまりだらしないところは見せられないし――ねえ、アルミラさん?
「まさか寝入っちゃってたなんて……不覚でしたわ……」
意地悪く言うと、アルミラさんの顔が真っ赤になる。
かわいいからイジっただけで、別に責める気はないというか私もだらっとしてたい。あとアルミラさんとお風呂に入りたかった。
そんなことを考えてると、隣の部屋からノックの音。
リディちゃんだ。
「はーい」
「女神様、朝食の準備が出来てますけど、いつお持ちいたしましょう?」
「すぐに持ってきて!」
頼むと、あらかじめ準備がしてあったんだろう。
ほんとうにすぐに、リディちゃんが朝食を運んできてくれた。でも、リディちゃんはやけに疲れてる感じだ。
「どうしたの? なんだか疲れてない?」
「いえ、その、なんだか昨日はもやもやしちゃって……よくわからないけど、ぜんぜん眠れなかったんですよ。ちょっと気を張っちゃってたのかも」
……この娘が道を踏み外さないことを、切に祈ります。
◆
朝食後に、リディちゃんを通して面会の申し込みがあった。
ライムング太守イザーク。
四角いマルコイさんのパパで、リディちゃんのお爺さんだ。
「神様と神様のお話を邪魔する気はなくて、とりあえず挨拶だけでもさせてもらえたらってことです」
取り次いだリディちゃんはそう説明した。
まあ、こっちに来た目的は焼き鳥さんに会うことであって、太守さんと話をすることじゃない。
というか政治向きの話とか、エレインくんの頭を飛び越してやりたくない。責任むっちゃ重いし。
そのあたりは太守さんも承知してて、だから「挨拶だけ」なんだろうって思う。
エレインくんが言ってた、古狸って評価は気にかかるけど、わりと気遣いが出来る人っぽい。
「わかった。会うからお爺さんにそう伝えて」
「はい!」
私が言うと、太守さんに伝えるためだろう。
リディちゃんは疲れた顔を輝かせて、部屋を出て行った。
ほどなくして。
リディちゃんとともに、部屋を訪れてきたのは、初老の男だった。
クセのある白髪に、柔和な笑いじわをたたえたまる顔。丸っこい体型は、全体的に四角い息子マルコイさんとはまるで逆だ。
というか狸だ。
いや、体型が古狸ってオチはないだろうけど、体型も狸なのはたしかだ。
リディちゃんがどちらにも似なくてよかった……というかひょっとして、太りやすい体質なの気にして食を絞ってる? いけませんよ! まだ小さいんだからたくさん食べなきゃ!
なんて考えてると。
「守護女神様、はじめまして。ライムング太守イザークであります。お目にかかれて光栄であります」
太守さんが、まるっこい体型に似合わない機敏な動きで敬礼する。
あんまりに速かったので、隣のアルミラさんがびくってなった。猫っぽくてかわいい。
「はじめまして。アトランティエの守護女神タツキです……ええと、これ以上は私がなに言っても政治的圧力になりそうなんで、下手なことは言わない方がいいかな?」
「で、あれば、女神様と拙者が面会した、この一事のみで……もっと言えば女神様がこの地を訪れたという事実が、とんでもないメッセージであります。我々に関しては、どうかお気遣いなきよう」
あ、そういえばそうか。
王権と結び付いた守護神獣が、他の土地を訪れる。
よく考えたら内向きにしろ外向きにしろ、これ以上に強いメッセージってあんまりない気がする。
「女神様、まずはお礼を。孫娘リディアに目をかけていただいて、ありがとうございます」
太守さんが深々と頭を下げる。
「うん。リディちゃんは頑張ってくれてるよ」
社交辞令じゃない。
ちょっと情熱過剰だけど、リディちゃんは頑張ってると思う。すごくいい子だ。
だからお爺ちゃんは、彼女が道を踏み外さないように、しっかり見ていてください。
「それから、ごはんも美味しかった」
「なにぶん時間がありませんでしたので、遠方より食材を調達することもかなわず、地元のもので出来る限りの用意をさせていただきましたが……気に入っていただけたなら、なによりであります」
むしろそれがよかったのかもしれない。
日本と比較して物流が半分死んでるこの世界で、遠くから高級食材を調達しようと思うと、どうしてもめずらしさと引き換えに、鮮度が犠牲になりそうだし。
魔法使いなんかに頼めば、保存とかもできそうだけど、コスト激高になりそうだしね。
「そういえば、太守さん。ちょっと聞きたいんだけど、いいかな?」
「はっ、なんでありますか?」
ふたたび、太守さんは直立不動。
その動きは、丸っこい体型のせいで、どこかコミカルだ。
「アトランティエに使者として来たマルコイさんは、私がこのライムングに来ることを歓迎するような感じだったけど、なぜかって聞いていい?」
尋ねると、太守さんはものすごく困った顔になった。
「……ここで誤魔化せば女神様に対して不誠実。されど真実を告げれば、守護神鳥ドルドゥ様に対して不誠実……お察しいただければ大変ありがたいであります」
あー。
なんとなくわかった。
エレインくんも言ってたけど、太守さんと焼き鳥さんとの間に意見の相違があるやつだこれ。
で、マルコイさんが、私がライムングに来ることを望んでたってことは、太守さんたちはアトランティエ側。焼き鳥さんは、その動きに反するような意志があるのかも。
「ともあれ、午後には守護神鳥ドルドゥ様とお会いいただけます。それからであれば、実のある話も出来ようかと存ずるであります」
「了解……太守さんの言うように、まずは焼き――守護神鳥ドルドゥさんに会おう」
展開次第では、焼き鳥さんを食べられるかな、なんて期待しながら、私は心からの笑顔で言った。
◆
そして午後。
私とアルミラは、リディちゃんに先導されて、守護神鳥ドルドゥの住まう神殿に向かった。
神殿は、太守の館の裏手に存在する。
館の敷地内を、太守たちに見送られながら、神殿の中へ。
石造りの神殿の扉をくぐると、広間があり、そこを通り抜けると、さらに奥へと続く通路があった。
「守護神鳥ドルドゥ様はこの奥です。すみません。ドルドゥ様から人払いを申しつけられているので、あたしとアルミラ様はここで……」
「わかりましたわ。タツキさん、行ってらっしゃいまし」
アルミラさんの、「わたくしはなにがあってもタツキさんについて行きますわ」みたいな覚悟完了な笑顔が怖い。
さすがにあっちから喧嘩売ってこない限り、食べたりしません。たぶん。
通路を渡り、その先にある、きんきらに装飾過多な扉を開く。
目の前に階段があった。
階段というか、大理石の石段か。
けっこう急な段が、かなり高いとこまで続いてる。
その先にある異質な気配の主が、守護神鳥ドルドゥなんだろう。
というか、ちらっとトサカが見えてる。
――ちょっとネタバレしすぎじゃないですかね?
なんて考えながら、石段を登っていく。
だんだんと、守護神鳥の全身が見えてくる。
そして、石段を登りきったところで、その全貌が明らかになった。
台座にたたずむは巨大な鳥類。
20mは越えてそうな巨体は、真っ白い羽毛に覆われている。
長大な尾羽は、女の人の長髪を思わせる繊細さで、台座にまで流れてる。
そして、猛禽を思わせる凛々しげな瞳と、鈍器を連想させる、尖った嘴。深紅に彩られた顔……そしてトサカ。
「……やっぱニワトリだこれ」
白い巨体を見上げながら、思わずつぶやく。
ちょっとまるっこくてぽわぽわだけど、まんまニワトリだ。
私のひとりごとが耳に入ったのか。
守護神鳥ドルドゥはカッと目を見開いて、嘴を開く。
「ニワトリではなーい! 余が蒼の都市ライムングの守護神鳥ドルドゥであーる!」
間近に顔を寄せて、猛主張するニワトリ。
ヒナ鳥が餌を求めるかのような、凄まじい勢いだった。




