その41 豚さんをたべよう
「ぶもー!」と吠えながら、船に並走する豚さん一匹。
見た目は、真っ黒い大きな豚。
ただ、毛足が長いから、イノシシなのかもしれない。
いや、イノシシにしても長くて、ふぁさっ……って感じで、長い毛が風になびいてる。ちょっと美しい。
「魔獣ですわね。あきらかにこちらを狙ってますけれど……」
「さすがにここまで来れないよね?」
ここから川辺まで、ゆうに100mはある。
とてもじゃないけど、ここまで飛んでは来れないだろう。と思う。
そう思いながら見てると、豚さんは意外な行動に出た。
ざぶんと河に飛びこんで、船を目指して泳ぎ始めたのだ――おお、けっこう速い!?
「……これ、こっちに来れちゃうよね?」
「ですわね」
「なら、まずはマルコイさんに伝えた方がいいかな。それから対応しよう」
「はいですわ。では、マルコイ様を呼んでまいりますわね」
と、アルミラが駆けていく。
四足歩行だからか、船の上でも足取りはしっかりしてる。
それほど間をおかず、アルミラはマルコイさんを連れて帰って来た。
どすどすと小走りにやって来たマルコイさんは、私の前でぴたりと直立する。
「守護女神様、どうされましたか?」
「うん。なんか豚さんがこっち目指して来てるんだけど……」
私は視線を河に向ける。
「ぶもー!」と吠えながら、豚さんはどんどん距離を縮めてきてる。
「はい、魔獣ですな。わたくしどもの方でも捕捉しております。戦闘要員も居りますので、危険はありませんよ」
と、マルコイさんは少しほっとした様子で言った。
ひょっとして、なにか不手際を咎められるって思ったのかな? 心配性な人だ。
でも、本題はそれじゃないんです。
「そうじゃなくて……私が聞きたいのはね?」
「はい」
私はマルコイさんに、笑顔で問いかける。
「この船に、腕のいい料理人って居るかな?」
「はい?」
四角いマルコイさんは、窮屈そうに首を傾けた。
私はマルコイさんに笑顔を向けたまま、指先を豚さんに向ける。
――悪いけど、そこ射程圏内なんですよ。
「――霧の吐息」
どーん、と水柱が上がる。
完璧に制御された霧の一撃は、豚さんを直撃。
豚さんは、悲鳴を上げながら天高く舞い上がり……あ、やばそう。
白船の上に水揚げする予定だったけど、それって完全に船に対する爆撃だ。
「水のクッションで……キャッチ!」
豚さんは悲鳴を上げて、私が作った水のクッションの上に落下した。近くで見るとデカい。3mサイズだ。
「……え?」
マルコイさんは、なにが起こったか理解できないって感じで呆然としてる。
さて、この豚さんをどう料理してもらおうかな。
◆
さくっと豚の魔獣を狩ったんだけど、船では火を使えないって言われたので、川辺に飛んで行って、ご飯にする。
「やっきぶた! やっきぶた!」
さらってきた船付きのコックさんが、四苦八苦しながら豚を血抜き、解体してる横で、小躍りしながらネックレスから灯明を取り出す。
普通ならこんな川辺でろくに燃料も無しに料理なんて出来ないけど、私には火炎魔法がある。
種火ひとつあれば、こんなでっかい豚さんを焼くことも可能なのだ。
「念のために、コックさんを霧でお守りしますわね」
「うわぷ」
と、アルミラさんがコックさんに霧を纏わせる。
霧を纏うコック、ちょっとかっこいい。でも解体作業にはちょっと邪魔かも。
で、コックさんが豚さんの解体を終えたので、水竜の甘露で疲れを癒してもらってから、料理を開始してもらう。
あんまりゆっくりしてると、待ってもらってるマルコイさんたちに悪いし。あと早く食べたいし。
「――はじめます」
コックさんは声をかけて。
薄くスライスした豚肉が、鉄鍋の上で踊る。
私の炎が抜群の火加減で豚に火を通していく。
味付けは、塩と胡椒と、なんか味が濃そうな豆系の調味料。コックさんは手早く肉に調味料を絡ませていく。
そして料理完了。
魔力を絞って火を落とす。
さすがに豚一頭分料理させるのは酷なので、使ったのは三分の一くらいだ。あとはネックレスに収納収納。街についたらちゃんと料理してもらいましょうね。
手近にあった大きな葉っぱを皿かわりに盛りつけて、完成だ。
「すみません。魔獣の肉なので、細かい味付けは勘弁してください」
「大丈夫。ありがとう」
まあ、スナック感覚で死ぬかもしれない味見するロザンさんがおかしいんだよね。
「――さて……いただきます」
素手で焼豚をつまみ、顔に近づける。
脂がすごい。食欲をそそる匂いとともに、脂はぱちぱちと爆ぜてる。
まずは一口、味見。
熱々の豚肉を、ひとかじり。
肉汁が口の中に広がる。
表面は軽く焦げ目がついていて、ぱりぱり。
薄くそぎ切りにした豚肉のうまみは格別。辛めの豆の味付けも絶妙だ。
「おいしいっ!」
「本当は、落としてから時間をおいた方が美味しいんですが」
とコックさんは言うけど、十分以上に美味しいです。さすが魔獣肉。
ただ、欲を言うと豆と肉オンリーってのは――ぱくぱく。さすがに飽きがくるから――ぱくぱく。なにか箸休めとか、ご飯やパンが欲しいかな――ぱくぱく。おかわり。
「タツキさん、食べすぎですわ……」
アルミラさんがあきれたようにつぶやく。
ちがうんです。
豚さんが美味しすぎるのが悪いんです。
「というか、タツキさん二人分くらいのお肉がなくなりましたわよ? タツキさんの細い体のどこに消えたのでしょう?」
アルミラさんがものすごく不可解そうにつぶやく。
どうなってるんでしょうね?
◆
料理を平らげて、ほどほどに満足したので、二人を抱えて船に戻る。
「ただいまー」
軽やかに降り立って挨拶するけど、みんなドン引いてる。
特にマルコイさんは、すっごい不安そうな目でこっちを見てる。
強さなんかはいまさらなので、守護神鳥を食べるって言ったのが本気だったんだって気づいたんだと思います。
……正直、ちょっとだけでも肉を貰えないかって、いまでも思ってます。
そのあと、守護神鳥について死ぬほど念押しされたけど、ともかく。
それからは何事もなく、船はゆるゆると大河をさかのぼる。
そして三日後、私たちは蒼の都市ライムングに到着した。